第183回:ぶどうの収穫はルノー・キャトルで
『おかえり、ブルゴーニュへ』
2018.11.16
読んでますカー、観てますカー
オーソドックスなワイン映画
原題は『Ce qui nous lie』で、私たちを結ぶものという意味だという。そのままでは客が集まりそうにないので、『おかえり、ブルゴーニュへ』という邦題がつけられたのだろう。フランスの2大ワイン産地のひとつがブルゴーニュだということぐらいは、日本人の多くが知っているからだ。この映画がワインに関する作品であることがすぐにわかる。
ワインは映画と相性がいいようで、ワイナリーを舞台にした映画は多い。四季の移り変わりを撮っただけでも絵になる。ロードムービーの『サイドウェイ』は、カリフォルニアのぶどう畑を真っ赤な「サーブ900カブリオレ」が走り抜けるシーンが美しい。題材も豊富だ。ぶどう作りや醸造の過程は素人にとっても興味深いし、守旧派と改革派の対立は普遍的なテーマとなる。
超高価なブランドワインにはマネーゲームの側面もあって、生々しい政治的駆け引きが展開されることも多い。『モンドヴィーノ』はワインの価値をめぐる醸造家と評論家の確執を描き、商業化の波にさらされる業界の闇を追ったドキュメントだった。『ボトル・ドリーム カリフォルニアワインの奇跡』は、軽んじられていたカリフォルニアワインがフランスの有名ブランドを打ち負かした実話をベースにしている。
『おかえり、ブルゴーニュへ』は、オーソドックスなストーリーである。ブルゴーニュを舞台に、ワインづくりに励む3兄妹の姿を追う。父が病に倒れ、ドメーヌの継承やぶどう栽培の方法についてそれぞれの気持ちがすれ違い、3人の間にさざ波が生じていた。
簡単ではないワイナリー相続
ワイナリー相続は定番ともいうべき主題で、『ブルゴーニュで会いましょう』『プロヴァンスの贈りもの』も同じような状況を扱っていた。タイトルも似通っているからややこしくて困る。この作品は、長男のジャン(ピオ・マルマイ)が10年ぶりに帰郷した場面から始まる。彼は父親に反発して家を飛び出し、世界を旅していた。今はオーストラリアでパートナーの女性と一緒にワインづくりをしているらしい。
弟のジェレミー(フランソワ・シビル)はほかのドメーヌに婿養子に入っていた。家業を継いだのは妹のジュリエット(アナ・ジラルド)である。ジャンが帰ってきてしばらくすると父は亡くなってしまい、彼ら3人はいや応なく厳しい現実への対応を迫られる。ぶどうの収穫時期は迫っているし、相続税を払うための資金は不足している。このままワインづくりを続けるか、畑の一部、あるいはドメーヌごと売却してしまうかを決めなければならない。
フランスでワインづくりを行うのはなかなか大変なようで、最近でも南仏で自然派ワインを生産している日本人夫婦が移民局から国外退去を命じられるという事件があった。収入が滞在許可証の発給条件を満たしていないというのが理由である。彼らのワインは高く評価されて価格が上昇していたにもかかわらず、役人は杓子(しゃくし)定規に法令を当てはめようとするのだ。ワイン愛好家たちの署名運動によって決定は覆されたということで、一安心である。
ぶどうを育てるには広大な土地が必要だから、資産として高く評価されてしまう。相続するには大金が必要だ。ワインを販売すれば利益は出るものの、土地や建物を売ったほうが手っ取り早く現金を入手できる。3人は何度も話し合うが、簡単には結論が出ない。
映画とワインの共通点とは?
収穫したぶどうをたるの中で自ら踏んで破砕するという昔ながらの方法をとっていることからもわかるように、彼らは手作り感のあるワインづくりを目指しているようだ。効率ばかりを追求していないことは、乗っているクルマからもわかる。畑の中を走るのは、年季の入った「ルノー4(キャトル)」だ。後ろ半分を荷室にしたフルゴネットである。初めのうちは運転するのがジュリエットで助手席にはジェレミーが座り、ジャンは荷室に乗り込んでいた。彼らの心理的関係性を示唆していて、こういったスマートさががセドリック・クラピッシュ監督のうまさである。
『猫が行方不明』や『ニューヨークの巴里夫』などの作品で知られる彼は、かなり前からワインを扱った作品を作ろうと考えていた。問題となるのは撮影場所である。幸運だったのは、監督の古くからの友人ジャン=マルク・ルロが俳優であるとともにワイン製造者でもあったことだ。ロケ地とワインに関するアドバイザーを同時に手に入れることができた。春夏秋冬を通じてワイン畑を同じ場所から撮影した映像が、映画の冒頭で使われている。ルロは作品の中では長年ワインづくりを支えてきたドメーヌの管理人を演じた。
ワイナリーが売りに出されるかもしれないことを聞きつけ、購入の意思を表明する者も現れた。隣の畑のオーナーもそのひとりだ。収穫期になるといつも境界を越えてぶどうを摘み取ろうとするセコい男である。「アウディQ5」で交渉にやってきた彼を、ジャンはあっさりと拒絶した。ワインづくりを諦めなければならないとしても、誠実な醸造家に後を託したい。
クラピッシュ監督は、ワインと映画製作には共通する要素があると話す。映画の撮影はぶどうの収穫を思わせ、編集作業は醸造過程に似ているというのだ。フランシス・コッポラ監督は1970年代にナパバレーでワインづくりを始め、今や醸造家のイメージのほうが強くなってしまった。時間を味方につけて熟成を待つという意味では、どちらも同じ幸福感を味わわせてくれるのだろうか。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
第293回: スイフトが主役の映画? いや、監督がスイフトなんです!
