巨額の投資を経て“背水の陣”で臨む!?
ポルシェの電動化計画に対する本気度を考察
2018.04.02
デイリーコラム
ポルシェの初の量産EVは2019年にお目見え
ルマン24時間レースを連覇した「919ハイブリッド」に採用されたシステムとの関連性をアピールしつつ、「2020年末までに発売する」というコメントと共に、ポルシェが初の量産電気自動車(EV)である「ミッションE」を発表してから2年半。
600psというハイパワーや3.5秒以下という0-100km/h加速タイムのみならず、現行の「911」にも用いられる4WDシステムやリアアクスルステアリングも搭載することで、すでにニュルブルクリンクの旧コースを7分30秒台で周回したとも伝えられるこのモデル。そうしたスピード性能だけでなく、「ターボチャージング」と呼ばれる800Vの高圧を用いた充電システム(ヨーロッパ地域を軸に2020年までに1拠点あたり6基のポールを備えたチャージングステーションを400カ所設けるという計画が進行中)を使うと「15分間の充電で400km以上の走行を可能とする」という超急速充電をうたう点でもエポックメーキングな存在だ。
3月のジュネーブモーターショーでは、発表済みだったスリークな4ドアサルーンの派生バージョンとして、新たなコンセプトモデル「ミッションEクロスツーリスモ」も披露された。
こちらのモデルでは、SUV風味を加えたシューティングブレーク調のスタイリングと共に、視線追跡システムを搭載したバーチャルメーター類や、助手席側いっぱいにまで広がる“パッセンジャーディスプレイ”の詳細なども公開された。同時に、ミッションEを2020年末までに発売というプランも「2019年に市販モデルをワールドプレミア予定」と前倒し。その登場がいよいよ目前に迫っていることが示唆された。
こうした流れの中でポルシェは、3月16日の年次総会にタイミングを合わせるカタチで、ツッフェンハウゼンの本社地区で計画が進行している新工場の見学会を開催。早速訪れてみると、ミッションEを念頭に置いたそのプロジェクトは、想像をはるかに超えた規模であると、度肝を抜かれることとなった!
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余分な土地などありません
ドイツ南西部の都市シュトゥットガルト。その郊外に位置するツッフェンハウゼンは、かねてさまざまな企業の城下町という雰囲気が強かった。周辺を住宅街に囲まれつつも、ポルシェ以外にも多くの企業が軒を連ねる中心部の光景は、典型的なドイツの工業都市という趣であったものだ。
一方で、ポルシェがこの地に居を構えてすでに60年以上。その間ずっと成長を続けてきただけに、「この付近に新たな土地を探すのはもう難しいのだろうナ」というほどに手狭な印象は、現地を訪れれば誰もが抱くものだと思う。
実際、過去にエンジン工場拡張という折に「古い倉庫を壊してスペースを確保した上で、2階建てとした」といったニュースを耳にした覚えがある。そもそも、初期からの歴史ある本社の建屋や異彩を放つ博物館、そして巨大なディーラーなどが一堂に会する「ポルシェプラッツ」に立ってみれば、その周囲に“余分な土地”など残されていないことは、火を見るよりも明らか。
そう、ポルシェの本社地区は「手狭な土地の中で、これまで何とかやり繰りしてきた」という場所でもあったのだ。
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土地はどこからやってきた?
ところが今回、博物館の正面からバスで揺られることほんの数分、その裏手に連れて行かれると驚きの光景が。そこでは、“表玄関”からは想像もつかないほど大規模な工事が、あちこちで真っ盛りであったのだ。
そこに建てられた、表向きはとてもポルシェの建屋とは思えない真新しいビルも、実は新たなパワーユニットの工場と聞いてさらにビックリ。プレゼンテーションの時に計画図を拝見してみると、多くの場所で新旧の工場が肩を並べるレイアウトとされていることが明らかになった。
しかも、新設工場群をトータルした面積は、既存の工場全体に匹敵するのではないか!? と思えるほどに広大。余分な土地などなかったはずのこの地域に、こうして新工場を次々と建設することができたマジックのタネは、これまで平地式だった駐車場を立体化したり、周辺企業の土地を買収したりといった工夫にあったようだ。
こうして、あくまでも“本社所在地”にこだわりながら、苦労の末に手にした新設工場の多くが「ミッションEのためのもの」というのだから、ポルシェのEVプロジェクトは否も応もなく“本気のホンモノ”と認めざるを得ない。実際、年次総会では「2022年までに60億ユーロをEV関係に投資する」という発表も行われていた。
従業員数は4年で1.5倍に
今回の工場見学会に先立ってジュネーブショーの場でインタビューした、ポルシェEVプロジェクトのヘッドであるシュテファン・ベックバッハ氏によれば、「ポルシェとEVは非常に相性がいい」という。「ミッションEは単に動力性能に優れるだけでなく、アメリカメーカーの作品とは異なって、極めて素早い発進加速を、継続的に発揮することができる」と、暗にテスラに対するアドバンテージをアピールされることになった。
一方で、EVでもポルシェらしいサウンドは可能なのか? という問いに対しては、「いいアイデアがあったら教えてほしい」と返されてしまった。年次総会における同様の質問には、首脳陣から「それはルマン用マシンのようなサウンド」という回答もあったのだが、これまではスピーカーを用いる人工的な音づくりに否定的な立場をとってきたのがポルシェというメーカー。それだけに、ミッションEが果たしてこの難題をどうクリアしてくるかにも大いに注目、いや“注耳”をしたいポイントだ。
そして、やはり年次総会で明らかにされたもうひとつの驚くべきファクトは、ここ数年で従業員数が急増していて、2013年には2万人に満たなかったその数が、今や3万人近いレベルにあるということだった。
ここまでを見せられると、その多くがEV関連の業務に従事しているであろうことは想像に難くない。そんなポルシェの本気度の成果は、もう間もなくわれわれの前に姿を現そうとしているのだ。
(文=河村康彦/写真=河村康彦、ポルシェ/編集=藤沢 勝)
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河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。