圧倒的な地位を築いた孤高の商用車
「トヨタ・ハイエース」が愛される理由
2018.08.15
デイリーコラム
「ハリアー」よりも売れている
2018年8月6日に発売された「トヨタ・ハイエース」の特別仕様車には、「ハイエース50周年記念特別仕様車」というフレーズが付けられていた。初代ハイエースの発売は1967年。2017年には50周年を記念して、歴代モデルの展示なども行われた。
初代ハイエースの発売時点でも、「日産キャブライト」(1958年発売)や「マツダ・ボンゴ」(1966年発売)といった、比較的コンパクトな商用車が用意されていた。トヨタも「トヨエース(トヨペット・ライトトラック)」を1954年に投入したが、増え続ける小型商用車の需要に応え、さらに価格の安いハイエースを加えた。
ちなみに初代ハイエースはバンとトラックの2タイプを用意して、エンジンは直列4気筒1.3リッター(1345cc)を搭載した。これを受けてトヨエースは、エンジンを1.5リッターに拡大している。
ハイエースは初代モデルから好調に売れ続けており、2017年(暦年)には現行型である5代目が6万1200台登録された。ボディータイプの内訳は、バンが4万8800台、10人乗りのワゴンが9600台、14人乗りのコミューターが2800台だ。
ハイエースの売れ行きは1カ月平均では5100台だから、トヨタ車なら「ハリアー」(月販平均4894台)と「カローラアクシオ/フィールダー」(同6456台)の中間くらいに相当する。
そして小型/普通商用車の中では、ハイエースのシェアが圧倒的だ。例えばライバル車の「日産NV350キャラバン」も最近は登録台数を伸ばしているが、それでも2017年は全ボディータイプを合計して2万5912台(1カ月平均では2159台)。ハイエースの約42%にとどまる。
中古買い取り価格の高さも人気の裏付け
ハイエースが他の車種に大差をつけて売れる理由の筆頭は、1970年代から2000年頃にかけて、ライバル車に比べて高い耐久性を備えていたからだ。
例えば片輪を段差に乗り上げて駐車した場合、2000年以前に製造された背の高いワンボックス形状の商用バンでは、ボディーがねじれてスライドドアの開閉が困難になることが多かった。しばらく走ると元に戻るが、開閉できないと作業効率が悪化する。ハイエースではこのような現象が発生しにくかった。
荷重が荷室の一点に集中した時も、似たような違いが生じた。電気工事業者などがケーブルドラム(大きな糸巻きのような形をした電線を巻き付けるドラム)のような重いものを不用意に積むと、高い荷重が接地面の一部だけに加わる。シャシーがゆがんでスライドドアの開閉性や走行安定性、乗り心地などに悪影響を与えやすいが、ハイエースはこうした場合でも問題が起きづらかった。
このような違いは、インターネットがない時代でも、口コミによって商用車を使う業界内に伝わった。これを聞いた他車のユーザーが、ハイエースに乗り換えてトラブルが減ると、それが再び話題になる。こうしてハイエースの評判が高まっていったのだった。
海外における旺盛な中古車需要も、ハイエースの優れた機能を裏付ける。アジア各地やアフリカでは、古いハイエースが人から荷物まですべてを運ぶ移動手段として機能しているからだ。
以前、中古車業者を取材した時に聞いた話では、「オークション(中古車のせり市)では、海外のバイヤーがハイエースを積極的に買い付けている。そのためにハイエースは、商用車の中でも買い取り価格が特に高い。3年後なら買い取り価格が新車時の65~75%、5年後でも55~65%に達する。10年を経過した車両にも流通価値が残っている」そうだ。
一般的な乗用車では、3年後の買い取り価格は新車時の40~45%ほど。55%に達すれば人気車の部類だから、ハイエースは相当な高値といえる。しかもその根拠が、より過酷に使われるアジアやアフリカ市場における高人気でもあるから、実用性と耐久性への高い評価は日本にとどまらない。
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「もはや負けていない」とライバルは言うが……
この中古車人気を受けて、実はハイエースは盗難件数の多さもトップレベルだ。最近の1位は「トヨタ・プリウス」となっているが、2017年の登録台数が16万0912台(1カ月平均1万3409台)だから、保有台数を含めてハイエースよりも大幅に多い。つまりハイエースは、保有台数あたりの盗難件数がとても高い。
盗難に見舞われやすいのは不名誉だが、犯罪まで含めたさまざまな観点から見て、ハイエースは高い人気を得ているといえるだろう。
ライバル車となる日産NV350キャラバンの開発者に「キャラバンのボディーやエンジンの耐久性は、今でもハイエースに負けているのか」と尋ねたことがある。
その返答は「2001年に発売された4代目の先代型、2012年に登場した現行型で、開発をかなり入念に行った。もはや機能的な面ではハイエースに負けてはいない」というものだった。
それでもハイエースはすでに確固たるブランドを築いているため、キャラバンが一朝一夕に覆すのは難しい。また商用車は過酷な条件で使われるから、外見をキレイに装っても、中身で手を抜くとユーザーから簡単に見破られてしまう。ハイエースはトヨペット店の経営を支える主力商品でもあるから、トヨタは乗用車以上に、渾身(こんしん)の開発をする。
ハイエースは50年以上にわたって開発・生産・販売が続けられており、これは顧客管理まで含めて、優れた商品であることを証明している。
そして50年以上にわたり、優れた機能を諦めずに追求してきたクルマは少ない。トヨタ車にも、車名を変えたり廃止されたりした車種がたくさんある。長期間にわたり、いいクルマを作り続けることはとても難しい。果たして50年後の日本を走るクルマに、知っている車種はあるだろうか。
(文=渡辺陽一郎/写真=トヨタ自動車、日産自動車、webCG/編集=藤沢 勝)
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渡辺 陽一郎
1961年生まれ。自動車月刊誌の編集長を約10年間務めた後、フリーランスのカーライフ・ジャーナリストに転向した。「読者の皆さまにけがを負わせない、損をさせないこと」が最も重要なテーマと考え、クルマを使う人の視点から、問題提起のある執筆を心がけている。特にクルマには、交通事故を発生させる甚大な欠点がある。今はボディーが大きく、後方視界の悪い車種も増えており、必ずしも安全性が向上したとは限らない。常にメーカーや行政と対峙(たいじ)する心を忘れず、お客さまの不利益になることは、迅速かつ正確に報道せねばならない。 従って執筆の対象も、試乗記をはじめとする車両の紹介、メカニズムや装備の解説、価格やグレード構成、買い得な車種やグレードの見分け方、リセールバリュー、値引き、保険、税金、取り締まりなど、カーライフに関する全般の事柄に及ぶ。クルマ好きの視点から、ヒストリー関連の執筆も手がけている。