メルセデス・ベンツA250 4MATICセダン(4WD/7AT)
Cクラスを追撃せよ 2019.10.31 試乗記 メルセデス・ベンツのエントリーモデル「Aクラス」に、オーセンティックないでたちの「セダン」が登場。FFベースならではの高効率なパッケージを持つニューモデルは、FRセダン「Cクラス」に迫る実力の持ち主だった。逆境下で登場した新コンパクトセダン
セダン受難の時代である。フォードが北米市場でセダン販売から撤退すると発表したのは昨年(2018年)の4月。日本ではトヨタの「マークX」が今年いっぱいで生産終了する。「プレミオ/アリオン」も来年でお別れとなりそうだ。SUV人気が加速し、伝統的な車型のセダンは生息領域が急速に狭まっている。だから、このタイミングでの新型セダンの登場には驚きがあった。
メルセデス・ベンツAクラス セダンは、簡単に言えばハッチバックのAクラスを3ボックス化したモデルだ。全長は130mm延ばされているが、ホイールベースは変わらない。ニッチな場所にニューモデルを投入したのは、メルセデスのコンパクトセダンを求めるユーザーが一定数いるという判断なのだろう。日本では、国産セダンが苦戦するのと対照的に、ラージサイズの輸入プレミアムセダンは堅調な売れ行きを示している。オーセンティックな車型の輸入車は好きだが大きなサイズはいらないという層に、Aクラス セダンは歓迎されるかもしれない。
メルセデス・ベンツには「Cクラス セダン」がある。Aクラスと比べればひとまわり大きいものの、輸入車の中ではどうにかコンパクトセダンと呼べるサイズだ。どっちにしようか迷う人もいるのではないか。Cクラスのほうが100万円ほど高いが、エンジンの大小を気にしないのであれば、価格帯は微妙に重なってくる。
FRのCクラスに対し、AクラスはFFである。かつてはFRこそが高級車の証しとされていたものだが、最近ではそういった価値観は絶対のものではなくなった。自分のクルマの駆動方式なんて知らないというユーザーだっている。FFのほうがボディーサイズに対して室内空間を広くしやすいというメリットもある。Cより安くてパッケージに優れるならAを選ぼうと考えたとしても不思議ではない。
自然なセダンのフォルム
試乗したのは「A250 4MATIC」。AMG版を除けば最上級グレードだ。「A180セダン」と「A180スタイル セダン」のデリバリーは2019年末からになるという。2リッター直列4気筒ターボエンジンは最高出力224PS(165kW)、最大トルク350N・m。7段デュアルクラッチトランスミッションと、前項でさんざんFFだFRだと言っておいてなんだが、可変トルク配分型の四輪駆動システム「4MATIC」が与えられる。
エクステリアデザインはハッチバック版Aクラスと同様にシンプルでクリーンだ。煩雑なキャラクターラインを排し、ツルンとした印象になっている。メルセデスに限らず、こういう方向性がトレンドなのだ。フロントマスクはおなじみになったツイン台形グリルとツリ目の組み合わせ。どこかラグビー日本代表の稲垣啓太選手を思わせる顔つきだ。
サイドビューはしっかりとセダンで、ハッチバックに後付けでトランクを追加したというような不自然さはない。当然ながら、開発初期から並行してデザインが進められていたのだろう。スポーティーさとコンサバな感じがうまくバランスしたフォルムである。FRのCクラス セダンと比べても、極端にフロントオーバーハングが長くなっているようなことはない。
インテリアはハッチバック版と基本的に同じ。目の前にはメーターとインフォテインメント用のスクリーンが組み合わされた超横長のモニターが広がる。エアコンアウトレットは対照的にタービン型のデコラティブなデザインを採用しているが、フラットな形状で統一してしまうとモダンになりすぎて重厚感が損なわれるのかもしれない。ダッシュボード上面に凹凸はなく、全体的に水平基調が貫かれている。スタイリッシュなのはいいのだが、ハザードランプのスイッチが小さくて見つけられなかった時は少し焦った。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
非常に高い静粛性
走ってみると、どんな状況でも静粛性が非常に高いことに気づく。加速すればそれなりにエンジン音は高まるが、気に触るような音質ではない。街なかでも高速巡航でも、ずっと静かなのだ。ロードノイズや風切り音も含めて、徹底的に雑音がシャットアウトされている。アイドリング時でも車外に出ると結構ガサツなエンジン音が聞こえるので、遮音技術が優れているということなのだ。
2リッターターボエンジンは、十分なパワーを提供する。小型セダンにとっては必要以上と言ってもいいくらいだ。高速道路の料金所ダッシュでは目覚ましい加速を見せ、追い越しも何らストレスを感じないまま安全に完了する。7段DCTはドライバーの意思に忠実で、アクセルペダルを踏み込むと瞬時にシフトダウンしてくれる。センターコンソールに位置するスイッチでパワーモードを選択すればなおさらだ。通常はエコやコンフォートのモードで走っていても力不足を感じることはない。
