第172回:インド人タクシー運転手はヒーローになれるか?
『デッドプール2』
2018.06.01
読んでますカー、観てますカー
最多登場回数を誇るクルマとは?
ハリウッド映画に最も多く登場するクルマはなんだろうか。「アウディ」や「メルセデス・ベンツ」のセダンやSUVには、悪役が乗ることが多い。アクション映画にはよく出てくるが、トータルでは高い順位ではないだろう。「キャデラック」は成り金っぽさの演出として使われることが多かったが、近年では存在感が薄い。ピックアップトラックの「フォードFシリーズ」は、野性的でマッチョな主人公が乗るクルマの定番だ。男らしさの象徴とされるクルマの代表であり、そもそも販売台数が多いから必然的に登場する機会が多くなる。
Fシリーズが上位なのは間違いないだろうが、おそらくそれ以上だと思われるのが「フォード・クラウンヴィクトリア」だ。2012年まで生産されていたフルサイズのセダンである。ピンとこないのは当然だろう。ありふれた大衆車で、日本には正規輸入されたことがない。性能的には特筆すべき点のないクルマだが、安価であることからタクシーとして使われることが多かった。ニューヨークのイエローキャブの半分以上がクラウンヴィクトリアだったこともあるという。
「ポリスインターセプター」という名のパトカー仕様車もあり、こちらも高いシェアを誇る。スクリーンにはタクシーやパトカーが映ることが多いので、クラウンヴィクトリアは多分ハリウッド映画ナンバーワンの登場回数になるはずだ。もちろん、たくさん出てくるからといって観客の記憶に残るわけではない。タクシーはほとんどの場合ただの移動手段だし、パトカーはカーチェイスでクラッシュする役だ。
『デッドプール2』でも、クラウンヴィクトリアは日陰の存在だ。主人公のデッドプール(ライアン・レイノルズ)がチャーターして現場への急行や逃走に使うタクシーだが、インド人運転手のドーピンダー(カラン・ソーニ)は特殊能力を持っているわけではない。クルマ自体も特に改造が施されてはいないので、『TAXi』の「プジョー406」のようにトランクからウイングが飛び出したりはしない地味なクルマである。
常に破壊されている第4の壁
前作の『デッドプール』は2016年に公開された。マーベルコミックを原作とするスーパーヒーロー映画だが、『アベンジャーズ』や『X-MEN』といったシリーズとはかなり肌合いが違う。主人公は正義を愛する品行方正な超人ではない。傭兵(ようへい)あがりのウェイド・ウィルソンは末期がんと診断された。治療のために人体実験を受け入れたことでミュータント遺伝子が活性化し、不死の体を手に入れる。地球を守る使命なんて持っていないし、誰が先に死ぬかの賭けを意味するデッドプールという名も不真面目さ全開だ。
前作では売春婦のヴァネッサ(モリーナ・バッカリン)とラブラブになったところで終わっていたが、『2』では冒頭で彼女が非業の死を遂げる。新たな敵として現れたのが、未来からやってきたケーブルだ。『とらわれて夏』では感動的な大人の恋を見せてくれたジョシュ・ブローリンが、半分人間で半分機械の殺人マッチョ男を演じている。
ミュータント養成所では、火の玉を操る特殊能力を持った肥満体の少年ファイヤーフィスト(ジュリアン・デニソン)が制御不能に陥って混乱を巻き起こしていた。デッドプールは生体金属超人のコロッサスに無理やり誘われてX-MENに見習いとして加入し、ファイヤーフィストの捕獲に協力することになる。しかし、暴走したあげく2人とも捕らえられて収監されてしまうハメに。
ストーリーを追えばそういう話になるのだが、この作品は単線的な進み方をしない。デッドプールは常に観客に対して自分の置かれている状況を説明し、物語の背景を分析して説き聞かせる。いわゆる第4の壁は完全に破壊されており、作品世界は斜め上から監視されているのだ。
第4の壁を語るのにブレヒトやゴダールを持ち出す時代はとうに終わり、今やエンターテインメントの技法として普通に使われている。中でもこの『デッドプール』シリーズは、それが作品の根幹を支える重要な構成要素となっている。デッドプールは時に俳優のライアン・レイノルズとして語ることさえあるのだ。やたらにウルヴァリンをディスったり、『グリーン・ランタン』をバカにしたりすることには、彼の俳優としての黒歴史が関係している。
次回作では忽那汐里に期待
アナ雪の『雪だるま作ろう』が『愛のイエントル』のパクリではないかと指摘するのは彼の家族構成を踏まえたイジリらしいが、日本でDVD未発売の作品を持ち出されてもよくわからない。DCユニバースを徹底的に笑いのめすのは当然として、なぜか『シャークネード』やダブステップがおちょくりの対象となっている。ほかにも数々のメタ的な言及があるようだが、よほどアメリカ文化や映画の歴史に詳しくなければ見過ごしてしまうだろう。最後には、『荒野の1ドル銀貨』オマージュまであるのだ。
X-MENという名称に性差別的意識が隠されていることに気づいたデッドプールは、新たにXフォースを結成して悪に立ち向かうことを決意する。メンバーを募集すると、運を招き寄せるドミノ(ザジー・ビーツ)などのさまざまな特殊能力を持つヒーロー候補が集まってきた。中には能力もないのに仕事が欲しくて応募してきたオッサンもいたが、ノリで採用。怒ったのはタクシー運転手のドーピンダーである。以前から加入を頼んでいたのに、彼はXフォースに入れてもらえないのだ。
タクシーに乗り合わせた客がドーピンダーの流すインド音楽に文句をつけた時、デッドプールは民族差別だとして彼を守った。優しく接しているのに、仲間だとは思っていないのか。ヒーローとして活躍したいと思っているドーピンダーの気持ちをくみ取れないようでは、デッドプールも民族差別に加担していると言わざるを得ない。でも、大丈夫。詳しく書くことはできないが、ドーピンダーの運転するタクシーが最後にいい仕事をする。ハリウッド映画史上最も派手な役割を担ったクラウンヴィクトリアだと言っていい。
マイノリティーということでは、ちょい役ながら忽那汐里がいいアクセントになった。コロッサスが指導する女子ミュータントのネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッド(ブリアナ・ヒルデブランド)の恋人ユキオという役である。セリフはデッドプールに「ハ~イ」とか「バイバイ」と言うだけだったが、ジャパニーズガールのキュートさを遺憾なく発揮していた。少なくとも『パシフィック・リム アップライジング』の新田真剣佑よりは記憶に残るキャラだったので、次回作ではもっと重要な役割を与えられるかもしれない。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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