第559回:かつては“夢の職業”だった時代も
イタリア版ガソリンスタンド盛衰記
2018.06.22
マッキナ あらモーダ!
給油所が激減
日本と同様、イタリアでも減少しているものといえば、出生数ともうひとつ、ずばりガソリンスタンドである。ボクが住む街シエナでも、ここ十数年で覚えているだけでも11軒のガソリンスタンドが廃業した。
イタリア商業連盟によると、2011年に国内で約2万1100軒あった給油所は、2016年には1万7600軒にまで減っている。たった5年間で3400軒、率にして17%も減少したことになる。
同連盟は理由も分析している。ひとつは石油需要の減少だ。背景にあるのは、数年前まで続いていた石油価格の高騰と、イタリア経済の低迷である。
そうした中、大手石油会社もイタリアでの戦略を変えざるを得なかった。ロイヤルダッチ・シェルのイタリア法人は2014年、国内全830スタンドを「Q8」のブランドネームで展開しているクウェート石油に譲渡することを決めた。
2017年3月になると、今度はエッソを展開するエクソン・モービルが、国内2500拠点の半数を他社に売却する計画であると報道された。
同年11月には、フランス-イタリアの合弁であるトタル-エルグが、イタリア国内全2600のスタンドをイタリアのアピに譲渡することを決めた。
ガソリンスタンドに対する政策の変化も、淘汰(とうた)に追い打ちをかけた。ひとつは2015年に改定された、給油所の安全に関する規則だ。それによって、歩道脇にポンプのみがあって、脇に店主の小屋がある、といった超小規模スタンドの営業が不可能になった。
加えて、欧州連合(EU)は域内の市場競争を促すため、24時間・無人営業のセルフサービス式スタンド普及に力を入れるようになった。
その傍らで、スタンドの経営者に課される税金は増え続けるばかりだった。そうした中、行き詰まったスタンドがイタリア各地で廃業を余儀なくされたのだ。
憧れの職業だった時代
かつてイタリアでのガソリンスタンド経営は、安定した生活を実現するひとつの選択肢だった。
スタンド経営が夢の職業だったことは、隣国フランスで1964年に公開されたミュージカル映画『シェルブールの雨傘』でもうかがうことができる。
カトリーヌ・ドヌーヴ演じる少女ジュヌヴィエーヴと、ニーノ・カステルヌォーヴォ演じる青年ギィは恋人同士だ。ギィはシムカ-クライスラーの地元修理工場で働くメカニックだが、夢は17歳のジュヌヴィエーヴと結婚し、ガソリンスタンドを営むことだった。
その2つの夢はギィのアルジェリア戦線招集によって、はかなくも途絶える。だが、後年スタンドをもつ望みは……といったストーリーである。
スタンド経営を実現した人は、ボクの身近にもいた。知人のジュゼッペ・ティータ氏である。2018年で71歳だ。
彼はイタリア半島の先端に近いポテンツァで1947年に生まれた。当時、中部から北部イタリアでは経済発展のおかげで年々潤い始めていた。ところが彼の生まれた南部は、その恩恵から取り残されていた。そこで1955年、彼の両親は職を求めて、600kmほど北にある中部のポッジボンシという街に引っ越してくる。ジュゼッペさんが8歳のときだった。ジュゼッペさん自身も、家計を助けるため13歳のときには働いていたという。
やがて機械販売の職に就く。それによってためた資金を元手に1975年、28歳のときに町内にスタンドを開業した。続いて4年後、より大きな街であるシエナに移り、同じくスタンドを営み始めた。
そのスタンドには施設の所有者がいたので、厳密にいえばジュゼッペさんは雇われ店主だった。しかしジュゼッペさんは真面目な働きぶりで、所有者から厚い信頼を勝ち取った。同時に、夫人のマリアさんと営む店は、地元の人にとって給油だけでなく、ちょっとした憩いの場にもなった。そのため会社員でいう定年後も、オーナーから乞われてしばらく仕事を続け、気がつけばスタンド人生は総計30年以上に及んだ。
プライベートでは、大きな庭付き住宅を郊外に購入し、2人の娘を育てた。
強盗と入れ逃げ
ただしガソリンスタンド経営者というのは、安泰な側面だけではなかった。組合によって早朝から開店することが義務付けられ、夏休みも当番制だった。
少人数での営業、かつ現金を多く扱うことから、強盗にとって格好の標的にもなってきた。参考までに、数年前にはスタンド店主が強盗をピストルで撃って死亡させたことが、正当防衛であるか否かを問う裁判が大きな議論を巻き起こした。
もっと身近な例では“入れ逃げ”がある。イタリアの多くのスタンドでセルフ式ポンプは、完全無人セルフの時間外は現金またはクレジットカードを挿入しなくても給油ができる。給油が終わったら係員を呼ぶか、メーターと連動しているレジがある建物の中で払う。
これによってポンプ脇の入金機が不調でも、きちんとお釣りがもらえたり、カード決済をしたりできる。そのいっぽうで不心得者は、料金を払わずに走り去ってしまうのである。今日、満タンにすると、70ユーロ近くになることもある。円換算で約9000円だ。それなりの痛手である。
実際にボクも、現場に遭遇したことがある。スタンドのおばさんがとっさに「あ、逃げられた!」と言ったのだ。ただし、おばさんは追いかけたり、監視カメラでナンバープレートを分析したりはしない。人を雇う余裕はないため余剰人員がおらず、店を空けての追跡は不可能だ。例え録画からナンバープレートを割り出しても、同様の事例が多すぎて、警察もいつ対応してくれるかわからないからである。
進む2つの「コンタクトレス」
かくもさまざまな風景が展開されてきたガソリンスタンドだが、冒頭のようにイタリアの街から次々とその姿を消そうとしている。
そのいっぽうで、日本の勢いには及ばないが、ボクが住む地方都市でも、電気自動車(EV)用チャージ施設を見かける機会が徐々に増えてきた。今でこそケーブルによって給電する方式だが、やがてそれらは非接触のワイヤレスチャージに変わってゆくだろう。
例のジュゼッペ氏に話を戻せば、リタイアした今は悠々自適の生活だ。5月から10月までの大半は家を離れ、海辺で過ごす。ちなみにジュゼッペさんとのスタンドにおける語らいは、拙著『Hotするイタリア』(二玄社刊、2007年)を著す際、大いに役立った。その副題「イタリアでは30万円で別荘が持てるって?」のモデルになったのは、何を隠そう、ジュゼッペさんであった。
EVのチャージがコンタクトレスになる前に、ガソリンスタンド店主との語らいといった人間的触れ合いも、コンタクトレスになりつつあることに気づく今日このごろである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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