第194回:健闘「やきそばスパゲティ」カー!? その奇襲作戦とは
2011.05.20 マッキナ あらモーダ!第194回:健闘「やきそばスパゲティ」カー!? その奇襲作戦とは
イタリアの意外なヒット車
最近イタリアの路上で少しずつ見かける頻度が高くなった意外なクルマといえば「dr」である。「dr」とは何ぞやというところから、まず説明する必要があろう。
drはイタリア南部モリーゼ州イゼルニア県に本社を置く、「drモーターカンパニー」という企業が2006年から展開している自動車ブランドである。中国・奇瑞(チェリー)汽車製のプラットフォーム/ボディパネルおよびパワートレインの大半をイタリアの工場で組み立てている。いわゆるノックダウン生産に近いが、欧州製パーツも使用して、ある程度のローカルコンテンツを確保している。シャシーナンバープレートも「イタリア製」となる。
現行ラインナップは以下の通りである。
「dr1」:1.1&1.3リッターのシティカー。奇瑞の1ブランドである「瑞麒M1(リーチM1)」がベース。
「dr2」:1.3リッターのコンパクトカー。奇瑞の「A1」がベース。
「dr5」:SUV。奇瑞の「瑞虎(ティゴ)」がベース。
いわば両国メーカーの共同作業の成果であり、いわば「やきそばみたいなスパゲティ」といったところである。
目下人気車種は最小モデルのdr1である。どのくらい勢いがあるかというと、2010年12月にイタリア国内で701台の登録を記録。セグメントAで「トヨタiQ」や「ルノー・トゥインゴ」を抜いて10位に入った。年間登録台数も3153台に達し、「フォルクスワーゲンFOX」を抜いた。
参考までに価格は付加価値税込みで8330ユーロ(約97万円)である。ルノーグループのローコスト車「ダチア・サンデロ」が1.2リッターで6950ユーロだから、けっして安くはない。
ただし、より都市部の駐車や古い車庫でも不便がないよう、少しでも小さなサイズのクルマを求めるイタリア人ユーザー層に、dr1はそれなりの訴求力を発揮しているようだ。保険や税金も安い。昔の欽ちゃんの言葉を借りれば「どっちが得か、よーく考えてみよう!」である。
堅実な企業
drモーターカンパニーとは、そもそもどのような会社だったのか。同社の始まりは、マッシモ・ディ・リージオという人物が1990年代にモリーゼで創業した、フィアットをはじめ複数のブランドを扱う自動車ディーラーである。drとは「di Risio」のイニシャルだ。参考までに彼は、アメリカのスーパーカーブランド「サリーン」の欧州ディストリビューター事業も開始した。
ディーラー専業時代のdrモーターカンパニーと取引をしたことがあるという自動車関係者は、筆者のインタビューにこう語る。
「彼の会社が得意だったのは、電力会社やレンタカー会社からの払い下げ車両の販売でした」
そのうえでこう回想する。
「当時私は自分の販売店で売るため、電力会社の払い下げバンやトラックを買いにdrへ行ったものです。私にとっては初めての南部ビジネスマンとの商取引で少々緊張しましたが、実際は極めて誠実な会社でしたね」
ボクも2010年のジュネーブショーで、創業者のディ・リージオ会長に会見したことがある。後発で自動車製造に参入を試みたという経緯から、フェルッチョ・ランボルギーニのような破天荒なイメージの人物を想像していたボクだが、本人はビジネスマン然とした人だった。
販売代理店60店に対し、指定サービス工場は95拠点を配備してアフターケアに万全を期すこと、それらがすでにイタリア国内地域の78%をカバーする(データは当時のもの)に至ったことを極めて冷静に解説してくれたのを覚えている。
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ディーラー訪問
drといえぱ近頃、わが街シエナのあちこちでカッティングシートによる巨大ロゴが貼られたdr車を目撃するようになった。ロゴの中に価格が書かれているものもある。マクドナルドの前や旧市街に入る城壁の脇、市営薬局の前など、いろいろなところで目にした。
知り合いの元自動車ディーラー経営者に話すと、
「ああ、俺も昔はよくやったものよ。村祭りとか病院の駐車場に、車名と販売店名を大きく書いたクルマを置いておくんだ。広告料金要らずで、かなりの好効率で集客できたよ」と教えてくれた。ボクもそういう作戦だ、と思っていた。
その話題はひとまずおいて、ボクの街にもdrディーラーがあることを知って訪ねてみることにした。所在地を頼りにクルマを走らせると、実は市街地から10kmも離れた工業団地の中だった。drのローコストな感じとマッチしている。
店舗を見ると、もともと三菱を販売していた店が、新たにdrを併売し始めたことがわかった。ついでに中国・東風小康(ドンファンウェルス)製の、なんちゃってBMWのような軽トラック「ヴィクトリア」も外に並べてある。drロゴが印刷された看板は実はポリスチレン製の板で、ステープラーでとめているだけだ。これもローコストっぽさがあふれている。
しかしショールームで迎えてくれたのは、「前はホンダの店で働いていました」という、ローコスト車のイメージとは対照的に好印象のセールスマンだった。
ショールームにあったのは、前述のコンパクトカー「dr2」だった。内装のフィニッシュはdr車の出始めよりも格段に向上していて、操作感ともに価格からすれば十分といえる。さらに展示車はイタリア・ボローニャの皮革ブランドによる本革シートが付いているハイグレード仕様だった!
ちなみにdr車ユーザーの大半は女性で、そのなかには免許取り立ての人も多く含まれるという。
車両価格が11万円引き!
「例の街に置かれた、お宅のゲリラ宣伝カーは?」
ボクは忘れず聞いてみた。だがセールス氏は「あれは当社のじゃありません。お客様のクルマです」と答える。
「だって、見るからに宣伝ですよ」ボクは突っ込んだ。それに対する彼の説明からは、想像をはるかに超える事実が浮かび上がった。
「広告を貼って1年間走ってくださる方には、車両本体価格から1000ユーロ(約11万5000円)の値引きをしているのです」
これは現在、drディーラー全体で実施している戦略という。パリなどで、自分のクルマにスポーツウェアや食品のラッピング広告をするとお金がもらえるシステムは知っていたが、メーカー自らが行うとは。
思えば2007年、drが初のモデル「dr5」を市場投入したときも、まだなかったディーラー網のかわりにスーパーマーケットチェーンのみで展示・受注活動をしてマスコミの話題をさらったものだ。彼らの奇襲作戦は、まだまだ続いていたのである。
そうか、車両価格まで書いてあるのは少々恥ずかしいが、広告1年貼るだけで11万円引きか……。
drのショールームを後にしながら、このキャンペーンが広く拡散してくれることをひそかに願っているボクであった。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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