第539回:光もあれば影もある
巨大メーカーFCAの決算発表に思うこと
2018.02.02
マッキナ あらモーダ!
利益は93%増し!
FCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)は2018年1月25日、2017年度の通期決算を発表した。これをもとに、今回はFCAの最新よもやま話を。
売上高は1109億ユーロで、2016年の1110億ユーロからやや減少した。しかし純利益は35億1000万ユーロで、前年比で93%増と大きな伸びを記録。修正後の純利益も37億7000万ユーロで、50%増益となった。
出荷台数は474万台で、2016年の472万台と比べて2万台増加した。
一方、負債は2016年の45億8500万ユーロから23億9000万ユーロへと大幅に減少した。この発表により、当日のミラノ証券取引所におけるFCA株は3.7%上昇し、20ユーロ台をつけた。
FCAは好調の理由を「主要マーケットにおいて、アルファ・ロメオの『ジュリア』と『ステルヴィオ』を投入したため」としている。地域別にみると、アメリカでの販売台数はフリート需要減少が響いたものの、アルファ・ロメオ・ジュリアとステルヴィオの本格的な販売開始、「ジープ・グランドチェロキー」および「同コンパス」の好調のおかげで、減少は8%にとどまった。2017年の同国におけるセールスは、前年比2232%増(!)と、伸び率ではケタ違いのトップとなっている。
ヨーロッパ、中東およびアフリカ地区では、このステルヴィオやコンパスに加え、「フィアット・ティーポ」の人気が貢献した。知り合いのイタリア人セールスマンも、トルコ工場製ティーポの人気を認める。理由を聞けば「なにしろ『パンダ』の上級モデルの値段で、フル装備のティーポが買えるんだから」と説明する。2017年のイタリア国内登録台数では、なんと「フィアット500」(5万3960台)を抜いて第3位(5万6046台)に浮上した。
自動運転対応に遅れ?
マセラティは、SUV「レヴァンテ」のヒットが、「ギブリ」「クアトロポルテ」の低迷を帳消しにした。参考までに記すと、同ブランドの2017年の地域別出荷台数は、中国1万6100台、北米1万5800台、欧州1万1200台、日本1900台、その他6500台となっている。
実際、イタリアの路上でもマセラティを以前より頻繁に見かけるようになってきた。日本の日経のニュースにあたる経済専門ラジオチャンネル「イル・ソーレ24オーレラジオ」を聞いていると、マセラティのCMがたびたび流れる。20年前、天上の高級車だった時代では考えられないことだ。
そのCMの最後には「リースもご利用ください」といったアナウンスが付く。リーマンショック以降、マセラティの2ドアスポーツモデルといえば、イタリア当局による税務調査の、格好の餌食。いわば“マルサホイホイ”的なクルマのひとつだった。しかしある程度実用的なレヴァンテで経費支出の法人リースとなれば、そのあたりはかなり甘くなるものと思われる。
収益性が高い流行(はや)りのSUVとお買い得モデルに支えられて絶好調なフィアットだが、気になることもないわけではない。
ひとつは自動運転化への対応だ。2016年12月、FCAは、Google系の自動運転車開発企業「Waymo」に「クライスラー・パシフィカ ハイブリッド」を100台納入する計画を発表した。この計画台数は2017年4月には500台上積みされ、さらに2018年1月30日には、「数千台規模にまで拡大する」とアナウンスされた。
その多くは自動運転タクシーにあてられる予定だが、欧米での報道を分析すると、いまのところFCAの役割はベース車両の納入にとどまっていて、納入開始は2018年末になる見込みだ。
それとは別にFCAは、2017年1月にGoogleとインフォテインメントシステムに関する提携を発表。同年4月には、その内容を自動運転に関するものへと発展させている。続く8月には、BMWなどと自動運転プラットフォームに関する覚書にも調印。ただしこちらも、先に2016年にBMW/インテル/モービルアイによって発足したプロジェクトに便乗したものといえる。ほかの自動車メーカーが、イニシアチブをとるかたちでサプライヤーたちと自動運転時代への対応を模索しているのに対して、FCAの姿勢はかなり勢いに欠ける。
2018年1月にラスベガスで開催されたエレクトロニクスショーのCESでも、日本ブランド3社が最新AIテクノロジーなどで気を吐く傍ら、11月のロサンゼルスオートショーで発表した新型「ジープ・ラングラー」とインフォテインメントシステムの「Uコネクト」を展示するにとどまった。そのためブースには、かつての東京モーターショーにおける「子ども自動車絵画展」に通じる休憩所ムードが漂っていた。
