第216回:現代 近代 そして古代
2021.09.27 カーマニア人間国宝への道すべてが宝石のよう
まだ残暑真っ盛りの夕方、知り合いのMから電話がかかってきた。
「いま近所にいるんですけど、ナローで行っていいですか」
ナローとはナローポルシェ、つまり初期型「911」のこと。彼がナローを持っているとは聞いていたが、その彼がナローに乗って突然やってきたのである。
正直私は、それほど猛烈な興味はなかったし、期待もしていなかったのだが、実物(1969年式の『911E』)を見て心底たまげた。
「なんじゃこのキレイさはあぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!」
本人は、タバコのヤニで歯が真っ黒(5年前にやめたそうです)、みたいな男なのだが、クルマはとてつもなく美しい。これはまさにコンクールコンディション! クルマのコンクールなんか一度も行ったことないけど!
彼は自分と同い年のナローを探した末、1年違いで手を打って、数年前、つまりまだ高騰しまくる前に買ったという。
しかし私には、もっとダイレクトな思い出がある。6歳の時、今は亡き父がほとんど似たようなクルマに乗っていたのだ!
それは、1968年式の「ポルシェ911Sタルガ スポルトマチック」。911の「S」と推定したのは、当時父が「最高速は225km/hなんだワッハッハ!」と、知り合いに自慢しまくっていた記憶に基づくもので確証はないが、とにかくカタチはこれとソックリ! 色も似たような紺だった。ステキなホイール形状やバンパーのゴム部も、幼い記憶に焼きついたのとまったく同じ。6歳の自分には、911のサイドに回り込んだテールランプがものすごく大きく見えたものだが、今見ると実に小さい。すべてが宝石のようで目頭が熱くなる。
「乗っていいですよ」とMは言う。「今度、辰巳でオフ会やりましょう」
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古代・近代・現代のそろい踏み
プチオフ会当日。まずは代々木PAで、共通の友人であるYの「フェラーリ458イタリア」と待ち合わせた。
私もイエローの458を「宇宙戦艦号」と名づけて5年間愛したが、458は「328」と並べるとデカかった。しかしその気品ある美しさは、さすが最後のピニンファリーナ・フェラーリ。同時に最後の自然吸気V8ミドシップフェラーリでもある。涙。
われわれはクルマを交換し、辰巳PAに向かった。
久しぶりに乗る458は、相変わらずウルトラ素晴らしい。しかし458から328に乗り換えてすでに3年たった自分には、458はあまりにも速すぎた。というよりフツーに走ってるだけじゃスピード感がなさすぎて、あまりにも物足りない。328ならフツーに走ってるだけでスピード感ビンビン! これが現代と近代の差である。
「現代といっても、もう10年落ちですよ」
Yに言われてハッとした。そうか、458が登場してもう10年以上たつのか。これが最後の古き良き現代的スーパーカーだったのか……。
今の私には、1989年製の328がちょうどいい。なにもかもが本当に素晴らしい! 328に初めて乗ったというYも、「このサウンド、アドレナリン出まくりです!」と目を輝かせてた。328の素晴らしさは時代を超越しているのである。
辰巳PAに到着すると、間もなくMのナローがやってきた。3台を並べると、見事な「古代・近代・現代」のそろい踏みになった。
そしていよいよ、ナロー試乗。ナローのステアリングを握るのは初めてではないが、20年ぶりくらいで、記憶は風化し時代に流されている。果たしてどんな感じなのか。
昭和は遠くになりにけり
ギアは328と同じレーシングパターン(1速が左手前)だ。ところが、いきなり3速で発進してエンストしてしまった。1速は左にグッとスプリングを押すようにして入れなきゃダメなんですね。スミマセン。
気を取り直して1速に入れ直し、そろりと発進し本線に合流する。水平対向2リッター空冷エンジンは、「パラパラパラパラ~」という軽やかなサウンドとともに軽快に回る! 930や964の音は、うるさい扇風機みたいだなぁと思ったりもしたが、ナローの空冷サウンドはとっても優しくてスキ!
それにしても頼りない。なにもかもが頼りないけど、特にステアリングフィールが頼りない! 328も頼りないけどそんなもんじゃない。328が、その微妙な頼りなさゆえにスピード感バリバリだとすれば、ナローはいつでもどこでも全面的に頼りない。まるで生まれたての小鹿ちゃんだ! いつでもどこでもステアリングフィールがスッカスカ! さすが古代のRR! 今乗ると走ってるだけで綱渡りなこの雰囲気、さすが古代のスポーツカー!
父はこういうので飛ばして、「パトカーだって追いつけないさ」みたいなことを言っていたんだなぁ。今じゃもう軽に追いつくのが精いっぱいでちゅ~! 昭和は遠くになりにけり。
ナローはすべてが素晴らしかった。光り輝く貴族だった。ただ、今の自分にはちょっと手に余る。あと10年くらいたったらちょうどいいかもしれない。
59歳の私には、現代と古代の中間に位置するフェラーリ328GTSが、やっぱり最高中の最高なのだと再認識したのでした。
(文と写真=清水草一/編集=櫻井健一)
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清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。