第412回:歴史を作った高級セダン
初代「スカイライン」の素顔に迫る
2017.05.13
エディターから一言
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今年誕生60周年を迎えた「日産スカイライン」。誕生月である4月には記念イベントも開催された。では、その原点となる初代スカイラインとは、どんなクルマだったのだろうか? 歴史を作った名車の実像について、詳しくリポートする。
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生みの親はプリンス
初代スカイラインを世に送り出したのは、日産ではなく、1966年に日産に吸収合併されたプリンスというメーカーである。
プリンスについて説明すると長くなるのでここでは割愛するが、その成り立ちをさかのぼれば、戦前から戦中にかけて主に軍用機を生産していた、立川飛行機と中島飛行機という2つの航空機メーカーにたどりつく。資本や組織の変更に伴って社名も何度か変わっているのだが、プリンスという名が初めて登場(当初は社名ではなく車名/ブランド名だった)したのは1952年。後に御料車の「日産プリンス ロイヤル」を作るなどプリンスは皇室と縁が深いメーカーだったが、プリンスという名もその年に行われた皇太子(今上天皇)の立太子礼を記念して付けられたものだった。
プリンスの名を最初に冠したモデルは、「プリンス・セダン」(AISH-1)。当時の5ナンバー(小型車)規格いっぱいの1.5リッター直4 OHVエンジンを積んだ4ドアセダンである。ちなみに当時の国産乗用車はもっぱら営業車(タクシー)向けだったが、トヨタは1リッター、日産は860ccのサイドバルブエンジン搭載車しか持ち駒はなかった。
プリンス・セダンには徐々に改良が加えられていったが、その間に市場には「トヨペット・クラウン」および「マスター」、ライセンス生産された「日産オースチンA50」や「いすゞ・ヒルマン ミンクス」などが続々登場、中でも1955年にデビューしたクラウンは純国産乗用車として評価が高かった。そうしたライバルに対抗すべく、旧態化したプリンス・セダンの後継として、1957年4月に誕生したモデルが初代スカイライン(ALSI-1)だった。
初代スカイラインがどんなクルマだったかといえば、前出の初代クラウンと市場を争う6人乗りの高級セダン。主としてタクシーや法人需要に向けた、5ナンバーフルサイズの国産最上級乗用車である。
テールフィンを生やした初代スカイラインの外見は、その頃世界のスタイルリーダーだったアメリカ車の縮小版といっていい。だがその衣に覆われた中身は、欧州車の影響を感じさせるもので、当時の日本車としてはかなり凝っていた。
技術優先の思想を体現
初代スカイラインのシャシーは、「フォルクスワーゲン・ビートル」や「シトロエン2CV」のような、バックボーントレー式フレーム。サスペンションはフロントがダブルウイッシュボーンの独立で、リアには国産初となるド・ディオン・アクスルを採用していた。欧州の一部の高性能車に使われていたド・ディオンは、デフを車体側に固定し、ドライブシャフトは左右で独立しているが、左右輪は太い鋼管で連結されているという、リジッドアクスルと独立懸架の中間的な構造を持つ。プリンスは操縦性と乗り心地の両立を狙って採用したのだろうが、まだ自家用車は少なく、需要の大半がタクシーで、都心を離れれば未舗装だらけだった道路事情を考えれば、大胆な決断だった。
さかのぼること2年、前輪独立懸架を採用したクラウンの発売にあたって、万事に慎重なトヨタは、タクシー用として前後ともリーフでつった頑丈なリジッドアクスルを持つマスターを同時にリリース、クラウンと併売した。対照的にプリンスは、構造が複雑で耐久性に不安が残り、コストも高くつくド・ディオンを採用した。その意味において、初代スカイラインはプリンスというメーカーの、技術優先の思想を体現したモデルだったと言えるだろう。
エンジンはプリンス・セダンから受け継いだ、プジョーを参考に開発されたという1484ccの直4 OHVユニット。圧縮比7.5、2バレルキャブレターを備えて最高出力60ps/4400rpm、最大トルク10.75kgm/3200rpmを発生。欧州車に多かった4段マニュアル(1速はノンシンクロ)のギアボックスを介して、車重1310kg(デラックス)のボディーを最高速度125km/hまで引っ張ると公表された。参考までに記すと、同年式のクラウンは最高出力55ps/4400rpm、ギアボックスは米車流の3段で、最高速度は110km/hだった。
