第557回:いろんな人がいろんなクルマを愛している!
「性の多様性」と44年前の「ダットサン・サニー」
2018.06.08
マッキナ あらモーダ!
男性同性愛者の古典車クラブ
「性の多様性」が話題となる今日。今回は、それにまつわるお話をひとつ。
2018年3月、ドイツ北西部エッセンで開催されたヒストリックカー見本市、テヒノクラシカ・エッセンの会場でのことである。
このイベントは、ドイツ系プレミアムブランド各社が、それぞれ広いパビリオンをまるごと借り切って歴史的車両を展示することで有名だ。
いっぽうで、さまざまな自動車クラブの出展も楽しみのひとつである。その数は、2017年の200から220へと増えた。
そうしたクラブが集まる一角で「20 Jahre」、つまり20周年の横断幕を掲げた愛好会がある。その名を「クィアレンカー/シュヴラー・オールドタイマークラブ・ドイッチュラント」という(以下クィアレンカーとする)。訳せば「性的マイノリティーのドライバー/ドイツ男性同性愛者古典車クラブ」といったところだ。
20周年を祝っていたのは、彼らであった。
ゼックス・オン・ザ・ビーチ
思い起こせば、ボク自身がクィアレンカーのスタンドを見つけたのは、2010年の同じくテヒノクラシカでのことだった。
その年、彼らは墓地を模したセットを設営していた。そこに並べていたのは、旧東ドイツのヴァルトブルク、アウディの源流のひとつであるNSUの「Ro80」、英国の「リライアント・シミター」などだ。その心は“消滅したブランドのお葬式”だった。実車で表現しきれないフランスのパナールなどは、お棺の中にミニカーを入れていた。
そのアイデアに感激したボクは、葬祭業者風コスプレで立っていたメンバーに話しかけて、彼から性的マイノリティーによるクラブであることを教えてもらったのを覚えている。
2012年に再び彼らのスタンドを訪ねてみると、今度は「Sechs on the beach」というタイトルがついている。そして海岸風のセットがディスプレイされていたので聞けば、有名なカクテル「Sex on the beach」にかけて、sechs(ゼックス=ドイツ語で6)気筒のメンバー車両ばかりを集めたのだという。以降もちょっとひねったテーマを、彼らは毎年連発してきた。
愛車は激レア日本車
今回、古参メンバーのウリ・ブッフェンさんに話を聞くことができた。クィアレンカーは、フランスで同性愛者古典車クラブに参加経験のあるドイツ人ファンが、ベネルクスや英国のゲイ・クラシックカークラブと連絡を取り合いながら1998年に創始したものである。
「私たちのクラブは、創立当時20人と(クルマが)4台でしたが、現在は200人から250人規模にまで増えました」とその成長ぶりをウリさんは誇らしげに語る。
テヒノクラシカでは、前述のようなユニークなテーマが評価され、スタンドデザイン賞を受賞したこともあるという。
年間4~5回のミーティングも開催している。別のメンバーから聞いたところによると、保守的な地方の宿泊施設では、かつて受け入れに難色を示されたこともあった。しかしウリさんによると、現在はそうしたことは皆無という。社会がより性的マイノリティーに対して寛容になってきた証拠といえる。
ウリさん自身はデュッセルドルフ生まれだ。2018年で42歳を迎える。両親ともクルマ好きの家庭に育ったことから自然とクルマ好きになった。「最初に買った古いクルマは『オペル・オリンピア』で、次に『カデットB』に乗り換えました」
普段は医療関係の仕事に従事しながら、パートナーのヨルクさんとともに暮らしている。
今年クィアレンカーは「多様性」を表現すべく、さまざまなタイプのクルマを並べた。ウリさんの現在の愛車も、その中の1台として、立派に役目を果たしていた。
ずばり1974年「ダットサン120Y」、日本でいうところの3代目「サニー」B210型である。それも2ドア仕様だ。
「16~17年前にドイツで見つけました」
オートマチック仕様であるのは、高齢だった初代オーナーの片足にハンディキャップがあったためという。
「手に入れた当初、ボディー各部に浮いていたさびは、1週間かけて丁寧に落としました」と振り返る。ただし、そのほかは丁寧に扱われていたため、特にレストアの必要はなかった。
短所はストロークが短いサスペンションと、小径ホイールによる乗り心地だ。しかし、ウリさんはそのスタイルを「ナイス・ルッキング」と高く評価する。
ボク自身、3代目サニーを見かけたのは、日本の右ハンドル中古車が大量に輸入されて生き残る地中海の小国マルタで、それも1台だけである。
欧州大陸で、この3代目サニーは見たことがない。したがって一般の人にとってそれなりのインパクトがある。
楽しく、感じるままに
ウリさんには、いつか手に入れたい夢のクルマがある。2代目「キャデラック・セビル」(1975~1980年)だ。「特徴的なスロープをもつ、あのモデルです」。当時のゼネラル・モーターズ(GM)デザイン担当副社長ビル・ミッチェルのもと生み出された、米国車にしては極めて挑戦的なスタイルはボクも好きだった。今風にいえば、ウリさんに“激しく同意”である。
目下その一歩前のステップとして、ウリさんはオールズモビルのミッドサイズセダン「カトラス シエラ」(1982~96年)を狙っている。欧州ではスイスなどの一部地域を除くと、現役時代も極めて見ることがまれだったモデルである。ウリさんによると、イタリアに1台あるとの情報を先日突き止めたという。オールズモビルは、もはや米国でも見る機会がまれになったものの、今日のビュイック以上につつましく上品なブランドであった。こちらもウリさんのセンスが光る。
ところで日本に行くと、「大矢サンはイタリアに住んでるんですから、当然イタリア車党ですよねえ?」などと決めつける人に頻繁に出会う。
また、「私はドイツ車以外ダメでして」「免許取得以来マニュアル一本ですから」などと、自らを縛ってしまう人もよく見かける。
そのたびボク自身は残念に思う。美しさに心打たれるクルマなら、生産国も、変速機の形式も関係ない。
ウリさんのクルマ趣味はブランドの国籍、車格という観点からすれば、まったくもって脈絡がない。しかし、自らが楽しいと感じるまま、美しいと感じるまま収集する。
そうした嗜好(しこう)は、ウリさんの仲間たちも同じだ。それゆえ、訪れるボクも毎回どんな意外なクルマが並ぶかに期待する。同時に既成概念にとらわれない、彼ら独自のクルマ観を聞いて楽しむのである。
クィアレンカーは性だけでなく、クルマ趣味のダイバーシティも認め合う、寛大な集いなのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA> 写真=Akio Lorenzo OYA、General Motors/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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