第149回:ケイジ&デフォーの共食いクライムサスペンス
『ドッグ・イート・ドッグ』
2017.06.16
読んでますカー、観てますカー
犯罪が似合わない「ジャガーXJ」
今年2月にクアラルンプールで金正男氏が殺害された事件は、奇妙なディテールに彩られている。白昼堂々と猛毒のVXが使われたのも驚きだったし、実行犯がインドネシアとベトナムの女性だったのも意表を突いた。彼女たちはテレビ番組のイタズラだと聞かされていたと主張していて、指示を出したとされる人物はさっさと北朝鮮に帰国してしまった。正男氏がアメリカ情報機関のエージェントだったとか、彼の息子を首班とする亡命政府を樹立する動きがあるなどの説まで語られている。
なんともドラマチックな展開で、そのうちこの事件を題材にした映画が作られるに違いない。ただ、クルマ好きにとって一番の関心の的は、マレーシアの北朝鮮大使カン・チョル氏だった。事件後に事件との関わりを全面否定して遺体の引き渡しを求める会見を行った際に、彼が乗ってきた公用車が思いがけないモデルだったからだ。ポールに小さな北朝鮮国旗を掲げていたのは、黒いボディーカラーの「ジャガーXJ」である。「X350系」と呼ばれる先代モデルだ。
ドイツのプレミアムセダンなら、性能と居住性、ブランドで選んだのだろうと推測できる。しかし、ジャガーXJ、しかも先代モデルということになると、趣味性が高いイメージだ。北朝鮮との組み合わせがしっくりこない。もしかすると、カン・チョル氏の個人的好みなのだろうか。
現行型のXJはかなり趣の異なるデザインになったが、先代まではロングノーズ・ロングデッキ、丸目4灯というアイデンティティーを守り続けた。スペース効率や居住性だけが高級車の価値ではない。XJのクラシカルで上品なイメージが愛された。だから、映画においてもXJに乗るのは紳士と相場が決まっていた。キリッとしたスーツに身を包み、所作はゆったりとして落ち着いている。しかし、『ドッグ・イート・ドッグ』は違っていた。事もあろうに、XJを使って犯罪行為に及ぶのだ。
元犯罪者の書いた小説が原作
原作はハードボイルド作家エディー・バンカーの同名小説。彼は少年時代から犯罪に手を染め、刑務所に入っていたこともある。経験を生かしてリアルな犯罪小説を書いたのだ。1970年代の作品だが、舞台は現代に変えられている。主人公はムショ仲間の3人。出所して再会すると、考えていることは皆同じだった。半端者がカタギに戻れるはずもなく、手っ取り早く稼ぐには悪いことをするしかない。
リーダー役のトロイを演じるのはニコラス・ケイジ。相棒の2人はヤク中のマッド・ドッグ(ウィレム・デフォー)と巨漢のディーゼル(クリストファー・マシュー・クック)。この座組みからわかるように、3人はあまり優秀な犯罪者ではない。同じムショにいたという絆はあるものの、お互いを無条件に信頼してはいないようだ。善良な人間ではないのだから、自分の利益のためには裏切ることもためらわないだろう。dog eat dogとは共食いを意味するスラングで、弱肉強食がワルの世界なのだ。
トロイは昔なじみの元締めエル・グレコに会い、仕事を請け負うことになった。エル・グレコ役のポール・シュレイダーはこの作品の監督でもある。映画評論家出身の知性派だが、『アメリカン・ジゴロ』などの娯楽作品でも手腕を発揮している。今年71歳になるが、本作では若々しい手法の撮影を楽しんでいるようだ。
3人は警官に変装して麻薬密売人を襲撃する。首尾よくコカインと現金9000ドルを手に入れたものの、稼いだ金はカジノと女で使い果たしてしまう。次に請け負った仕事は、赤ん坊の誘拐だった。報酬は75万ドル。1人25万ドルという大金を手に入れれば、人生を立て直すことができるかもしれない。
最近の悪役は「レンジローバー」が好き
失敗して捕まれば終身刑を覚悟しなければならないが、リスクを冒す価値はある。3人が現場に向かうために乗ったクルマがジャガーXJだった。北朝鮮の大使が乗っていたものより古い「X300系」である。1990年代のモデルで、信頼性に疑問符が付けられていた。途中で動かなくなる可能性もある。犯罪には向かないクルマだろう。
乗っている3人の人相と服装も、およそXJにふさわしくない。盗んだクルマであることは一目瞭然である。似合わないクルマで調子が狂ったわけでもないだろうが、仕事でも致命的な失敗を犯してしまう。逃げ帰るために、現場にあった「ランドローバー・レンジローバー」も拝借した。犯罪が似合わないことでは、XJに負けず劣らずのクルマである。悪路も辞さないタフなSUVではあっても、英国紳士の品格が香る優美さがにじみ出ているからだ。
しかし、実を言うと映画の中で悪役がレンジローバーに乗るケースが増えている。『ジョン・ウィック チャプター2』でも、白いレンジローバーに乗った人物が主人公の家をバズーカ砲で攻撃していた。犯罪者御用達のクルマは長らく「メルセデス・ベンツ」の独擅(どくせん)場だったが、21世紀になってからは「アウディ」が王座を奪った形になっていた。スクリーンに黒い「Q7」が現れると、中からマシンガンを持った悪者が出てくると予想できるようになっていたほどである。
観客の目をくらますために、製作側としても工夫をこらす必要を感じているのだろう。意外性を持たせるには、メルセデス・ベンツやアウディの代わりになるクルマを登場させなければならない。レンジローバーはそのニーズに応えられるクルマだと考えられたのだ。映画の中の犯罪に使われるのはクルマにとって名誉なことである。キャラが立っていて、悪役に負けない存在感を持っていることを意味するからだ。
日本車はまだハリウッド映画で犯罪者のクルマという地位を得ていない。リーズナブルな価格で環境性能の高い良質な自動車だと評価されてはいるが、ブランド力を高めるには押しの強さが必要だ。「レクサス」には、ぜひともアウディを超える悪党性を身につけてほしい。スピンドルグリルが見えただけでスクリーンに緊張が走るようになれば、名実ともに最強のブランドになる。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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