ボディーサイズは全長×全幅×全高=4280×1675×1535mm、ホイールベース2535mm(スカイライン デラックス)。見た目はアメリカンながら、実際は現行の「カローラ アクシオ」(4400×1695×1460mm)よりもコンパクトだったのだ。バリエーションは主としてタクシー向けのスタンダード(ALSIS-1)と、内外装を高級化した自家用および法人向けのデラックス(ALSID-1)だったが、当初から2グレードをそろえて発売された日本車は、これが初めてだった。
スカイラインの先進的で凝った設計は、すべてがオーソドックスで堅実なクラウンとは対照的だったが、当時の自動車雑誌などにおける両車の評価を見ると、加速や操縦性など走行性能では、設計思想を反映してスカイラインが有利で、静粛性や内外装のフィニッシュではクラウンに分があるという意見が多かった。
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改良と発展
1958年10月の全日本自動車ショウ(東京モーターショー)には、スカイライン デラックスの内外装をより高級化し、1.9リッターに拡大した直4エンジンを積んだ「スカイライン1900」が参考出品された。
当時の税制では3ナンバーの普通車だったが、これが翌1959年1月に「グロリア」(BLSIP-1)の名を冠して市販化された。もっぱらショーファードリブン向けの国産最高級車だが、グロリアという名称は同年に行われた皇太子のご成婚を記念して名付けられたものである。いっぽうスカイラインは、1959年11月にエンジンを70psにパワーアップ。翌1960年2月には、グロリアとそろってマイナーチェンジを受ける。テールフィンをよりとがらせ、スカイライン デラックスとグロリアには、国産乗用車初のデュアルヘッドライトが採用された。
1960年9月には5ナンバー規格のエンジン排気量が現在と同じ2リッターに拡大されたが、それを受けて翌1961年5月に「スカイライン1900デラックス」(BLSID-3)が登場した。既存のスカイライン デラックスのエンジンを1.9リッターに換装したモデルだが、これによって、もともと1.9リッターエンジンを積んでいたグロリアとの関係が微妙になる。双方の違いは内外装の細かな部分(グロリアのほうがより高級)とエンジン出力(スカイラインがレギュラーガソリン仕様で91ps、グロリアがハイオク仕様で94ps)だけだったのだ。5カ月後にはスカイライン スタンダードにも1.9リッターエンジンが搭載され、1.5リッターモデルは消滅した。
1962年4月には、初代スカイライン/グロリアのシャシーにミケロッティデザインのボディーを架装した、派生車種の「スカイラインスポーツ」が発売された。日本で初めてイタリアンデザインを導入した、やはり日本初となる高級パーソナルカーだったスカイラインスポーツについては、過去の関連記事を参照されたい。
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セールスは苦戦
1962年10月、姉妹車のグロリアが先行してフルモデルチェンジを受ける。ボディーは一気に近代化されたが、同時にスカイラインも生涯最後となる大規模なマイナーチェンジを受け、顔つきが新型グロリアと共通するイメージのフラットデッキスタイルに一新された。後方からの眺めは従来と変わらぬテールフィンの生えたフィフティーズルックだが、前から見ると現代風という過渡的なルックスは、予定されているであろうフルチェンジまでの“つなぎ”のモデルであることを物語っていた。
内装にも小変更が施され、機構的にはギアボックスが3段フルシンクロとなり、従来の4段はオプション扱いとなった。タクシードライバーから「4段はギアチェンジが面倒」と不評を買ったのが理由とされるが、ライセンス生産していた「オースチンA50」から4段ギアボックスを受け継いだ初代「日産セドリック」も、やはり同じ理由から途中で3段に変更している。これについては、米車に慣れたタクシードライバーに合わせ、米車に多かった3段としたクラウンがリーディングブランドだったがゆえに、業界標準になったということだろう。
