目指すは世界最高のパフォーマンス
「シボレー・コルベット」がミドシップを選んだ理由
2019.05.06
デイリーコラム
伝統のFRレイアウトと決別
2019年4月11日、翌週から開催されるニューヨーク国際モーターショーを前に、ゼネラルモーターズ(GM)は新型「シボレー・コルベット」のプロトタイプを街のド真ん中で走らせた。
ニューヨークのタイムズスクエアに近い、7番街と呼ばれるエリアに現れた新型コルベット。ボディーには偽装が施されているものの、タイヤ&ホイールやサイドミラーなどは市販モデルと同じと思われるものを装着しており、ドアには大きく「07.18.19」という数字が記されていた。このプロトタイプに乗っていたのは、GMの会長兼CEOであるメアリー・バーラ氏と、新型コルベットのチーフエンジニアであるタッジ・ジェクター氏である。
シボレー・コルベットといえば、アメリカンスポーツの王道。初代モデルの登場は1953年にまでさかのぼる。各世代の車両はC1、C2の愛称で呼ばれており、次期モデルは8世代目のC8。アメリカ車の通例では毎年9月でモデルイヤーが切り替わるため、C8コルベットは2020年モデルとして発表・発売されることになるだろう。
そのC8コルベットで最大のトピックといえば、初代モデルからの伝統でもあったフロントエンジン&リアドライブのFRレイアウトを一新、運転席の背後にエンジンをマウントするミドシップを採用している点だろう。それはニューヨーク7番街でデモンストレーション走行を行ったプロトタイプの外観からも一目瞭然で、C7までのロングノーズ&ショートデッキのフォルムから一転、運転席が車体中央からやや前方に位置するキャブフォワードのスタイリングとなっている。
誕生以来受け継がれてきた基本コンセプト
“典型的なアメリカ車”のイメージが強いシボレー・コルベットだが、実は1953年に登場したC1の初期モデルにV8エンジンは搭載されておらず、当初は3859ccの直列6気筒OHVユニットを搭載していた。車体もFRレイアウトであることは変わらないが、手動開閉式ソフトトップを持つオープンスポーツで、クーペの設定はなかった。その後、1955年にV8エンジンがオプション設定され、1956年には直列6気筒が姿を消して全車にV8が搭載される。
9年というモデルライフを通じ、C1コルベットはFRオープンスポーツという形式を崩さなかったが、1963年に登場した第2世代のC2コルベットでは、クローズドクーペとコンバーチブルという2種類のボディーラインナップが用意された。さらに後継のC3コルベットでは、クーペのルーフが脱着式のTバールーフとなる。クーペボディーでありながら手軽にオープンエアが楽しめる脱着式ルーフは、C4以降はタルガトップ式へと姿を変え、C7に至るまでコルベットの伝統として継続された。
こうして各世代のシボレー・コルベットを振り返ってみると、革新的な進化や変化と呼べるものが、実は多くないことに気付く。もちろん、66年におよぶ歴史の中には、生産数わずか3基(実車に搭載されたものは2基のみ)というオールアルミ製の7.4リッターV8エンジン「ZL1」や、C4に設定された、ロータスが手がけた5.7リッターV8 DOHCを積む「ZR-1」などの“飛び道具”はあった。最近でも、C6世代の「ZR1」から一部の高性能グレードにスーパーチャージャーが搭載されるようになったが、基本的な車両コンセプトは変わっていない。
そんなシボレー・コルベットの歴史において、次期C8は初のミドシップレイアウトを採用するだけでなく、V8 DOHCユニットやハイブリッドの存在もうわさされるなど、過去に例のないモデルとなるのだ。
C8に課せられた至上命令
コルベットのアイデンティティーともいえるFRレイアウトから脱却し、ミドシップを選択した最大の理由は「FRレイアウトの限界」に近づいているからだろう。現行C7コルベットの最強モデル「ZR1」は、6.2リッターV8 OHVをスーパーチャージャーで過給し、最高出力755hp/6400rpm、最大トルク715lb-ft(969Nm)/3600rpmという途方もないパワーを発生する。ここまでくると、FRの2輪駆動で御すのはもはや限界だろう。さらなるパフォーマンスアップを図る上で、最大の重量物であるエンジンを車体中央に配置し、後輪への荷重を高めることが不可避となったと思われる。
