FCAとPSAの経営統合は成功するか? その効果と課題について考える
2019.11.05 デイリーコラムランキングのアップは確実だが……
FCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)とグループPSAは2019年10月31日、経営統合に向けて討議することで合意した。実現すれば、世界販売台数でフォルクスワーゲン・グループ、ルノー・日産・三菱連合、そしてトヨタに次ぐ世界第4位の自動車連合が誕生する。両社はこの経営統合により、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)に必要な技術開発をより高効率に進めていくことを目指す。
出資比率は50:50で、会長には現FCA会長のジョン・エルカン氏、CEOにはグループPSAのカルロス・タバレスCEOが就任する。本社は現在のFCAと同様オランダに置かれる。
FCAとPSAの提携模索は2016年にも行われたことがある。またFCAが2019年春、ルノーに経営統合を提案し、その後撤回したのは、われわれの記憶に新しい。しかし今回の経営統合交渉を『ロイター』や『ウォール・ストリート・ジャーナル』がスクープ報道したのは2019年10月29日。そのわずか2日後には正式発表となったのだった。
ここまでは、すでにさまざまなメディアで報じられているので、以下は著者の視点を中心に記してゆこう。
FCAにとって、ルノーよりもPSAとの交渉が進めやすかった点は、その環境にあろう。創業家の持ち株比率はFCAが29%、PSAのプジョー家は2.91%と差がある。だが創業家が現存する社風という点では共通だ。また、PSAの筆頭株主には、中国の東風汽車と並んでフランス政府系投資機関(12.2%)が名を連ねているが、政府の影響力という点ではルノーよりも小さい。
両社は、小型商用車の開発・生産で協業の実績がある。さらに今回の交渉で俎上(そじょう)にのったとは考えにくいが、史実を述べれば、PSAのブランドであるシトロエンは1968年、現在FCAのいちブランドとなっているマセラティを傘下におさめた経緯がある。
それはともかく、この経営統合では、FCAのジープを除きドイツや米国メーカーの後塵(こうじん)を拝していた中国での巻き返しが図れることも期待される。だが、同国市場が頭打ちになり、PSAのプレミアムブランドであるDSが苦戦するなか、どこまで挽回できるかは未知数である。
このタッグでクルマは良くなるか?
発表の翌日(10月31日)、イタリアの主要メディアでは本件をトップで報じた。特にFCAゆかりの地のひとつであるトリノの『ラ・スタンパ』紙は5ページを割いた。
「FCA-プジョー、世界的な挑戦」の大見出しの後には、「CASEでトヨタ、フォルクスワーゲンを超えるべく」といった小見出しが続く。さらに、コンテ伊首相の「(この統合は)何の代償を払うこともなく、国の発展に寄与する」とのコメントを紹介している。
たしかに今回の両社による声明では、「工場閉鎖は1カ所も行わないこと」が明記されている。しかし、早くもイタリア・フランス双方の労働組合からは疑問視する声が上がっている。事実、FCAの2工場は2018年12月、環境対策車の生産準備のためとして従業員の一時帰休を決めている。再稼働時に従来規模の人員が採用されるかはいまだ不明だ。
あるイタリアのFCAディーラー関係者は、今回の経営統合案に関して、CASEのひとつである電動化への対応を指摘する。数日前にライバル車をそろえた比較試乗会に参加してきた彼は、「FCA、PSAのいずれも電動化に関しては、目下決してトップランナーではない。特にフルEV化の前段階であるハイブリッドやプラグインハイブリッドでは、トヨタに明らかに遅れている。パートナーシップとしては、いささか疑問」と話す。
筆者の別の知人のように、「今回の経営統合には、まったく期待できない」とするイタリア人ユーザーもいる。伊・仏車の品質が今よりも低かった時代の記憶があるからだ。彼によれば「昔はフィアットもプジョーもエンジンはひたすら回ったが、10万km、20万kmに達すると、ボディーをはじめエンジン以外の部分がついていけなくなった」と回想する。ちなみに、これはイタリアやフランスでよく聞く意見だ。
サプライヤーがグローバル化され、良質な部品が国境を越えて調達可能になった現在でも、そうした過去の印象はユーザーの間で尾を引いている。
