ドゥカティ・ムルティストラーダ950S(MR/6MT)
これがベストバランス 2019.03.15 試乗記 ドゥカティのアドベンチャーバイク「ムルティストラーダ」シリーズに、新グレード「950S」が登場。937ccのLツインエンジンと、上級モデルに通じる充実した装備がかなえた走りを、スペイン・バレンシアの地から報告する。4つの走りを1台のバイクで
情熱的でセクシー、アロマが香るようなデザインと最新の技術でライダーを魅了するドゥカティ。その代表作といえば、スーパーバイクの「パニガーレ」でありネイキッドの「モンスター」だ。しかし、今やスポーツツアラーからクルーザー、ネオクラシックまで8つのモデルファミリー、41機種を販売する総合ブランドでもある。その中にあって、世界販売で大きな比重を占めているのが、アドベンチャーバイクのムルティストラーダである。
ムルティストラーダが第1世代から第2世代に切り替わった2010年、ドゥカティは新たに「4 Bikes in 1」というコンセプトを掲げた。これは、スイッチひとつでエンジン特性、トラクションコントロールやABSの介入度合、そしてサスペンションのダンパー設定を切り替え、「スポーツ」「ツーリング」「アーバン」「エンデューロ」という4つのシーンに合わせたバイクにトランスフォームするというもの。第2世代のムルティストラーダは、1台で4台分の身のこなしをするマシンとして話題を集めた。その後、2013年の電子制御セミアクティブサスペンションの採用を経て、2015年に3世代目にモデルチェンジ。可変バルブタイミングを搭載した新エンジンは、またも私たちに衝撃を与えた。そして2018年、3世代目はさらにアップデートされた。
現在、ムルティストラーダには2系統のモデルがラインナップされている。ひとつが前後17インチタイヤを装備し、吸排気カムに連続可変バルブタイミングを備えた1262ccの「1260」系。もうひとつが、「ハイパーモタード」や「スーパースポーツ」と同型の937cc Lツインを搭載した「950」系だ。今回試乗した「950S」は、後者に追加された新たな上位グレードにあたる。
充実した装備、絶妙なプライスタグ
2017年に登場した950は、プライス的な魅力から市場で大きく受け入れられた。昨2018年のグローバル販売を見るとムルティストラーダ全体の約30%を占めたという。
2019年の国内プライスリストを見ても、265万5000円となる「1260S」、278万9000円の「1260エンデューロ」、309万9000円の「1260パイクスピーク」と比較すると、173万6000円という価格は確かに魅力的だ。
そのぶん、装備には明確な差があり、950には1260系に搭載されるコーナリングランプ付きフルLEDヘッドライトや、TFTカラーモニターのメーター、電子制御セミアクティブサスペンション(パイクスピークを除く)、ハンズフリーキー、スマートフォンやBluetoothヘッドセットとつながるリンク機能などが用意されていない。
確かに950は、走ると排気量が小さいぶん、日本の速度レンジでもギアチェンジの回数が多く、市街地、ツーリング、ワインディングロードのいずれにおいても“ドライブ感”を楽しめる逸材といえる。それでもケーブル式のクラッチやフロントブレーキのタッチ、ハロゲンライトなどを思うと、装備の充実した兄貴分を知る身には、やっぱりあちらの庭が恋しくなってしまう。
なにより、電子制御サスがなければ4 Bikes in 1を体現できるライディングモードで操作できるのもエンジン特性と姿勢制御系ばかりとなる。足まわりはライダーが手でいじらない限り変化しないので、あの魔法のじゅうたんのようなフィールを常に味わえないのがちょっとオシイのだ。
つまり、装備や電子制御などを1260S並みにアップグレードした上で、196万5000円というプライスタグを下げてやってきた950Sは、非常に魅力的なバイクといえるのである。
バイクとより深く対話ができる
走りだしても期待通り、950Sに1260Sとの大きな差異はない。低速での微細なゴツゴツをきれいにフラットに吸収する「スカイフックEVO」の恩恵を即座に感じられる。乗り心地がいいのだ。950も悪くなかったが、足まわりはややソフトで、ピッチング方向の動きはおおらかに許容するイメージだった。しかし950Sでは、ストロークが進むと電子制御されるダンパーのバルブが適切にストローク速度を調整し、無駄な動きをしっかりと抑制してくれる。前後170mmのサスストロークは不変ながら、この質感はどうだ。
テストを開始した倉庫街は大型トラックにより路面が荒らされていたが、それすら好んで走りたいほど気持ちがいい。よりフラットな自動車道では、その傾向はさらに強くなった。追い越し加速のために2つギアを落としてアクセルをひねれば、5000回転から6000回転あたりでトルクの波にのり、吸気音とエンジンのパルス感が共鳴し、ドゥカティ一族の主張を存分に堪能できる。そして十分に速い。
950Sの充実した装備のひとつに、クイックシフターがある。アップ、ダウンともにクラッチ操作なしでの変速を可能にするこのシステムは、市街地走行やロングツーリングで重宝するのはもちろん、峠道ラバーの心も満たすいい仕事をしてくれる。レーシングフィールドから来た装備、というイメージがあるが、クラッチレバーを触らずにシフトできることで、ラインやブレーキングポイント、そして寝かし込むタイミングを濃密にはかることができ、バイクとの対話が深くなる。集中力をほかに振り向けられるのだ。油圧タイプになって軽くなったクラッチレバーの操作もオツなのだが、この新装備はシフトを瞬時に終えることから、後輪の加速、減速双方において駆動力の途切れを断然少なくしてくれる。荒れた路面でも、しっかりとしたグリップ感を楽しめる。
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シリーズ最良のパッケージング
19インチの前輪がみせる鷹揚(おうよう)だがしっかりとした舵角の入り方と、パワーをきっちりと受け止め、トルクバンドを駆使すればぐいぐいと車体を曲げてくれる後輪。このハンドリングはバイクのサイズを数段小さく感じさせる。タッチが格段に良くなったフロントのブレーキシステムも、そうした場面でしっかりと脇を固めている。
今回、テストルートの距離は320kmに及んだ。主にはバレンシアの裏山を巡ったのだが、日本の道に似た狭路や、通りのスピードバンプ、夜霧が日陰をぬらすドライとウエットの“しま模様”など、ツーリングで出会いそうな場面に数多く遭遇した。ワインディングロードにはロングコーナーも多く、これでもかと旋回性の良さ、車体のバランスの良さを体感した。
パワーとトルクは、兄貴分とガチンコで比較すれば低く、細く感じるだろうが、950Sというパッケージはベストバランスに思える。今年、世界でこのバイクがさらにその勢力を増し、一目置かれる存在となるのは間違いなさそうだ。
(文=松井 勉/写真=ドゥカティ/編集=堀田剛資)
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【スペック】
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=--×--×--mm
ホイールベース:1594mm
シート高:840mm
重量:230kg
エンジン:937cc 水冷4ストロークL型2気筒DOHC 4バルブ
最高出力:113ps(83kW)/9000rpm
最大トルク:96Nm(9.8kgm)/7750rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:--km/リッター
価格:196万5000円

松井 勉
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