第573回:「アルピーヌの基本原則を突き詰める」
アルピーヌの魔術師ジャン‐パスカル・ドゥースに聞く
2019.06.06
エディターから一言
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当初、ルノーとケータハムカーズのジョイントベンチャーとしてスタートした新生アルピーヌのスポーツカー開発計画。初期段階からプロジェクトに関わっていたチーフ・ビークル・エンジニアのジャン-パスカル・ドゥース氏に、開発の裏側とアルピーヌの未来を聞いてみた。
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50:50のJVでスタートしたプロジェクト
私のような世代にとって、しかも昔からラリーに引きつけられていたクルマ好きにとって、アルピーヌという名前は特別である。
フレンチアルプスや雪のチュリニ峠、WRC初年度のチャンピオンマシンなどなど、さまざまな言葉が脳裏を駆け巡り、胸の奥が熱くなるような気がするほどだ。私もかつて、素晴らしいコンディションのオリジナル「A110」で、いにしえのイベント同様5日間でコルシカ島を一周する「トゥール・ド・コルス・ヒストリーク」に参加したことがあるが、そういう人間ほど、新型は本当にあのA110の名を再び与えるのにふさわしいのか、といささか斜めに見ていたかもしれない。
アルピーヌ・ブランドが復活するまでには紆余(うよ)曲折があったのはご存じの通り。アルピーヌの復活が明らかにされたのはもう10年余り前だが、当時は本当に可能なのか疑念を抱く人が多く、正直言って私自身もそうだった。だが結果は既に皆さんご承知の通りである。
そもそもアルピーヌ・スポーツカー開発計画は2012年末にルノーとケータハムカーズとのジョイントベンチャーとしてスタートしたもので、折半出資の新会社で開発したスポーツカーを両社でそれぞれ販売する計画だった。ところがスタートから2年後にはケータハムが離脱(ちょうどF1でもロータスをめぐる混乱があった頃)、その後はルノー100%出資の独自プロジェクトとなったが、その初期段階から関わっていたのがジャン-パスカル・ドゥース氏である。
「規模も文化も違う2つの企業が共同出資して計画を進めるのですから、それは難しいことがいろいろありました。ただし、その段階では報告すべき役員陣はルノーから3人、ケータハムから3人の6人だけでした。大きな組織のルノーであればなかなか進まないことも、小さな所帯だったからこそ可能だったのかもしれません」
A110への情熱
ドゥース氏は一般的な自動車メーカーのエンジニアと比べると、異色の経歴を持つ人物である。いったんはエアバスにエンジニアとして入社したものの、自動車に携わりたい気持ちを抑えられずわずか1年後にはルノーに移り、ルノー本体およびルノー・スポール、さらには英国エンストーンのF1チームにも在籍した後、ルノー・スポールに戻ってアルピーヌのプロジェクトの立ち上げに加わった。ケータハムと袂(たもと)を分かった後、再びF1チームに移ったが、昨年アルピーヌにチーフ・ビークル・エンジニアとして復帰したという。
これほどコンペティションの現場と市販車の開発部門を行き来するのは珍しいが、そのうえ彼は、1988年から30年余りにわたって、1971年型オリジナル「1300G」を所有しているエンスーでもある(実際に彼自身のクルマがデザイナーのサンプルになったという)。1977年まで生産されたA110は、後期モデルになるとパワーアップとともにワイドボディー化され、また現在ではグループ4ラリー仕様のように改造されたクルマも多いが、真に魅力的なのは簡潔で引き締まったボディースタイルを持つ初期の頃のモデルではないかと私も思う。
だからもうそれだけで“仲間意識”を感じ、古いクルマの話だけで与えられたインタビュー時間を全部使ってしまいそうになったが、そうもいかない。実際に発売された新型A110が世界的に人気を博し、多くのバックオーダーを抱えて生産増強に取り組んでいる今、チーフ・ビークル・エンジニアの仕事はどんなものなのだろうか?
「実は再びアルピーヌに関わるとは考えてもいなかったのですが、昨年アルピーヌに復帰し、当初の基本方針が変わっていなかったことにホッとしました。ジョイントベンチャーのままだったら、ここまで当初のコンセプトを守ることができたかどうか、もっと大変だったかもしれません。とにかく、できるだけのことをしたという自信はありましたが、実際にこれほど人気が出るとは正直予想していませんでした。現在の私の仕事は主に3項目に分けられます。他の自動車メーカーも同じだと思いますが、ご存じのようにヨーロッパの排出ガス規制は年々厳しくなっており、それに対応するだけでも大変な仕事なのです。次にモデルサイクルを考えて、「ピュア」「リネージ」に続くバリエーションを増やすことに取り組んでいます。さらに長期的な視点でA110以外のモデルを開発することです。もちろん、どんなものになるのかはまだ何も明かせませんが」
“ライトウェイト”こそ神髄
「対応すべきレギュレーションは無論排ガス規制だけではありませんし、国によっても異なります。現代の市販車には各種の電子制御デバイスが必要ですが、アルピーヌらしくあるためにはその功罪を考えなければなりません。アルピーヌにはいわゆるADASは必要ないと皆さんは仰(おっしゃ)るでしょうが、それでも規則には適合させなければいけない。たとえば『カングー』だったらドアミラーを大きくしても問題ないと思いますが、A110に大きいミラーを装備しても歓迎する人はいないでしょう。そこを何とかしなければいけない。ただし、軽量コンパクトであることはアルピーヌの核心です。それはプロジェクトの初期からもう嫌になるほど議論を重ねました。アルピーヌ・ブランドにふさわしいのはA110であり、ブランドを復権させるには妥協せずにその基本原則を突き詰めるしかないと判断したのです」
ミドシップ2シータークーペのA110は現行WRCのトップカテゴリーには参加できないが、今年の秋にはカップカーをベースにしたラリー仕様が用意され、来季からは一般の競技者向けに供給される計画だという。そうなればラリーシーンが一気に華やかになることは間違いない。
(文=高平高輝/写真=アルピーヌ・ジャポン、webCG/編集=櫻井健一)

高平 高輝
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