課題は「13ブランドの管理」
筆者が考えるに、もうひとつ彼らが直面する課題は「ブランドの整理」であろう。
PSAとしては従来自社になかったジープ、アルファ・ロメオ、マセラティといったプレミアムブランドを補完できる。しかし、そのPSAは2017年、ゼネラルモーターズからオペルを取得している。英国版のブランドであるヴォクスホールも転がり込んだ。これにより、プジョー、シトロエン、DS、オペル、ヴォクスホールという5ブランドを扱うことになってしまった。
FCAも旧フィアット系と旧クライスラー系を合わせると、乗用車だけで8ブランドを擁する。PSAはオペル/ヴォクスホールの統合でさえ道半ばなのだが、FCAにおけるアルファ・ロメオの扱いも課題だ。同ブランドの欧州販売は2019年後半になってやや回復の兆しがあるが、同年5月のイタリア国内販売は前年同月比マイナス50%を記録した。こうしたなか、統合後の新会社は、計13ブランドをコントロールしなければならないことになる。
両社の屋台骨を支える普及ブランドであるフィアット、ランチア、プジョー、シトロエン、オペル、ヴォクスホールは、ブランドバリューは決して高いとはいえない。指針のひとつ、ブランドファイナンス社の『オート&タイヤズ』2018年版を確認すると、「最も価値ある自動車ブランド」の上位30位に、前述のFCAおよびPSA系ブランドは、ひとつも入っていない。
イタリアやフランスの自動車市場を観察すれば、よりわかりやすい。愛好家を除く一般ユーザーにとっての前述のブランド選択基準は、ブランドイメージやヘリテージよりも、販売店が長年のなじみであることだったり、ディスカウントやローン金利などのキャンペーンだったりする。イタリアにおけるフランス車も、フランスにおけるイタリア車も“輸入車”という認識はほとんどない。
新会社は、客層が似通ったポピュラーブランドをコントロールしてゆかなければならないのだ。1950年代から1960年代英国におけるBMC/BLMCと、そこから誕生したとりとめのない商品展開を想起してしまうのは、筆者だけだろうか。
ランチア復活が期待できる!?
マーケットに関して言えば、近年FCAとPSAの双方が活路を見いだしてきたのは、カンパニーカー需要である。企業がホワイトカラー社員の福利厚生のため、通勤用などの車両を貸与する制度だ。
かつてはメルセデス・ベンツ、アウディ、BMWといったドイツ系ブランドがよく用いられていた。だが、経費節減から普及ブランドにグレードダウンする企業が増えた。両社のポピュラーブランドは、その恩恵を受けていたのだ。
ところが、イタリア政府はカンパニーカーに課している税率の変更を2019年10月から検討し始めた。草案では車種によって税額が2倍になる。これによる財源確保で、日本の消費税にあたる付加価値税を現行の22%から23%に増税するのを回避するというのが政府の説明だ。
カンパニーカー税は会社ではなく、それを使用する従業員に課されている。だが、いずれにせよ、市場の縮小は避けられないと関係者はみる。イタリアの経済紙『イル・ソーレ24オーレ』は、これが施行されるとイタリア国内の自動車販売量は年間30万台減少すると予想している。
カンパニーカーは欧州で広く普及しているから、同様の法律が各国で施行されると欧州自動車業界は大きな打撃を受ける。経費節減時代のカンパニーカーの代表格であったFCAとPSA双方のポピュラーブランドへの衝撃も必至だ。
もちろん明るいニュースを報じるメディアもある。自動車情報サイト『Vモトーリ』は、FCAのいちブランドであるランチアが復活する可能性を示唆している。目下「イプシロン」のみが残るランチアだが、PSAの次世代モジュール式プラットフォーム「CMP(コモンモジュラープラットフォーム)」を活用して車種系列の再拡大を目指すのではないかというのだ。
これは、前述のディーラー関係者も言及するところなので、可能性ではゼロではないと思われる。自動車愛好家にとっては、興味深いニュースであろう。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、FCA、ルノー、オペル/編集=関 顕也)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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