第190回:次元を超えて集結したヒーローたちのアニメ革命
『スパイダーマン:スパイダーバース』
2019.03.06
読んでますカー、観てますカー
実写版とは異なる設定のアニメ作品
たまたまなのだが、前回の『グリーンブック』に続き、アカデミー賞受賞作を紹介することになった。『スパイダーマン:スパイダーバース』は、長編アニメーション賞に輝いた作品である。細田 守監督の『未来のミライ』と日本を舞台にしたウェス・アンダーソン監督の『犬ヶ島』もノミネートされていたが、順当な選考というしかない。アニメ表現の豊かな可能性を広げたことは、高く評価されてしかるべきである。
スパイダーマンは1962年にアメリカンコミックのヒーローとして誕生した。初めて実写映画化されたのは2002年で、サム・ライミ監督とトビー・マグワイアのコンビで3作品が送り出された。2012年に『アメイジング・スパイダーマン』としてリブート。こちらは監督がマーク・ウェブ、主演がアンドリュー・ガーフィールドである。
2016年からはマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)に加わり、トム・ホランドのスパイダーマンがアイアンマンやキャプテン・アメリカと一緒に戦っている。この夏に最新作の『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』が公開される予定だ。
アニメ版の『スパイダーバース』はこれらの実写作品とは別系列で、直接のつながりはない。誕生から半世紀以上が経過し、『スパイダーマン』はコミックと映画にとどまらず、小説、ゲームなどのさまざまなメディアで展開されてきた。アメリカ本国以外でも翻案されているし、パロディー作品は山のようにある。よほどのマニアでなければ、全体像を把握することは難しいだろう。
父のパトカーに乗って学校へ
スパイダーバースというのは、さまざまなスパイダーマンが存在するマルチバース(多元宇宙)のこと。次元によってスパイダーマンのバリエーションが異なっていて、それぞれの世界で人々を危機から救っている。コミック版ではすでに採用されていた設定であり、100人以上のスパイダーマンがいるらしい。1970年に池上遼一が描いた日本のスパイダーマンも仲間だ。性に悩む高校生の小森ユウで、ヒーローとは思えないセルフの行為で衝撃を与えたキャラクターである。
『仮面ライダー』や『ウルトラマン』でもマルチバース設定があって、映画版では歴代のヒーローが一挙に出現する。アイデア自体は特に目新しいものではない。基本の物語は継承されていて、本作にも本家スパイダーマンのピーター・パーカーが登場する。主人公は、マイルス・モラレス。プエルトリコ人とアフリカン・アメリカンのハーフで、ブルックリンに暮らす普通の少年だ。
成績は優秀で、両親に勧められてエリート校に転校したばかり。ちょっと窮屈な思いをしている。学校には自分で歩いていきたいのに、父親が「フォード・クラウンヴィクトリア」で追いかけてきて乗せられてしまう。普通のクルマではない。父の職業は警察官だから、パトカーなのだ。校門まで送られるだけでもイヤなのに、友人たちの前で「パパ、愛してるよ」と言わされるというのは恥ずかしいにもほどがある。
マイルスがリラックスできるのは、叔父の家にいる時だ。父の弟なのに性格はまるで違っていて、裏の世界も知っていそうな遊び人である。マイルスは彼に連れられて高架下へ。得意のグラフィティを描いたのはいいが、放射能で突然変異したクモにかまれてしまう。図らずも特殊能力を得て、指先からネバネバが出るように。
ピーター・パーカーが中年男に!
その頃ニューヨークでは街角に突然奇妙な物体が出現する事件が続発していた。警察は「バンクシーの仕業か?」などとのんきなことを言っていたが、実際には時空の割れ目ができていたのだ。暗黒街を仕切っているボスのキングピンが時空を操ろうとした結果である。危険な陰謀を阻止しようと戦っていたのがスパイダーマン。奮闘むなしくキングピンの手にかかって殺されてしまい、居合わせたマイルスに後を託した。
ヒーローの死でニューヨークは無防備になるが、なぜかマイルスの前に再びピーター・パーカーが現れる。ただし、それまでのシュッとした青年ではなく、下っ腹が出ている中年男だ。無精ヒゲを生やし、ジャージのパンツをはいている。キングピンが時空をゆがめたことで別の次元から迷い込んだやさぐれスパイダーマンだった。
マイルスが中年ピーターのもとで修業に励んでいると、ほかのスパイダーマンもやってきた。スパイダー・グウェンはスタイリッシュな女性。ダンスのような優雅な動きで戦う。スパイダーマン・ノワールはトレンチコートにハットというスタイル。1930年代のハードボイルド小説に登場する探偵のようないでたちである。カラー映画がなかった頃だから、モノクロのキャラクターだ。
ペニー・パーカーは造形も服装も明らかに日本のアニメに出てくる少女。萌(も)え要素がたっぷり詰まっている。頭部に放射能を帯びたクモが住んでいるロボットのSP//drを操って戦う。スパイダー・ハムはブタっぽいキャラ。二頭身のコミカルなカートゥーンヒーローである。
クルマはリアル、戦闘は極彩色
マイルスとピーター・パーカー、スパイダー・グウェンはほぼ同じスタイルの描き方だが、後のキャラクターは世界観からしてまったく異なる。普通ならば同じ画面に登場させると違和感が生じてしまいそうなのに、むしろ多彩な表現が入り交じってにぎやかな空間が現出した。バラエティーに富んだアニメーション技術を駆使することで、統一感のある映像を作り出している。多元宇宙を描くためには、手法も多様でなければならない。
基本的にはリアルな表現が採用されている。クルマの描き方は写実的で、はっきりと車種を特定できるのだ。キングピンが乗っている大型SUVは間違いなく「キャデラック・エスカレード」。ニューヨークの街を走るクルマを見ていても、「レクサスLS」は3代目モデル、「トヨタ・プリウス」は2代目モデルだとわかる。ストーリーには関わらない背景はリアリズムなのだ。
戦闘シーンになると一変し、カラフルでスピード感あふれる極彩色のスペースが出現する。手描きとCGを併用し、通常の4倍の手間をかけたそうだ。古今東西のさまざまなアニメーションの果実がふんだんに取り入れられていて、ゴージャスな映像が実現した。アニメやマンガの歴史に詳しい人なら、使われている手法のオリジナルを指摘できるはずだ。手法が入り乱れていても一体感が崩れないのは、一段上のレベルで世界観が一貫しているからだろう。カオスに陥ることなく、エンターテインメントとして上質な仕上がりになっているのには感服してしまう。
原案と脚本はフィル・ロードで、クリストファー・ミラーとともにプロデューサーを務めている。『くもりときどきミートボール』や『LEGOムービー』を共同で監督した名コンビである。実写では『21ジャンプストリート』を生み出した素晴らしい才能だ。アメコミものは苦手、ましてやアニメなんてと尻込みするのはもったいない。大人が観るに足る上質なヒーロー映画である。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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