第195回:「シトロエンC3」から「ロータス」まで デザイナー・ココさん、ココにあり
2011.05.27 マッキナ あらモーダ!第195回:「シトロエンC3」から「ロータス」までデザイナー・ココさん、ココにあり
「シトロエンC3」生みの親
「ドナート・ココ」と聞いて、すぐピンとくる読者は、カーデザイン通かシトロエン通に違いない。
ドナート・ココはイタリア人のカーデザイナーである。1954年に南部プーリア州に生まれた。長靴型半島のかかとの部分といったら、おわかりいただけるだろうか。今年57歳である。
これまでの彼の歩みはユニークだ。
インテリア建築の勉強からスタートした彼は、その後フランス・ブザンソンの美術学校で彫刻とグラフィックアートを学ぶ。プロのデザイナーとしてのスタートは1970年代後半、20代半ばのことで、グラフィック・デザイナー&イラストレーターとしてだった。以前イタリア誌のインタビューに語ったところによれば、子供向け絵本にも携わったという。
さらにインダストリアル・デザイナーとして、スポーツグラス、スキー用品なども手がけた。その後カーデザインの殿堂・英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アートに入学。1984年、30歳で学位を取得する。
あるコンペでの優勝を機にシトロエンに入社したココは、やがて小・中型プラットフォームのチーフデザイナーに就任。1999年「クサラピカソ」、2002年「C3」と、次々にヒット作を飛ばした。さらに、2003年「C3プルリエル」および「C2」、2005年「C1」、そして当時のスポーツ&ラリーモデルのデザイン開発にも携わった。
ココの代表作である初代C3に関して個人的な思いを記せば、それ以前に「サクソ」「エグザンティア」と、シトロエンにしては没個性的なスタイルが続いたこともあって、C3のスタイルはボクの目にかなり大胆に映ったものだ。にもかかわらず、欧州各国で大ヒットした。ちなみに初代C3は2代目C3が登場したあとも、欧州では「C3クラシック」の名で2010年まで継続販売された。
フェラーリを経てロータスへ
数年前のことだ。しばらくココの名前を聞かないな、とボクが思っていたら、あるイタリア人関係者が「彼はフェラーリに行ったよ」と明かしてくれた。慌てて調べてみると、ココは2005年末にシトロエンから、なんとフェラーリにデザイン・ディレクターとして移籍していた。フィアット−ランチアに移ったフランク・ステファンソンの後任ポジションに就くかたちだった。
フェラーリにおけるココは、ピニンファリーナと連携しながら「430スクーデリア」「599XX」「599GTO」そして「458イタリア」をまとめ上げた。
さらにココは、もう一度欧州の自動車ウォッチャーを驚かせた。
2009年12月、今度は英国ロータス・グループのデザイン・ディレクターに就任したのだ。ロータスによる大規模なヘッドハンティング作戦の一環として、ココに白羽の矢が立てられたのだった。
ロータスといえば2010年のパリショーにおける“次世代モデル6台同時発表”の記憶が新しい。あれこそまさにココの初仕事であった。
欧州のカーデザイナーが次々と移籍するのはそれほど珍しいことではない。だがフェラーリ、ロータスとプレステージあるブランドのデザイン部門トップに次々就任したことで欧州の自動車業界に衝撃を巻き起こした。駄じゃれこの上ないが、「ココさん、ココにあり」というムードだった。
ココ氏に会う
そのココ氏に先日、イタリアのコモで会うことができた。BMWグループが主催したイベント「デザイントーク」の会場である。
出発点は彫刻家、その後フェラーリ、ロータスと電撃移籍を繰り返した人物と知るだけに、いきなり「ゲージュツは爆発だア!」などと言われたらどうしよう、と少々緊張して臨んだ。だがココ氏本人は極めて物腰穏やかな人だった。
ボクには以前から聞きたかった質問があった。
「シトロエン2CV」や「DS」を手がけた伝説のスタイリスト、フラミニオ・ベルトーニ(1903-1964年)についてである。ベルトーニは、イタリアで生まれながらパリに渡ってシトロエンで活躍し、彫刻家でもあった。ココ氏とあまりに共通点が多い。ベルトーニについて、どのような思いを抱いているのだろうか。
するとココ氏は、開口一番にこう答えた。
「彼はマーゴでした!」
イタリア語の「mago」は「達人」という意味だが、「魔術師」というニュアンスもある。そのうえでココ氏は
「私は彼の作品に少なからず影響を受けました」と証言する。
ココ氏が手がけた初代C3は、2CVを思わせる形だけでなく、まさにベルトーニへの思いが込められているのだ。
ただしそのベルトーニに関して、ココ氏は残念なことがあるという。
「彼の時代は、カーデザイナーがこうやってインタビューを受けたり、発言したりする機会がなかった。偉大な仕事をしながらもスタイリストの地位が今のように高くなかったのです」
その話を聞いて、ボクがとっさに思い出したのは音楽家である。
18世紀まで西洋の作曲家や演奏家は、教会や宮廷においていわば職人扱いであり、時代によっては馬の世話係と同じ地位であったといわれる。彼らの地位が向上していったのは、教会や宮廷・貴族の権力が弱まっていき、音楽家が一般市民を相手に作品を発表するようになったからだ。ちなみに初の著名フリーミュージシャンはベートーベンだった。
今日カーデザイナーの大半は依然会社員という宮仕えの身であることに変わりはない。だが、自動車の大衆化とメディアの多様化によって、より立場や仕事が認知されるようになったのは、社会体制の変化と大劇場という“メディア”を背景にした音楽家の地位向上と似ている。
彼こそ「魔術師」
ところで、ココ氏に会った会場で先に行われていたディスカッションでのこと。「未来の自動車デザインのあるべき姿は?」という司会者の質問に、ココ氏は「今や携帯電話やモバイルフォンの力で政権崩壊を起こせる時代です」として、クルマ単体のテクノロジーだけでは語れない時代を示唆した。
とかくパフォーマンス色の強いロータスという会社のチーフデザイナーにありながら、時代を振り返り、今の時代を冷静に分析するココ氏の姿勢に軽い衝撃を覚えた。
それにしても、コンパクトカーを大成功に導いたかと思えば、まったく対照的なスーパースポーツカーのディレクションをこなす。それも自己主張強き人が多いこの業界で、涼しげな顔をして。ココ氏こそ「魔術師」ではないかと思えてきた今日このごろである。
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=Citroen、Ferrari、大矢アキオ)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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