第207回:夏だ! ビーチだ! スマートだ! 「スマートタイムズ11」イタリアで開催(後編)
2011.08.19 マッキナ あらモーダ!第207回:夏だ! ビーチだ! スマートだ! 「スマートタイムズ11」イタリアで開催(後編)
気分はミッレミリア?
(前編からのつづき)
従来の開催地オーストリアを飛び出して、初めてイタリア・リッチョーネで開かれた「スマート」ファンのための国際ミーティング「スマートタイムズ」。場所は変われど、参加者たちが一番興奮したのは、やはり恒例のパレードであった。
2011年8月6日朝10時、メイン会場であるローマ広場でチェッカードフラッグが振り下ろされると、約800台にのぼる色とりどりのスマートたちが一斉にホーンを鳴らした。
“Follow me”のサインを掲げたセーフティカーの後ろには、前編で紹介したスマートブランドの総責任者ヴィンクラー女史が運転する緑のスマートが並ぶ。特製モディファイが各部に施されたそれは、彼女が日常の足に使っているクルマらしい。それにしてもダイムラーの1ブランドのトップがファンミーティングのパレードを先導するとは。
ところで最近欧州各国でのスマートの広告は、ユーモアあふれるものが多い。たとえば「恋をしたら、後ろは振り向かない」というコピーとともにあるイラストは、普通のクルマに乗るカップルの後席から、眼鏡をかけたママが顔を出しているものである。もし2人乗りのスマートに乗っていれば、恋を邪魔する者はいない、というわけだ。最近のスマートにはダイムラーの新しい風を感じるものが多い。
パレードの車列は約7kmに達し、参加者たちはビーチサイドから内陸の丘陵地帯にかけて約3時間のドライブを楽しんだ。沿道では多くの人々が家からいすを持ち出して見物したり、さかんに手を振ったりしていた。ミッレミリアや古いクルマの走行会ならともかく、現行生産車でこれだけ人々が盛り上がるのは、スマートのキャラクターの成せる業であろう。
人気といえば夜のリッチョーネの街でも同じだった。「スマート・ロードスター」や「スマート・ロードスタークーペ」の前に立って写真の撮りっこをするカップルや親子を何組も見た。僅か8年前に登場した量産車とは思えぬエキサイトぶりである。
新興国あり、再会あり
ところで今回は以前にも増してポーランドやルーマニアなど東欧圏のクラブが元気だった。さらにクルマこそ持って来なかったものの、中国からの一団もやってきた。スマーティスタの輪が世界の新しい軸とともに広がっていることを実感する。
ルーマニアから来たダン&アンナマリア組は、「スマート・フォーフォー」で片道2000kmを自走してきたという。ボクが「帰りにもう2000kmですね」というと、アンナマリアは「フォーフォーは三菱製エンジンだから大丈夫」と胸を張った。
いっぽうで再会もあった。英国南部ウィンチェスターから来場したデン&ジョージー夫妻である。
2009年のオーストリア大会でのことだ。彼の2002年型初代スマートは十二分過ぎるくらい目立っていたので、ボクは話しかけずはいられなかったのだ。なにしろ全身にマーブル模様を散りばめ、ダッシュボードに多数のミニカーを配していたからである。デコレーションスマート、略して“デコスマ”である。その夫妻が、なんと約4800kmを3日かけてやって来ていた。
デンさんが愛車にスマートを選んだ理由は、彼は片足が義足で、2ペダルのスマートはまさに最適のモビリティだったからだ。
やがてさまざまなファンイベントに顔を出すうち、さまざまな国の友達ができ、ますますスマートに愛着を深めたという。
「エンジン載せ換えても、このスマートに乗り続けますよ」とデンさんは語る。
「今年は(ダッシュボード上の)ミニカーを増やしたうえ、LEDのイルミネーションも装着しました!」と彼が言うので夜に再び訪れると、デンさんのクルマは怪しい光を足元から発していた。ちなみにデンさん75歳、ジョージーさん55歳である。
最強のアンチエイジング!?
その日夜8時から始まったセレモニーでは、チューニング賞をはじめとするさまざまな参加者賞が手渡された。そして最後にみんながかたずを飲んで見守るなか、2012年の開催地が発表された。
ベルギーのアントワープ(アントウェルペン/アンヴェール)である。
アントワープでは、どんな新しい国のスマーティスタたちと出会えるのだろう。これから10年続けるという巡回ツアーは、意外にも面白くなりそうだ。そう考えながらボクはホテルへと戻って、ベッドに潜った。
しかし、感極まったスマーティスタたちによるホーンの余韻が、いまだ頭の中に渦巻いていた。それは、窓から入ってくる生暖かいアドリア海の風と相まって興奮を呼び起こした。
枕元のプログラムを読み直すと「アフターショーパーティー」が夜11時からあるではないか。ベランダから見えるその会場はライトアップされていた。ボクはもういちどクローゼットから服を出し、ホテルを抜け出してビーチサイドを歩いて行った。パーティの会場である最上階のテラスには、ボクと同様、ホテルにクルマを置いてから再び繰り出してきたスマーティスタたちが集っていた。
スマートの魅力ってなんだろう。ドリンクコーナーでボクの後ろにいたギリシャから来たトルコ系の若者に聞いてみた。すると彼は
「若さだよ!」と答えた。何も考えることなく、即座に。
デコスマで4800kmを一気に走ってきたデン&ジョージーさんのように、スマートにはどんな化粧品よりもアンチエイジング効果があるようだ。
「終(つい)のクルマは『トヨタ・センチュリー』」とひそかに信じて日々精進してきたボクであるが、「スマートが似合う老人にもなるのもいい」と思えた夜だった。
結局その晩は、日頃酒飲みでもないボクだが、ポーランドのクラブメンバーたちとキューバ・リブレを傾け、DJが怒涛(どとう)のごとくかけまくるテクノで、知り合いのイタリア人たちと踊るうち、夜中の2時をまわってしまった。慌ててホテルに戻ると玄関のドアが開かない。「まるでユースホステルだ!」と思わず口にしてしまった。
後でわかったのは、そこは家族連れや一定年齢以上の常連客が多いホテルゆえ、深夜まで開けている必要がない、ということだった。
パニックに陥ったあと落ち着いてよく見ると、「この時間は、下記までお電話ください」と小さな張り紙がしてあった。チャージ残高が少ないプリペイド携帯でヒヤヒヤしながら電話をかけて、ようやく夜勤のホテルマンに開けてもらえた。
門限破りとは何年ぶりだろう。これまたアンチエイジングであった。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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