アバルト695トリブートフェラーリ(FF/5AT)【試乗記】
FFのフェラーリ? 2011.06.01 試乗記 アバルト695トリブートフェラーリ(FF/5AT)……569万5000円(テスト車=同じ)
「フィアット500」をベースにチューンした「アバルト500」の、そのまたハイチューン版コンプリートカーが、「アバルト695トリブートフェラーリ」だ。“アバルト”と“フェラーリ”、ふたつのブランドを冠するスーパーハッチの乗り味は?
パワーもトルクもてんこ盛り
世界限定1696台。いわば親戚のすごいお金持ちみたいなフェラーリとのコラボレーションから生まれた、最も過激なフィアットが「アバルト695トリブート フェラーリ」である。ちなみに"695"とは、ルパン三世でおなじみの先代「500」をカリカリにイジったアバルトの名作だ。
しかし、60〜70年代に名をはせたアバルトといえば、「フェラーリなにするものぞ」の気迫を感じさせるスモール・フィアットの熱血チューナーだった。それがなぜ今になってハイソなスーパーカーにスリ寄っちゃうの!? なんていうのは年寄りの繰り言だ。アバルトは、とっくにフィアットの1ブランド、いや1グレードに過ぎない存在になっている。とはいえ、フィアットのスポーツ事業部として可能性は大きい。WRC参戦なんて話もある。使えるものは使って、ここで一気にサソリマークのプレゼンスを復興させたい、その広告塔がフェラーリのエンブレムを付けた限定版アバルト・フィアットというわけだ。
ベースはもちろん「アバルト500」。1.4リッター4気筒ターボの基本は同じだが、パワーは135psから180psに、トルクは21.0kgmから25.5kgmに大幅アップしている。そこにフェラーリがどうコミットしたのかは明らかにされていないが、確実なことはこのピッコロ・フィアットが、「フェラーリを名乗ってもいいよ」と言われていることである。
痛快なドッカンターボ
5段MTのアバルト500と機構的にいちばん違うのは変速機である。695には"アバルト・コンペティツィオーネ"と呼ばれる2ペダルの5段自動MTが装備される。おなじみフィアットの"デュアロジック"をスポーティにチューニングしたもので、シフト操作はパドルスイッチのみで行う。カーボンのセンターフロアにセレクターはなく、代わりに「1」(前進)や「R」(後退)や「N」(中立)と書かれたボタンが並ぶ。知らないと最初はお手上げだが、F1ギアのフェラーリに乗ってる人なら迷わない。デザインもそっくりだ。
革の匂いが立ち込めるコクピットでエンジンをかける。音はいきなり生意気だ。4本出しマフラーから漏れるアイドリングの排気音も"咆哮(ほうこう)"という感じだ。
しかし、そのわりに発進加速は大人である。弾けるように飛び出すかと思ったら、そうでもない。過給圧を高めたこのエンジンは4000rpm手前あたりから一気に吹きあがるが、そこまではむしろおとなしい。2ペダルだと、回転を上げておいてクラッチをつなぐドラッグスタートはきれない。でも、そのおかげで前輪が暴れることはないし、トルクステアに見舞われることもない。タダのFF・2輪駆動で180psを御せるのだろうかという心配は、大方、この変速機が消し去ってくれている。1696台すべてを2ペダルでつくったのは正解だと思う。
一方、4000rpmからのターボキックは痛快の一語に尽きる。エコのために牙を抜かれた最近のターボをせせら笑うような"ドッカンターボ"である。シングルクラッチとはいえ、変速スピードはデュアロジックよりも明らかに速い。
なにもかもが非現実
「足まわりは硬い。以上」と言いたくなるような硬さである。アバルト500よりパワーは3割以上増えたのに、車重(1120kg)は10kgしか増えていないのだ。エンジンの速さに追いつくために、とりあえずシャシーはギュッと締め上げてみましたというところだろう。もう少ししなやかにサスペンションが動くと、コーナリングはもっと楽しめそうだが、もともとエンジン屋さんだったアバルトらしいという見方もできる。
17インチのヨンマルが伝える乗り心地にイヤな硬さはないが、揺れ方はやはり「どこでもピットレーン」的だ。しかし、このクルマはまさにそうした非現実性こそが魅力である。速さや乗り心地だけでなく、ルックスも、価格も、あるいは2個も付いてくる革の旅行バッグもしかりだ。アバルト500のすばらしい出来を考えると、569.5万円はちょっと高すぎるかなと思ったが、フェラーリにしてみれば、300万や400万で売るクルマにエンブレムは貸せまい。
アバルトにとって、日本は世界で5番目の得意先である。欧州以外では今でもいちばんサソリ好きの国に、このクルマは150台が割り当てられた。しかし、発表から1週間で完売、と伝えられたが、こんなご時世とあって、実はキャンセルもチラホラ出ているらしい。150台とは別枠の広報車両が用意されたのも、そんな事情によるようだ。"FFのフェラーリ"が欲しい人は、いますぐディーラーに走るべし。伝え聞くところによると、納車第1号の行く先は、世界でいちばん有名な日本人大リーガーらしい。
(文=下野康史/写真=荒川正幸)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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