アダプティブクルーズコントロール(ACC)も優秀である。前が空いた時に加速に移るまでのインターバルは短い。もちろん全車速対応で、渋滞でも使える。ただし、ストップ・アンド・ゴーを繰り返す状況では、少々ギクシャクすることもある。DCTとの組み合わせだから、微速での制御はあまり得意ではないようだ。
乗り心地は硬めではあるものの、不快な突き上げは抑えられている。セダンなのだから、乗員の快適性を犠牲にして運動性能を優先するのは本末転倒だ。実用的な乗り物という立ち位置は意識的に守られている。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
MBUXは発展途上
実用性ということでは、バック駐車が容易だったことにも触れておこう。初めて乗った時は感覚がつかめず、苦労するモデルも珍しくないのだ。コンパクトなサイズであることも要因の一つだが、それだけではない。ミラーの位置や角度などに、自車の位置を把握しやすくする工夫がなされているのだろう。加えて、バックモニター画像の解像度が高いことも貢献している。クリアな映像のおかげで後方確認がしやすいのだ。
せっかくなので、「MBUX(メルセデス・ベンツ ユーザーエクスペリエンス)」も試してみた。AIを用いた自然対話式音声認識機能を持つ対話型インフォテインメントシステムである。日本語対応しているからなのか、「Hi,Mercedes」と英語っぽい発音でなくても「ハイ、メルセデス」と呼びかければ起動する。定型文だけではなく、会話的な呼びかけにも対応していることが自慢だ。
「今の気温は?」と聞くと、すぐさま外気温を教えてくれた。ほかにいろいろ試してみたいと思ったが、何を聞いたらいいのだろう。「今何時?」と聞いてみたら、エアコンの設定温度を下げられてしまった。「違うよ」と言っても反応しない。「今日は何月何日?」と聞くと、「その質問には対応していません」とクールな返答。『ナイトライダー』の「ナイト2000」のようなシャレた会話はムリである。人間側もクルマ側も、コミュニケーション能力を高めていかなければわかりあえない。
MBUXにはまだ進化の余地があるが、走る・曲がる・止まる、そして快適性、使い勝手のよさというクルマの基本性能は盤石である。Cクラスのスキのなさはため息が出るほどだが、Aクラスはセダンの登場でかなり肉薄したように感じられた。FFの恩恵で、Cクラスよりサイズが小さいのに十分な室内空間が確保されていることは大きなアドバンテージである。このライバル関係がメルセデス・ベンツというブランドにとってどんな意味を持つのかは判断できないが、ユーザーにとっては選択肢の増加は歓迎すべきことだ。
(文=鈴木真人/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
テスト車のデータ
メルセデス・ベンツA250 4MATICセダン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4550×1800×1430mm
ホイールベース:2730mm
車重:1560kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:224PS(165kW)/5500rpm
最大トルク:350N・m(35.7kgf・m)/1800-4000rpm
タイヤ:(前)205/55R17 91W/(後)205/55R17 91W(ピレリ・チントゥラートP7)
燃費:12.9km/リッター(WLTCモード)
価格:485万円/テスト車=599万1000円
オプション装備:レーダーセーフティーパッケージ(25万円)/ナビゲーションパッケージ(18万7000円)/アドバンスドパッケージ(20万8000円)/レザーエクスクルーシブパッケージ(26万円)/パノラミックスライディングルーフ<挟み込み防止機能付き>(16万6000円)/メタリックペイント(7万円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:259km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(5)/高速道路(5)/山岳路(0)
テスト距離:275.9km
使用燃料:24.6リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費: 11.2km /リッター(満タン法)/11.1km /リッター(車載燃費系計測値)
![]() |

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。