第537回:ルノー・スポール流“おもてなし”は超ハード!?
「メガーヌR.S.ドライビングアカデミー」に参加して
2018.12.07
エディターから一言
ルノーが新型「メガーヌR.S.」のオーナーに向けて開催したドライビングアカデミーに、ひょんなことからwebCG記者が飛び入り参加。早朝から日暮れまで走り続けることで見えた、ルノー・スポール流“おもてなし”の神髄とは!?
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クローズドコースでしか試せない装備
「ドライビングスクールの体験取材、誰か行ってきて~」
編集部内でこういった声が上がると、皆の視線がある男のもとに集中する。何を隠そう、このワタシである。といっても、この手のリポートが特別にうまいというわけではなく、スクールにまぜてもらって運転を教えてもらってこい(というほどの腕前)というのが理由である。
というわけで、ルノーの日本法人ルノー・ジャポンが富士スピードウェイで催した「メガーヌR.S.ドライビングアカデミー」に参加した。名前が示すとおりこのアカデミーは、2018年8月末に発売されたばかりの新型メガーヌR.S.のオーナーを対象としたものである。なんと参加費用は無料だ。
なぜオーナー向けイベントにwebCGの記者がまぜてもらえたかというと、定員に空きが出たからである。といっても、新型が不人気で集まりが悪かったからというのではない。実情はその逆で、ルノー・ジャポンが2018年内に販売可能なストックはすべて売り払ってしまい、大量のバックオーダーを抱えているそうだ。というわけで、開催直前に「申し込んだけど納車が間に合っていない」とか「先週納車されたけど慣らしが終わっていない」というキャンセルが出てしまったのである。この点については「お客さまには誠に……」と、ルノー・ジャポンの関係者も平謝り状態であったので、全国のオーナーの方々も、どうか寛大なお心で対応していただきたい。そして、オーナーの皆さまに代わって参加させていただく代わりに、「今後の開催も前向きに検討させていただきます」という言質をしっかり取ってきたことを、まずはご報告したい。
これまで「カングー ジャンボリー」や「ルノー・スポール ジャンボリー」といった和気あいあい系のイベントを数多く開催してきたルノー・ジャポンだが、意外にも運転講習系のイベントを開くのは初めてだそうである。なぜこのタイミングなのかというと、それは新型メガーヌR.S.の戦闘力が高くなりすぎて、普通に走っているだけでは持ち味を生かしきれない装備がたくさんあるからだ。四輪操舵システムの「4コントロール」やダンパーinダンパーを備えた「HCC(ハイドロリック コンプレッション コントロール)」などの限界性能を公道で試すことは事実上不可能なので、「せめてクローズドコースで」というのが、開催に至った趣旨だそうである。
目指すは4輪に荷重がかかったコーナリング
今回、教鞭(きょうべん)をふるうのは「ユイレーシングスクール」を主宰するトム吉田氏。1999年に設立された同スクールは、これまでに1万6000人以上を指導してきたという名門である。
トム先生のドライビング理論は非常にシンプルであり、大胆に言い切ってしまえば「なるべく四輪に荷重がかかった、安定した姿勢でコーナリングをしよう」というものだ。というのも、一般的にタイヤは荷重をかけるとグリップが増すものだが、前後、または左右のどちらかに荷重が偏りすぎると、今度は不安定になってしまう。例えばコーナリングの進入で、リアタイヤが浮くほどの急ブレーキをかけたとしよう。リアが浮いているわけだから、リアにかかっている荷重はゼロ、つまり全車重をフロントタイヤ2本だけで支えている状態になる。この状態でステアリングを切ると、全車重を支えているフロントタイヤに、さらに操舵まで担わせることになってしまう。これではうまく曲がれないし、スピンしやすくなる。
トム先生の教えも、コーナーの入り口でフルブレーキをかけるところまでは同じである。違うのは、そこからコーナーを構成する円弧の3分の1くらいのところまでごく薄くブレーキをかけたまま(引きずる)にすることで、前に行き過ぎた荷重を少しずつ戻し、クルマの姿勢を安定させる。それからステアリングを切り込んでいって加速することで、なるべく4輪に荷重がかかった状態でコーナーを料理しようというものである。こうすることで、スピンのリスクを低減し、安全に速く走れるそうである。シンプルな理論といいながら説明が下手で恐縮だが、アウト側の前輪に全荷重が乗った、かっこいいコーナリングの写真を思い出していただきたい。トム先生のスクールではあれを“目指さない”のである。
ちなみに四輪操舵システムについてトム先生は、「われわれはずっと4コントロールのないクルマに乗ってきたが、まさに4コントロールのようなことをやろうとしてスクールを営んできた」そうだ。なるべくリアにも荷重をかけてコーナリングしようという先生の教えどおりに走れれば、低速域では前輪と逆位相に、高速域では同位相に後輪がステアするという4コントロールはいかにも効果がありそうである。
というような講習を受け、いよいよコースに出る。
休憩はありません!