バリエーションは従来と同じ2グレードだが、デラックスは「スーパー」へとグレード名を変更。型式名もS21S(スタンダード)とS21D(スーパー)に変わった。これが初代スカイラインの最終型となるが、その生涯を通じてセールスは伸び悩んだ。5ナンバーフルサイズ市場では最初にブランドを確立したクラウンが圧倒的に強く、1960年に日産からセドリックが登場すると、それに続いた。トヨタ、日産に比べ販売力の劣るプリンスのスカイラインは、3番手から浮上することはかなわなかったのだ。
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別名のコマーシャルカーも登場
今日では、「スズキ・アルト」などに残る商用車登録の軽ボンネットバンを除いて、乗用車ベースの商用車は見られなくなった。しかし、まだ乗用車がぜいたく品とされていた時代は、平日はビジネスの足として働き、休日にはレジャーに使えるライトバンやピックアップなどの乗用車ベースの貨客兼用車はポピュラーな存在だった。自動車メーカーにとっても、乗用車のみで開発および生産コストを償却するのは難しかったため、乗用車ベースの商用車は不可欠だったのである。
初代スカイラインからも、当然のごとく4ナンバーの商用車が派生した。誕生からちょうど2年後の1959年4月、2ドアのライトバンとダブルピックアップがデビューしたのだが、それらはスカイラインではなく、「スカイウェイ」という新たな名を冠していた。ベースはスカイライン スタンダードだが、ライトバン(ALVG-1)、ピックアップ(ALPE-1)ともにテールフィンを備え、なかなかスタイリッシュだった。
中身はスカイラインとほぼ変わりなく、特徴的なド・ディオン式の後輪懸架も、リーフスプリングを強化した程度の変更で使われた。乗用車ベースの商用車では、積載時の荷重変化と耐久性を考慮して、乗用車が後輪独立懸架を採用していても、商用車ではリジッドアクスルに改めるようなケースが多かった。だがプリンスでは、おそらく生産規模の関係(別立てにするほど台数が出ない)もあって、ド・ディオン・リアアクスルを使ったのではないだろうか。結果的に、当時の小型商用車に共通するうたい文句だった“乗用車ムードの商用車”を実践することとなった。
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モデルチェンジでファミリーセダンに
その後、スカイウェイはスカイラインに準じて改良や変更を受けていくが、興味深い点が2つある。前述したように1960年2月には、スカイライン デラックスに国産乗用車初のデュアルヘッドライトが採用された。スカイライン スタンダードの4灯化は同年10月までお預けだったのだが、スカイウェイに関しては、スタンダードがベースだったにもかかわらず、デラックスと同時にデュアルヘッドライトが導入されたのである。これはタクシー需要主体のスタンダードに対し、スカイウェイは商用車といえども自家用ユースが少なくなかったことを反映しているのかもしれない。
もうひとつは4灯化と同時に追加された、ドアが右側1枚、左側2枚という左右非対称の3ドアバン。乗用として使う場合、2ドアでは後席へのアクセスが不便という声に応えたものだが、この変則的な3ドアはワンボックスバンなどではよく見られたものの、乗用車ベースのモデルでは非常に珍しい。なお、約2年後の1962年3月には、一般的な4ドアに変更されている。
話をセダンのスカイラインに戻すと、1957年の誕生から約6年半を経た1963年9月に、初のフルモデルチェンジを迎える。クラウンやセドリックと覇を競う5ナンバーフルサイズ市場は、ひと足先に世代交代したグロリアにまかせて、2代目スカイライン(S50系)は1.5リッター級にダウンサイジング。「トヨペット・コロナ」や「ダットサン・ブルーバード」などと市場を争うファミリーセダンに生まれ変わったのだった。
これをベースとして、翌1964年4月に「スカイラインGT」(S54A-1)が誕生。そこから今日まで続く、スポーツセダンとしてのスカイラインの歴史が始まった。となれば、スカイライン60年の歴史において、高級セダンだった初代スカイラインは、異質な存在だったとも言えるのだ。とはいうものの、初代スカイラインに盛り込まれた進取の精神や独創性といったスピリットは、現代まで連綿と受け継がれているのである。
(文=沼田 亨/写真=日産自動車、CGライブラリー/編集=関 顕也)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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