第210回:冬休みに観たい! 犯罪映画とレース映画DVD3選
2019.12.26 読んでますカー、観てますカー強盗するなら目立たないクルマで
『アメリカン・アニマルズ』は実録犯罪映画である。ただし、犯人たちはアマチュア。暇を持て余した大学生が思いつきでやってしまったポンコツ強盗事件を描く。
ウォーレン(エヴァン・ピーターズ)は大学に入ったが、期待していたのと違うキャンパスライフに失望している。大して面白い事件は起きない。勉強は面白くないし、輝かしい将来を思い描くこともできない。退屈な日常に飽き飽きしている。自分は特別な存在ではないことに気づいてしまった。つまり、普通の大学生である。何か行動を起こさなければ、平凡な人生が待っているだけ。
彼は図書館に高価なヴィンテージ本が収められていることを知る。ジョン・ジェームズ・オーデュボンの画集『アメリカの鳥類』で、1200万ドルを超える価値があるらしい。友人のスペンサー(バリー・コーガン)に話すと、一緒に盗み出す計画を持ちかけられた。誰も傷つけず、億万長者になれる。
さらに仲間を2人引き入れ、着々と窃盗計画を練っていった。主人公たちは、恵まれた境遇にいるのに何か物足りなさを感じている青年。甘ったれた野郎どもだ。共感はできないが、ありがちな感情ではある。『レザボア・ドッグス』をマネして、彼らは “ミスター・ピンク”、“ミスター・ブラック”などというコードネームで呼び合う。お気楽で浅はかな連中だということがよくわかる。特殊メイクで老人を装えば、捕まることはないという算段だ。
逃走方法についてもちゃんと考えた。なるべく目立たないクルマを使えばいいというのだ。選ばれたのは北米版の「ホンダ・オデッセイ」。日本では「ラグレイト」として販売されたミニバンである。事件の起きた2004年当時はアメリカでよく売れていたのだろうか。ちなみに、村上春樹の『海辺のカフカ』では、同じ理由で「マツダ・ファミリア」が使われていた。
ストーリーと同時進行で、本人たちのインタビュー映像が挿入される。ラストに本人を登場させる実録ものはよくあるが、この映画は物語の途中に何度も証言が流されるのだ。下手をすると構成が台無しになってしまいそうだが、バート・レイトン監督はドキュメンタリー監督なので、手だれの手腕でさえた映像に仕上げた。
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人生の悲哀を味わうレース映画
『ワイルド・レース』はその名の通りレースを舞台にした映画。アメリカで人気のダートトラックレースである。伝説の名レーサーだったサムは引退し、裏方に回っている。息子のキャムがドライバーとして参戦しているものの、資金不足がたたってマシンの信頼性がない。トラブル続きに嫌気が差した彼は、ライバルのリンスキーの誘いに乗って移籍する。ここまで聞けば、ラストまでの展開が誰にでも予想できるだろう。
サムを演じるのはジョン・トラボルタ。『サタデー・ナイト・フィーバー』で一躍人気俳優となったのは1977年のこと。長い低迷期を経て『パルプ・フィクション』で再ブレイクしたのが1994年だ。最近は『ポイズンローズ』で探偵役を演じたりして一定の存在感は示しているものの、すっかりB級映画俳優に落ち着いてしまったようだ。
これまでの経緯を知る者にとっては、栄光と没落、奇跡的な復活を描く映画のストーリーが彼の人生とオーバーラップして見え、切なくなってしまう。この作品も、まごうことなきB級である。壊れてばかりだったマシンが急に信頼性を回復するとか、都合よく進行するのはB級のお約束だ。リンスキーとの確執は明確に語られないし、妻とのエピソードもあまり感動的ではない。すべてを家族の絆で片付けてしまいがちなアメリカ映画の弱点が詰まっている。
小さなオーバルサーキットで行われるレースなので、撮影の規模も限定的。金はかかっていないが、迫力はある。そもそも、派手なアクションシーンを楽しむより、人生の悲哀をかみしめる映画なのだ。
中国マネーを注ぎ込んだラリーコメディー
次もモータースポーツが舞台の映画。『ペガサス/飛馳人生』は、ラリーを描く中国映画である。こちらもかつて花形ドライバーだった男が主人公。チャン・チー(シェン・トン)はラリー界を席巻したスターだったが、賭博行為が発覚して5年間の出場停止に。屋台で餃子を売って食いつないでいる間に、若き天才ドライバーのリン・ジェントン(ホアン・ジンユー)が頭角を現していた。
もちろん復活の物語なのだが、『ワイルド・レース』とはまったく様相が違う。『ペガサス/飛馳人生』は、基本的にコメディーなのである。チャン・チーは復活を目指すが、運転免許すら失っているので教習所通いから始めなければならない。ラリーテクニックを見せつけようとして教官のクルマを壊してしまったりするドタバタ劇が繰り広げられる。正直言って、ショボくてサムいシーンが連続する。
ドラマパートとは対照的に、ラリーシーンは本格的だ。天山山脈のバインブルク草原を舞台に、本物のラリーマシンを走らせる。シトロエンやらシュコダやらのマシンが危険なコースを爆走するのだ。転がしたり燃やしたり、壊したクルマだけでいくらかかっているのか。
ハン・ハン監督は元レーシングドライバーで、日本のフォーミュラBMWに参戦していたという。『頭文字D』が好きなのだそうで、無意味に新旧「86」が映っていた。ラリーはフォルクスワーゲンとトヨタの対決となる。正確には「上海大衆ポロ」と「広汽豊田カローラレビン」ということになろうか。
最後には戦闘機まで登場する。製作費は80億円というからやりたい放題である。これが今の中国映画が持つ勢いなのだ。つくりは雑だが、金の力でスケールだけはデカい。日本映画ははるかに低予算で立ち向かわなければならないのだから大変だ。それを考えれば東出昌大と新田真剣佑がW主演した2018年の『OVER DRIVE』は結構ガンバっていたんだなと感じる。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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