メルセデス・ベンツS560 4MATICロング(4WD/9AT)
ちょっと物足りない 2017.10.09 試乗記 「メルセデス・ベンツSクラス」が、マイナーチェンジで最新型へとアップデート。当代随一のラグジュアリーサルーンは、新たな先進装備を得てどこまで進化したのか? フラッグシップモデルに対するゆえの厳しい目をもってテストした。豹変するメルセデス
メルセデス・ベンツに乗ると思い出すのは「君子は豹変(ひょうへん)す」という故事成語だ。考え方や態度が急に変わることを非難する意味で使われることも多いが、辞書によれば本来の意味は過ちを認めるのをためらわないということ。過ちがあればすみやかにそれを改め、鮮やかに面目を一新することをいう、とある。まさしくこれが君子メルセデスの歴史を思い起こさせるのだ。
かつてメルセデスの試乗会ではクルマの形や機能についての疑問を本社エンジニアに恐る恐る質問するや、「お若いから知らないのも無理ありませんが」というような表情ながら、事細かに理論武装したエンジニア氏に完膚なきまで論破されたものだ。ところがそのうちに経験を積んでくると、「自動車とは須(すべから)くこうあるべし」と頑固に持論を押し通すかと思えば、そんなこと言ったっけ? という具合にころりと前言を翻したりすることに気づいた。「Eクラス」の名を初めて冠した「W124」や「190」シリーズの頃を思い出せば、シングルブレードワイパーや左右で形状の異なるサイドミラーなど、これぞ最善と主張しながらいつの間にか姿を消したいくつもの特徴を挙げることができる。
現行Sクラスである「W222」が登場した際にも同様の印象を受けた。政府の首脳や企業のトップなどVIP用と世間が認めているフォーマルで正統派の大型サルーンが、堅苦しさをすっかり拭い去ってこれほどまでに華やかで艶(あで)やかなラグジュアリーサルーンに変身できるのか、と驚いたものだ。しかも豪華で先進安全装備に抜かりないだけでなく、実用面での完成度の高さも抜群だった。昨年の春、東京から下北半島の北東端尻屋崎に至り、十和田湖、八幡平を抜けて帰京する往復およそ1800kmの道のりを、「S300h」と「S550e」の2台のSクラスを連ねて走る機会があったのだが、一気に本州の外れまで駆けてもまったく疲れを感じない出来栄えに感心したものだ。という具合に、2013年にモデルチェンジした現行Sクラスが当代随一のラグジュアリーサルーンであることに疑う余地はないのだが、もともとエースで4番のスタープレーヤーがマイナーチェンジとはいえ新型になったからには、シングルヒットぐらいでは世の中は納得しない。圧倒的であることを求められるのがSクラスの宿命である。
あの直6はどこへ行った?
今回のSクラスは新世代のパワートレインに換装されたことと、先進安全運転支援システムを含むインテリジェントドライブが最新仕様にアップデートされたことが特徴。昨年発売されたEクラスのシステムがデビューのタイミングで一部先行していた関係を整理整頓したといえるかもしれない。ただし、日本仕様のラインナップには最新テクノロジーがすべてそろっているとはいえず、ちょっと肩透かしを感じるものだ。
従来型はV8やV12を搭載した主力モデルに加え、4気筒ディーゼルハイブリッド、V6ガソリンハイブリッド、さらにはプラグインハイブリッド車(PHV)までをラインナップしてSクラスの先進性をアピールしていたはずなのに、今回のマイナーチェンジ版は(今のところ)7車種、しかも現状で手に入るのは「S400」と「S560 4MATICロング」、AMG版の「S63 4MATIC+ロング」の3モデルのみとなる。S300hや「S400h」に代わる、スタンダードグレードたるS400のエンジンは3リッターV6ツインターボ(367ps/5500-6000rpm、500Nm/1600-4000rpm)で、今回のマイナーチェンジの目玉といえる最新の“直列”6気筒3リッターガソリンターボは用意されず。というより導入予定も分からないらしい。48Vで駆動される「ISG(インテグレーテッドスタータージェネレーター)」を搭載した補機類ベルトレスの6気筒ユニットは、メルセデスの電動化路線でも大きな役割を果たすはずだから実に残念である。ダイムラーは「CASE」(コネクテッド、オートノマス、シェアリング、エレクトリックの頭文字)という将来戦略を明らかにしているが、その中の“E”については当面日本市場向けには必要なしということか。
聞くところによると、日本市場ではとにかくV8、しかもロングボディーを選ぶカスタマーが多いという。にわかには信じられないが、導入7車種のうち6車種までロングなのは無論そのためだろう。とはいえスタンダードボディーのS400でもホイールベースは3m超えの3035mm、全長は5125mmで全幅は1900mmという堂々たるもの。ロングボディーは全長もホイールベースもさらに130mm長いから全長はほとんど5.3m、車重も2.2tを超える。今ではEクラスが5mに近い全長まで大型化しているので、差別化を図るにはロングということかもしれないが、自らステアリングホイールを握ることを考えるとちょっと憂鬱(ゆううつ)になる図体だ。
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あふれる水のようなパワー
S560 4MATICロングに載る4リッターV8ツインターボエンジンは、従来の「S550」に積まれていた4.7リッターツインターボからのダウンサイジングユニットということになる。
4リッターV8は順次更新採用されているメルセデスの新世代エンジンで、もともとは「AMG GT」用に開発されたもの。“560”という懐かしい数字にしたのは、4.7リッターV8ツインターボの従来型よりダウンサイジングしながらパワーアップしたことを主張するためかもしれない。2基のターボチャージャーをVバンクの間に配置し、ナノスライドと呼ぶシリンダーコーティングを採用して軽量コンパクトと高効率を追求した「M176型」V8ツインターボは、469ps/5250-5500rpmと700Nm/2000-4000rpmを発生する。いっぽうで低負荷時にはV8のうちの4気筒を休止させる機構も備わる。