ここは富士スピードウェイなのだが、今回走るのは本コースでもショートサーキットでもジムカーナコースでもない。駐車場にパイロンを並べたオーバルコースである。ここをひたすら走り込む。
トム先生は教えがシンプルならば、実践のさせ方もシンプルだ。まずは自分の運転でコースを3周ほど走って、お手本を示す。あとは「はい、皆さんクルマに乗り込んで~」と言うと、全体を見渡せる席に座り、基本的に無線でアドバイスを送るだけである。先生の先導するクルマに同乗してコースを下見したり、生徒の助手席に乗ってアドバイスしたりということはなく、クルマの挙動や窓越しに見えるドライバーの姿から判断し、無線で適切な指導をしてくれる。
どれくらい適切かというと「2号車のwebCGさん、そんなに近くばかり見て運転してはダメですよ」とか「ステアリングの切り出しが早すぎるよ」といった、まるで目の前で見ているような、言われた方はドキッとするような指導が無線から聞こえてくる。
クルマがいいので、普通に走れば普通に曲がれてしまうのだが、先生のようにスムーズに走らせることは難しい。特にブレーキを引きずるというのが難しく、スピードを落としすぎてしまったり、オーバースピードになってしまったりする。
筆者は過去にもいくつかこうしたアカデミーに参加させてもらったことがあるが、トム先生のアカデミーは運転できる量が格段に多い。オーバルコースを走るのは1回あたり3分。参加者は4組に分けられているので、9分待てばもう次の順番が回ってくる。1時間あたり15分も全力で運転できるのである。
そしてトム先生は「お昼休み以外は休憩を入れないのがボクのやり方」と豪語する。なぜなら「運転という行為は、本来そんなに疲れるものではないから」だそうだ。確かに、クルマが100km/hで走っていようと、急カーブを曲がっていようと、ドライバーはイスに座ってハンドルを動かし、ペダルを踏んでいるだけである。「疲れるのは変なところに力が入っているから」ということで「休みたい方は自分で適宜」だそうだ。ちなみに筆者は午前中ですでにクタクタだった。
リアシートでついに開眼
無線での指導を基本としながらも、先生はときどき「○○さん、ちょっと乗って」と、生徒を助手席に乗せ、直接指導をしてくれることがある。筆者はこれ幸いとばかりに、他の参加者が呼ばれたときに頼み込んで、リアシートに乗り込ませてもらった。
これが効果てきめんだった。無線の指導だけで分かる人がいれば、分からない人(筆者)もいるのである。まず直線は全力で加速する。このときの荷重はリアにかかる。次にブレーキングポイントの手前でアクセルをオフにし、荷重をセンターに持ってくる。先生の言葉では「背中の後ろ」である。そしてフルブレーキによってフロントに行った荷重を、ブレーキを引きずることでセンターに戻しながらコーナリングする。この同乗体験をもって、次からはうまくできそうな予感がした。ちなみに、先生の運転はというと、この上なくスムーズである。ドリフトしているわけではないのに、滑るように曲がる。リアタイヤがクルマに対して斜めに転がっている(4コントロール)ことが、こんなにも感じ取れるとは思わなかった。
コツをつかむことができたので、9分ごとに回ってくる自分のターンが楽しい。ちなみにずっとオーバルコースといっても、ストレートの部分では100km/h以上出るし、コーナリングも50km/h以上で回るので、飽きるということはまったくなかった。むしろ、同じことを繰り返すことで、うまくなるのが実感できる。他の参加者を見ても、時間がたつにつれて周回スピードがどんどん速くなっていた。
オーバルコースの周回を始めたのが午前9時。途中で1時間のお昼休憩を挟みつつ、この練習はなんと午後4時過ぎまで続いたのである。皆で全力走行を繰り返したため、この日に合わせて新調したという「ブリヂストン・ポテンザS001」は、終盤にはスリップサインが出てしまった。4コントロールによるものなのか、フロントもリアも同じように減っていたのが興味深い。
こうしたイベントの最後には、もっと走りたいという感情を抱くことが多かったが、この日ばかりは「楽しかった、運転がうまくなった」という気持ちで満たされた。正直、もうおなかいっぱいである。
サーキットの本コースを体験できたり、豪華なランチをいただけたりと、オーナー向けイベントの内容はブランドごとにさまざまだが、日暮れまでひたすら全開走行できる機会を提供するというのは、ルノー・スポールらしさにあふれた“おもてなし”のひとつの形だと思う。
(文=藤沢 勝/写真=ルノー・ジャポン、webCG/編集=藤沢 勝)

藤沢 勝
webCG編集部。会社員人生の振り出しはタバコの煙が立ち込める競馬専門紙の編集部。30代半ばにwebCG編集部へ。思い出の競走馬は2000年の皐月賞4着だったジョウテンブレーヴと、2011年、2012年と読売マイラーズカップを連覇したシルポート。