第636回:イタ車好き女子は必見!?
大矢アキオ、FIAT印のジェラートを味わう
2019.12.27
マッキナ あらモーダ!
スーパーのレジ横で
フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)とグループPSAによる2019年12月18日の統合合意は、イタリアでも大きく報道された。
目下イタリア・フランス両国における関心は、両社が統合後も国内工場の雇用を約束どおり確保するかに集まっている。
特に合意直後の2019年12月20日、FCAが傘下の鋳造部品会社テクシッドをブラジル企業に売却することを決定したのも不安をあおった。
ただし両国のメディアによる報道全体を俯瞰(ふかん)すれば、「両社の統合により年間販売台数で世界4位に浮上」といった見出しが並んでおり、ポジティブに捉えられていることが分かる。イタリア国民としても、「アリタリア航空が毎日最大で200万ユーロ(約2億4200万円)の損失を計上し続けている」といった話題よりも、はるかに耳に心地いいのである。
話は変わって先日、スーパーマーケットでレジ待ちをしていたときのことである。脇の冷凍ショーケースをのぞくと、「FIAT」のロゴが記されたパッケージを発見した。なんと“フィアットのジェラート(イタリア版アイスクリーム)”である。
これは面白い。購入して帰ることにした。450g入りで価格は4.66ユーロ(約570円。食品用低減税率の付加価値税10%を含む)であった。
はじめにチョコありき
家に帰ってあらためて商品を観察すると、「G7」というメーカー名が記されている。その名称からは、「首脳会議=VIP」の香りがする。しかしその企業のウェブサイトによると、実は創業者のグリエルモ氏をはじめ、「G」で始まる名前の人物が一族に複数いたことにちなんだものらしい。
この企業は他ブランドとのコラボレーションを得意としていて、著名なキャンディーやヨーグルト、菓子といった他社製品の風味を反映させたジェラートをすでに8種類販売している。日本でチョコ菓子「キットカット」に「もみぢ饅頭味」「東京ばな奈味」があるのに似ている。
このジェラートの場合、元ネタは自動車ではない。その名も「FIAT」という名のクリームチョコである。
製造元は北部ボローニャのマイヤーニ1796社(以下、マイヤーニ)である。名前にあるとおり1796年の創業なので、自動車のフィアット(1899年創業)どころか、イタリアの国家統一(1861年)よりも古い。
なぜチョコレートの名前がフィアットであるかの理由は、次のとおりだ。1910年、トリノのフィアット(自動車のほう)は、高級モデル「ティーポ4」を発売する。その際、購入者に記念品を用意することになった。この年、フィアットは創業からわずか11年目。今でいえば、まさにスタートアップ企業であった。
その企画コンペにチョコレート職人のアルド・マイヤーニ氏は、車名にちなんで「4」層のチョコ菓子を考案した。ヘーゼルナッツとアーモンドクリームを重ねて作ったものだった。参考までに同社によれば当時、類似の商品は3層までで、4層は初であったという。
マイヤーニによるこのチョコ菓子は見事コンペを勝ち抜き、1911年に製造を開始した。フィアットのお膝元トリノはチョコレート、それもヘーゼルナッツ入りチョコの都である。地元業者も多数応募していたであろう。マイヤーニが以前からトリノのサヴォイア王家ご用達(ようたし)だったことを差し引いても、そのクリームチョコが飛び抜けて美味であったことが想像できる。
男アニエッリ、粋だった
ところで読者の皆さんが不思議に思うのは、フィアットのオフィシャルプロダクトではないのに、マイヤーニがフィアットの名称を使用して1世紀以上も製造し続けているところではないだろうか。
答えは、『ラ・レップブリカ紙電子版』が2017年6月に伝えた記事から読み取れる。それによると、記念品用チョコ菓子のコンペから2年後にフィアットは、マイヤーニに対してフィアット名を使用した製品を市販する権利を許可した。フィアットは、初代ジョヴァンニ・アニエッリ氏の時代である。
そのときマイヤーニは、当該商品および姉妹品をすべてFIATの名称で商標登録したという。
同紙は、もうひとつ逸話を伝えている。フィアットの3代目経営者ジョヴァンニ・アニエッリII世(1921~2003年)がボローニャでパーティーを催したときのこと。マイヤーニの現副会長であるマリア・マイヤーニ氏の元に近づいてきて「あなたたちのチョコは(フィアットの)自動車の数よりも街に出回っているよ」とジョークをささやいたという。
祖父の時代に与えた権利だから当然といえば当然なのだが、従業員数十人の地方都市の菓子メーカーにライセンス云々(うんぬん)といった話をしないところが、何とも粋ではないか。さすがミスター・フィアットと呼ばれた男である。
ジェラートの宿命
最後にジェラート版フィアットに話を戻そう。筆者が調べてみると、こちらはマイヤーニのライセンスのもと、2017年に発売された商品だという。
パッケージの説明によると、マイヤーニ製クリームチョコの風味を再現すべく、同様の原料を混ぜ込んだペーストを用いている。
食べると、確かにマイヤーニのクリームチョコと同じ風味がほのかに口内で広がった。ヘーゼルナッツとアーモンドのサクサク感も、上品に伝わってくる。
にもかかわらずわが女房といえば、味わい深いストーリーを語る筆者に向かって「うんちくを垂れるのを聞いていたら、溶けてしまう」と抜かすではないか。
もっとありがたみを感じてくれる日本のクルマ女子と食べ、喜びを分かち合いたいところだが、機内持ち込みで空輸しにくいジャンルであるのが何とも惜しい。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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