『藁にもすがる獣たち』 2026.9.24 曽根圭介の小説を原作にした2度目の映画化。韓国版では「ヒョンデ・ソナタ」が殺人カーだったが、今回は「トヨタ86」に。もっと活躍するのはチャンピオンイエローがまぶしい“スイスポ”。スズキファン必見のアクションエンターテインメント! -
第292回:350SEが運ぶのは幸福か、それとも究極の不幸か……
『星の時 4K』 2026.8.20 ブラジルの女性小説家クラリッセ・リスペクトルが1977年に発表した小説を、女性監督スザーナ・アマラウが1985年に映画化した伝説の作品。「メルセデス・ベンツ350SE」がもたらす運命の瞬間を謎めいた手つきで描き出す。 -
第291回: あの衝撃的なラストシーンは2CVで撮影されていた!?
『ヌーヴェルヴァーグ』 2026.7.9 1959年のパリで、ゴダールが『勝手にしやがれ』の撮影を開始。脚本もなく演出はその場で指示するという型破りのスタイルに、俳優もスタッフも困惑し現場は混乱を極める。はたして映画は無事に完成するのか……。 -
第290回:商用バンで砂漠を行く親子が向かうのは天国か地獄か
『シラート』 2026.6.4 失踪した娘を探して親子はモロッコの砂漠へ。砂漠で開催されていたレイブパーティーが最高潮に達した頃、軍隊がやってきて中止させられる。親子が乗るFFの商用バンは次のパーティー会場にたどり着けるのか……。 -
第289回:最強の格闘家は破壊されるクルマに自分を重ねた
『スマッシング・マシーン』 2026.5.14 ドウェイン・ジョンソンが映画化を熱望した伝説の格闘家マーク・ケアーの栄光と没落の人生を描く。東京ドームで行われた総合格闘技イベント、PRIDEグランプリ2000を完全再現!
-
NEW
トヨタ・ランドクルーザー“300”GRスポーツ(4WD/10AT)【試乗記】
2026.10.19試乗記トヨタの「ランドクルーザー“300”」にハイブリッドパワートレイン搭載モデルが登場。環境負荷低減のために牙を抜かれた……どころか、電気の力を味方に、さらに力強さを増しているから面白い。愛知県のオフロードコースで乗った印象をリポートする。 -
NEW
フェラーリが「日本上陸60周年」 記念祭から“ブランドの今とこれから”を読む
2026.10.19デイリーコラム「日本上陸60周年」を祝うファン感謝イベントを開催したフェラーリ。自動車界に燦然と輝くハイブランドは、いま何を目指しどこに行こうとしているのか? 経営トップの談話を交えながら推察してみよう。 -
日産キックスX e-4ORCE(前編)
2026.10.18思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が新型「日産キックス」に試乗。デザインが新しいのはもちろんのこと、まさに下ろしたての最新のパワートレインを搭載。日産の大きな期待を背負ったコンパクトSUVである。箱根のワインディングロードでの印象を聞いた。 -
三菱eKクロスEV P(FWD)【試乗記】
2026.10.17試乗記三菱の軽乗用電気自動車(EV)「eKクロスEV」が、一部改良でデザインを刷新! 2022年発売の古参の一台は、台頭するライバルをどう迎え撃つのか? 最新モデルと比べても、キラリと光る魅力はあるのか? 軽EVのパイオニアが擁する一台の実力を確かめた。 -
写真で解説する「フィアット・グランデパンダ」
2026.10.16画像・写真ステランティスが「フィアットブランドの大きな柱のひとつとなる重要なモデル」と位置づける「グランデパンダ」が日本上陸。その具体的な見どころを、写真とともに解説する。 -
フィアット・グランデパンダ ハイブリッド ラプリマ(FF/6AT)【試乗記】
2026.10.16試乗記欧州を代表するコンパクトカーの一台である「フィアット・パンダ」が第4世代に進化。新たに「グランデパンダ」を名乗り、日本にやってきた。ずばり新型の見どころは車両の随所にちりばめられた初代モデルへのオマージュである。上位グレード「ラプリマ」の仕上がりをリポートする。