ランチアブランドは悩みの種
もうひとつは自動車業界再編への対応である。2017年8月、「中国メーカー、FCAと買収交渉か?」との記事が欧米の経済欄をにぎわせた。それに期待して、株価が急騰する騒ぎがあったものの、FCA自体の公式なコメントはついぞなく、秋口にはうわさは立ち消えとなった。報道によれば、手持ちブランドを一括で売却したいFCA側と、ブランド力があるジープだけを欲した中国メーカーとの間で、交渉が決裂したといわれる。
2000年に入ってジョヴァンニ・アニエッリ時代の旧フィアットが経営危機にひんしたとき、「他社に吸収されるには大きすぎ、かといって他社を吸収する力もない」と評された。その状態は今も続いているようだ。
そこで心配になるのはランチアブランドの行方だ。「売れない」からではない。「そこそこ売れている」のである。「イプシロン」の現行型は2017年、イタリアでは6万0231台の登録を記録。フィアット・パンダに次ぐ2位の座を維持した。欧州全体でも依然5万7474台が売れている。
トリノの、あるFCA販売店の現役営業マンに最新情報を確認すると、「答えは簡単」と切り出したうえで「大規模な値引きキャンペーンと、メーカー主導による大量の新古車が数字を支えている」と教えてくれた。
一方、別の自動車販売のベテランは、「イプシロンは長年、日常生活にちょうどいいサイズで、ちょっと高級なムードが顧客の心理をくすぐるモデルだった」と証言する。長年の人気車がお買い得、というわけだ。
バーゲンセールといえばそれまでだが、今やイプシロンは唯一残ったランチアブランド車である。もはや欧州各国の主要モーターショーからランチアブースが消えて久しい。
たとえ1車種でも、企業として1ブランドを維持するコストはばかにならない。地域の販売店もしかりだ。店頭看板ひとつとっても、どんどん退色してゆく。一刻も早くランチアを整理したい。でも発表後7年も経過し、開発投資を回収できるクルマがそれなりに売れる。FCAのもどかしさが見て取れて、ウオッチャーの目には面白くもあり、哀れにも映るのである。
驚きの節税手段
最後にもうひとつ、FCA車に関するトリビアを。
フィアット・クライスラーの大西洋を越えた姉妹車として、「アルファ・ロメオ・ジュリエッタ」と「ダッジ・ダート」が存在したが、後者はすでにダッジのカタログから消えている。
一方、2017年11月のロサンゼルスオートショーの会場で、意外な姉妹車を発見した。
イタリアで見慣れた商用車「フィアット・ドブロ」らしきクルマが、FCAにおけるトラック&商用車ブランドであるラムのブースに展示されていたのだ。しかし、そのクルマには「プロマスター シティ」というバッジが付いている。ドブロの姉妹車だ。
ドブロと同じトルコ工場で生産されているプロマスター シティは、ちょっと変わった形態で米国に陸揚げされている。背景にあるのは、通称「Chicken Tax(チキンタックス)」である。
発端は1950年代、欧州経済共同体が米国生産の安価な鶏肉に対して高額な関税を設定したことだった。ヨーロッパの養鶏業者保護が狙いだった。報復措置として米国は1963年12月、ブランデーなどを含む欧州の食品に加えて、外国製小型トラックにも25%という高額な関税を課した。狙いは当時、西ドイツが盛んに輸出していた「フォルクスワーゲン・タイプ2」を阻むことだった。これがチキンタックスだ。
半世紀以上も前にできたこの関税、適用対象は「商用の完成車」である。そこでFCAは、トルコからプロマスター シティを「乗用車の完成車」として、すべてのシートを装着して輸入。その後、FCAのボルティモア工場でリアシートを取り外し、かつ荷室のガラス窓を鋼製パネルに交換して「商用車」にすることでチキンタックスを回避している。
「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ政権のもと、関税は強化されることはあれど緩和・撤廃されることはないだろうから、このプロマスター シティの恐るべき離れ業は、もう少し続くに違いない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、FCA/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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