ランチア・イプシロン 0.9 ツインエア(FF/5MT)【試乗記】
深い対話が楽しめる 2011.09.01 試乗記 ランチア・イプシロン 0.9 ツインエア(FF/5MT)……263万5000円
フルモデルチェンジで3代目に生まれ変わった「イプシロン」。“あの”ツインエアを搭載する走りに、ランチアらしさは感じられたのか?
凝りに凝ったデザイン
新しいランチアを見るたびに、クルマのスタイリングには、まだやれることがたくさんあるのだなあ、という思いを強くする。この新型「イプシロン」、顔つきこそ兄貴分の「デルタ」と比べるとあっさりしている。でもそこを除けば、デルタに負けないほどワザありのデザインである。一見、3ドアハッチバックのようだが、よく見ると5ドア。リアのドアノブは一時期のアルファのようにCピラーに隠されている。ボディ側面の“えぐれ”はどことなく「フェラーリ612スカリエッティ」を思わせ、丸みを帯びつつソリッドな面でキュッと締め上げられたテールは、写真で見るよりずっと“シャガデリック”だ。
インテリアもランチアの常で、このクラスとしては異例といえるほど凝っている。メーターを中央に据え、比較的高い位置にシフトレバーを置くという基本的なレイアウト自体は先代型を踏襲しているが、デザインのタッチがデルタに似たソリッドでコンテンポラリーなものに改められており、ぐっと洗練された。ご覧のとおり、センターパネルには2DINタイプのフルナビを設置する場所などない。でもここまでしゃれたデザインなら、最近話題のスマホナビでいいじゃん、という人が出てきたっておかしくない。
車両のベースとなるシャシーについて、先代型では「フィアット・プント」用を短縮して用いていた。しかし、新型ではひとクラス下の「フィアット500(チンクエチェント)」用を延長しているそうだ。そういう出自もあってか、新型は歴代で一番長い全長を持つくせに、逆に全幅は一番狭く、5ナンバー枠に収まっている。そういえば運転席のヒップポイントが思いのほか高く、チンクエチェントに似た居住まいである。その一方でパワーウィンドウのスイッチなど、「アルファ・ミト」(こちらはグランデプントと共用)と同じと思われるパーツも散見でき、ミトの兄弟車か? という錯覚におちいる瞬間もある。
チンクエチェントと兄弟であることは、エンジンを見ればより明らかとなる。新型には875ccのツインエアユニットが搭載されているのだ。あの音と振動はチンクエチェントなら「カワイイ」で済んだが、プレミアムブランドのランチアではどう“言い訳”するのだろう? おそるおそるエンジンをかけてみた。
やればできるじゃないか!
エンジンをかけてみて驚いた。チンクエチェントでは感じられた低回転の振動も、どことなくポコポコとした空洞感をともなったチープなエンジン音も、「えっ?」と思うくらい見事に抑えこまれていたのである。たとえるなら、ちょっと昔のディーゼルぐらいの音振におさまっている。この程度なら、もしかすると2気筒と気づかない人もいるかもしれない。つまり、カネとテマをかければ、できるのだ。ツインエアの快適性能を“あの程度”とタカをくくってはいけないようだ。
もっとも、低回転のドライバビリティがいまひとつ頼りなく、ある程度回してやらないと本領を発揮しないところはチンクエチェント譲りである。5MT(なんとマニュアル仕様なのだ)を5速に入れ、1600rpmほど回すと車速は60km/hに達する。ここが実用域のギリギリという感じで、1500rpmを下回るとイキのいい加速は期待できないし、ガクガクとノッキングの兆候すら示してしまう。5ATのチンクエチェントもほぼ同じだ。
5段では時代遅れだ。高速道路での燃費向上を考えれば、ましてやプレミアムなランチアなら6段や7段でもいいんじゃないか、という思いもたしかにある。実際、100km/h時の回転数は5速が2600rpm、4速が3400rpmと、いまどきのダウンサイズターボエンジンにしてはギア比がやけに低い。
しかしエンジンのトルク特性が上記のとおりで、日中の都内では5速に入れる機会すらそうないことを考えると、日本の一般道では6段以上は宝の持ち腐れになる可能性がきわめて高い。しかも「高いギアだと、ぜんぜん加速しない」と、漫然と負のイメージすら抱かれてしまうかもしれない。なにが言いたいのかというと、ツインエアでMTのイプシロンを日本で乗るなら、5段という設定がベストだということだ。
思えばイタリア車の小排気量エンジンというのは、昔っから回すと調子が良くなってくるものが多かった。それを思い出してイプシロンのスロットルを深々と踏み込むと、やはり血筋というべきか、2000rpmを超えて2500rpmに差し掛かるころから、がぜんツキが良くなってくる。スイートスポットは3000rpmから5500rpmあたりまでといった感じ。0.9リッターのエンジンで1080kgのボディを引っ張るわけだから速いといっては語弊がある。でも、えっ、こんなによく走るんだ、という驚きはあると思う。
ランチアの世界、ここにあり
デザインと並んで、乗り心地の良さはランチアの魅力である。ひとことで言ってしまうと、足まわりはかなり柔らかい。柔らかさに軽さが同居していて、路面の荒れや段差を乗り越えるときのタッチが「シュタッ!」と軽く、日本車ともフランス車ともまたひと味違った快適さを持っている。
もっとも、こういった軽いタッチの足まわりは、実は本来、イタリア車が広く持っているものである。程度の差こそあれ、フィアットにもアルファにも似たような風合いが見られ、あちらでレンタカーを借りたことがある人なら、ごくフツーのアルファってこんなに乗り心地がいいんだ、と感じたことがある人もいるかもしれない。ところが日本にやってくると、イタ車はイタ車らしく熱く振る舞わなくてはならないから、スポーツサスペンションやサイズの大きなオプションタイヤが装着されてしまい、この“軽柔らかい”足まわりが見えにくくなってしまう傾向がある。この0.9ツインエアモデルには、幸いにしてランチアらしい本来のしなやかな味わいが生きているように思う。
場面が変わって山道では、足まわりがソフトなぶん車体のロールも大きくなる。操舵(そうだ)が軽い電動パワーのステアリングも、街中ではいいあんばいだったが、ワインディングロードではちょっと軽すぎる気もする。だからアルファ・ミトのようなチャキチャキとしたテンポのいいフットワークこそ望めないが、しかし、イプシロンが持つ“走りの鼓動”というものを見つけて、それに合わせて丁寧に操作してやると、意外や走る楽しみが放棄されていないクルマであることに気づくだろう。
たった0.9リッターの2気筒エンジンを搭載した小型車にすぎないが、こんなに深い対話が楽しめるコンパクトカーもない。クライスラーとの関係が今後のランチアのクルマづくりにどういう影響を及ぼすかわからないが、新型イプシロンにはランチアの世界がちゃんと生きている。今後もぜひ守っていってもらいたいものだ。
(文=竹下元太郎/写真=小河原 認)
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