C5世代以降のコルベットは、世界中のスポーツカーメーカーが開発の舞台とするドイツ・ニュルブルクリンクにおいて積極的に走行テストを重ね、走行性能を飛躍的に高めてきた。スポーツグレードであるZR1や「Z06」のラップタイムは、「ポルシェ911」や「日産GT-R」といった“世界ランカー”に匹敵、あるいは上回るほどで、もちろん新型C8でも世界最速を狙いにいくのは確実。トップグレードでは7分を切ることが必達目標と推定されている。世界基準のスポーツカーであることは、新型コルベットに課せられた使命なのだ。
さらにニュルブルクリンクにおける車両開発と時期を同じくして、コルベットは北米圏以外のモータースポーツにも積極的に参戦を開始した。特にルマン24時間レースへは2000年以降毎年参加し続けており、近年ではLM-GTEカテゴリーで「フォードGT」や「フェラーリ488」「ポルシェ911」「BMW M8」と激しい戦いを繰り広げている。中でも、同じアメリカンスポーツであるフォードGTは、最大のライバルといっていい。
ライバルを打ち破り、さらにその先へ
かつてルマン24時間でフェラーリを打ち負かした「GT40」をデザイン的なルーツに据えるフォードGTは、3.5リッターV6ツインターボエンジンをミドシップ搭載したスーパースポーツである。現行モデルの開発当初からルマンのGTEクラス参戦を前提に市販モデルが設計されており、2016年には同クラスでデビューウィンを達成。新世代のフォードを強く印象付ける結果となった。
新型コルベットがこのフォードGTを強く意識していることは間違いない。そしてLM-GTEカテゴリーが市販車をベースとしたレーシングカーで争われる以上、レースでの勝利にはベースモデルのパフォーマンスアップが必須条件となる。そこで、FRレイアウトに比べてトラクション性能の向上が見込みやすい、ミドシップレイアウトへの転換が図られたのだろう。エンジンを車体中央に移設することで、従来のフロントフード下には空きスペースが生まれるため、そこにモーターを配置する“縦置きミドシップ・ハイブリッド”へのさらなる進化も可能となる。
では、C8コルベットがこれまでかたくなに保たれてきた伝統から脱却することを、アメリカのファンはどう受け止めているのだろうか。どちらかというと保守的なファンが多い印象だけに、ミドシップ化には賛否両論……という様子を予想していたが、さまざまなウェブサイトに点在するフォーラム(日本で言う掲示板)を巡るかぎりは、むしろ好意的に受け止められている印象だ。
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飛び交う臆測と期待
伝統ある車名のモデルには共通する課題だが、シボレー・コルベットもオーナー層の高年齢化は避けられず、FRレイアウトへのこだわりを持つ人々も少なくない。またリアゲートを開くと出現する大きなラゲッジルームはコルベットの美点のひとつで、高い運動性能と実用性を両立させていたことも、多くのファンに愛され続けた大きな理由だ。
ミドシップ化により飛躍的なパフォーマンスアップが期待される新型C8コルベット。ニューヨークの7番街を走ったプロトタイプのドアには「07.18.19」と記されていたが、果たしてその数字が意味するものは本当に発表予定日だけなのか? といった議論もフォーラム上では散見される。これまでコルベットの“ニュル・レコード”といえば、ZR1やZ06などのモデルが7分前半を記録しているが、もしC8が標準グレードでも同レベルのタイムを刻んでいるのなら、トップグレードと予想されるハイブリッドAWDでは前人未到の領域が期待できるというわけだ。
発表まで約2カ月半に迫った新型C8コルベット。その詳細のお披露目は、2019年のアメリカ自動車業界において最大の関心事といえる。ミドシップ化によって上昇するだろう車両価格にも注目が集まっているが、これまでのコルベットはベースモデルがおよそ6〜7万ドルであったため、そのアップ幅が微増に抑えられれば非常にコストパフォーマンスに優れたスーパースポーツの登場となりそうだ。
(文=佐橋健太郎/写真=ゼネラルモーターズ、フォード/編集=堀田剛資)

佐橋 健太郎
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