第48回:これは凄いぞ赤い玉号
2017.07.04 カーマニア人間国宝への道公道グランプリ気分
「クオオオオオオオ~~~!!」
「328GTS」赤い玉号は、赤い火の玉となって国道246号線を爆走した! ように感じたが、実は速度は周囲のクルマ(トラックや軽など)と同じだった。
がしかしスピード感が違う! 地面に座布団を敷いて体育座りしているような着座位置の低さや、全域で響き渡るフェラーリサウンド、ウルトラ軽い謎のステアリングの相乗効果によって、フツーに走っているだけでも『サーキットの狼』の公道グランプリに出場してるかのようだ!
その脳内公道グランプリ気分を猛烈に高めるのが、レーシングパターンの5段マニュアルトランスミッションである。
ステンレス削り出しのシフトゲートへ、細身だがしっかりしたシフトレバーを勇ましくエンゲージし、「カチッ」という金属音を響かせるだけでもう、高貴なる芸術活動を行っている気分になる。なぜか自分がダ・ヴィンチやミケランジェロとお友達であるかのように感じられる!
このクルマが31年前に生産されたという、その年月の重みが、私の魂をルネッサンスの彼方(かなた)まで飛ばしてくれるのだろーか?
なんだかんだいって、31年前って結構昔じゃん。人間の感じ方なんていーかげんなもんで、31年前も500年前も「昔」には変わらん。昔のクルマ買ってヨカッタ~!
高貴なるワル感
先日まで乗っていた「458イタリア」や、その他ありとあらゆる現代のスーパーカーで、この退屈に流れる国道246号線を走ったところで、決して公道グランプリ気分は味わえない。ただひたすら宝の持ち腐れ、豚に真珠だ。
ところが赤い玉号はどうだ! この掃きだめのような交通状況を、芸術の如く感じさせてくれるのだ!
「凄(すご)い……。凄いぞ赤い玉号!」
この凄さの発生源は、なんといってもフェラーリ製3186cc V8エンジンの発する圧倒的なオーラである。具体的にどう凄いのかと問われれば、「高貴なるワル感」だと答えよう。
思えば28年前。新青梅街道にて池沢早人師先生のテスタロッサに震撼(しんかん)したのも、この「高貴なるワル感」だった。
とてつもなく高貴なのに、とんでもなくワル。お前のためなら死んでもいい! いや死なせてくれ! そう思わせるウルトラ美悪女。それがフェラーリ様なのである。
ただ、現代のクソ速いフェラーリ様は、こういう交通状況だと、特に悪女ではありません。快適な移動機械です。“女優に着ぐるみ”になっちゃいます。ところが赤い玉号くらい古いと、動いてるだけでビンビンに女王様! ひとり公道グランプリ!
ただ328の場合、ヨーロッパ仕様じゃないと高貴なるワル感はあんまり出ない。日本仕様やアメリカ仕様は、排ガス対策でカムのプロフィールが違う。しかもヨーロッパ仕様はノーマルで触媒レス。エンジンが別物なのです。最初に買った328が日本仕様だったので、その差はわかっております。
今回の赤い玉号も、色やボディータイプは何でもOKだけど、ヨーロッパ仕様にだけはこだわって、エノテンに探してもらいました。
快感と不安のシンフォニー
赤い玉号は横浜青葉インターから東名高速に乗り入れた。いよいよ328の真価が発揮される舞台だ。
「クワアアアアアエエエエエエ~~~~ン!」
V8サウンドは決して完璧なシンフォニーではない。もともとフェラーリのシングルプレーンクランクシャフトは、スムーズネスよりパワー重視のワイルドなビートを奏でる。
しかも328はエンジン横置き。排気管はまるで等長ではないから、アイドリングからボボボボと原始のリズムが吐き出される。
その微妙なズレが、回転を上げるにつれて美しいゆらぎとなり、βエンドルフィンがドバドバになるのだ!
加速車線でのフル加速。凄(すさ)まじい快感。軽いハンドルはますます軽くなり、インフォメーションは完璧に消失する。どこへ突っ走っていくのかわからない不安。快感と不安のシンフォニー。これはまさに死と隣り合わせの快楽!
「死ぬかも。でも死んでもいーや」
そう思いつつ、ギリギリのところで踏みとどまる理性。それが法定速度内で味わえる! 458イタリアじゃ死んでもムリ!
東名をただ走っているだけで、私の心拍数は180まで上がり、背筋に何度も悪寒じゃなかった電気が走った。そしてひとりごちた。
「すげえ……。これはすげえ―――っ!!」
思えば5年前、宇宙戦艦号を我が物にした時も、ほぼ同じ言葉をつぶやいたような気がするが、つまり人は行きつ戻りつ、似たようなことを繰り返すのですね!
ただひとつ大きな違和感は、私がこんなにシビれているのに、前を同じペースで走っているクルマが「ヴィッツ」だという事実だった。
(文=清水草一/写真=池之平昌信/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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