トランスミッションも他のモデル同様9段ATにアップグレードされた。当然静かでパワフルだが、より大切なのはその強烈なパワーをいかにエレガントに湧き出させるかということ。また乗員に不快感を与えない上品で繊細なコントロールが可能かどうかも求められる。その点、S560のV8ツインターボは豊かな水の流れのように、いつでも滑らかに欲しいだけの力があふれ出てくる。ちなみに0-100km/h加速はわずか4.6秒(欧州仕様)、4WDのメリットはあるものの車重2.2トン余りの重量級としては驚異的な加速である。これは現行型「ポルシェ911カレラ」と同じ数値なのである。
完璧とは言い難い乗り心地
車両前方の路面の凸凹をステレオカメラで検知して備える「マジックボディーコントロール(MBC)」にダイナミックカーブ機構が新たに備わったことも今回のマイナーチェンジのトピックである。ダイナミックカーブとは「Sクラス クーペ」に採用されている、コーナリング時に内側にリーンするシステムで、MBCは「S600ロング」と「AMG S65ロング」に標準装備、「S560ロング」にオプション設定されているのみ。つまり遅れてデリバリーが始まる車種にしか用意されていない。従来型の柔らかでラグジュアリーな乗り心地がどうなったか、と走りだしたものの、“エアマチック”エアサスペンションを備えるS560 4MATICロングは正直言って期待したほどではなかった。無論S560 4MATICロングでも第一級のレベルではあるが、すっきり軽やかで確かな足取りのS400がタタンと軽快に越える段差や舗装の剥がれた部分で、ドシンと明確なショックを伝えてくることがあった。車重が250kg近くも軽い1970kgにとどまっていることと、タイヤサイズ(S560の試乗車はAMGラインの19インチ付き)の違いだろう。MBCが装着できれば話はまた別だろうが、現状ではちょっと物足りない。また20インチタイヤが標準となるAMG S63のほうはエアサスペンションもAMG専用となり、段差などでの突き上げはさらにはっきり硬質。低速域ではそれなりの覚悟が要る。
テレマティクス機能のひとつとして加わった「リモートパーキングアシスト」はいかにも“007”気分だ。スマホやタブレットで車外から縦列駐車、並列駐車ともに可能なシステムは今のところメルセデスだけ、自動で切り返ししてあらかじめ検知したスペースに駐車することができる(しかもかなりギリギリまで寄せる)。もっとも、駐車スペースから出す時は前後どちらかに真っすぐしか出せないので、縦列駐車状態から切って出ることはできない。また操作している人間が車両から離れると(3mぐらいまで)作動停止する。すごい機能ではあるが、現状では“役に立つ場合もあるかな”というレベルである。
乗り心地ではS400を薦める。いやいやV8のロングでないと、という方もできれば年末にはデリバリーされる他のモデルの乗り心地を確認してからでも遅くはないと思う。
(文=高平高輝/写真=小河原認/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
メルセデス・ベンツS560 4MATICロング
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5285×1915×1495mm
ホイールベース:3165mm
車重:2260kg
駆動方式:4WD
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:9段AT
最高出力:469ps(345kW)/5250-5500rpm
最大トルク:700Nm(71.4kgm)/2000-4000rpm
タイヤ:(前)245/45R19 102Y/(後)275/40R19 101Y(コンチネンタル・コンチスポーツコンタクト5)
燃費:9.0km/リッター(JC08モード)
価格:1681万円/テスト車=1856万3000円
オプション装備:AMGライン<AMGスタイリングパッケージ[フロントスポイラー、サイド&リアスカート]+19インチAMG 5ツインスポークアルミホイール+Mercedes-Benzロゴ付きブレーキキャリパー&ドリルドベンチレーテッドディスク[フロント、リア]+ステンレスアクセル&ブレーキペダル+ブラックハイグロスポプラウッドインテリアトリム+ヘッドアップディスプレイ+本革巻きウッドステアリング>(78万円)/ショーファーパッケージ<ショーファーポジションスイッチ[後席]+イージーアジャストラグジュアリーヘッドレスト[助手席・電動可倒]+フットレスト付きエグゼクティブリアシート[助手席側後席]+シートヒータープラス[後席]+ステアリングヒーター+ドアアームレストヒーター[前席・後席]+センターアームレストヒーター[前席・後席]+マルチコントロールシートバック[後席、リラクゼーション機能付き]+リアエンターテインメントシステム[統合コントロール機能付き]+電動ブラインド[後席左右]+電動ブラインド[リアウィンドウ]+ヘッドフォン+COMANDリモートコントロール>(86万5000円) ※以下、販売店オプション フロアマットプレミアム(10万8000円)
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:1263km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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高平 高輝
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