第619回:映画『007』シリーズに登場するボンドカーに試乗 世界一有名なスパイが愛したアストンマーティンの秘密とは?
2020.05.27 エディターから一言 拡大 |
映画『007』シリーズに欠かせない存在であるボンドカー。アストンマーティンは1964年公開の『007 ゴールドフィンガー』以来、その重要な“役どころ”で多くの作品に出演している。今回、最新作に登場した“ホンモノ”に英国で試乗。ボンドカーの知られざる秘密に迫った。
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試乗車は『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の劇中車
「殺しのライセンス」をもつイギリス秘密情報部MI6の工作員ジェームズ・ボンドが活躍するイアン・フレミング原作の映画『007』シリーズの最新作、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』。COVID-19の影響で日本公開が2020年4月から同年11月20日に延期となってしまったが、シリーズ通算25作目となる本作は、『007 カジノロワイヤル』以後6代目のボンド役を担ってきたダニエル・クレイグが、主演を務める最後の作品となる。
『007』の魅力といえば、物語のあちらこちらにちりばめられたトリックの数々だ。中でも「ボンドカー」と呼ばれる秘密兵器を満載したボンドの愛車は、時として主役を食ってしまうほどの活躍を見せることでも知られている。アストンマーティンは1964年公開の『007 ゴールドフィンガー』以来、ボンドカーの代表的存在としてさまざまなモデルがスクリーンを彩ってきた。
そのアストンマーティンの歴代ボンドカーに試乗できるというオファーが届いたら……果たして断る理由なんてあるだろうか?
舞台となるのは英国シルバーストーンサーキットのインフィールドにある、全長1.7kmほどのストウサーキットと呼ばれるテクニカルコースである。実はここは、アストンマーティンが専有で借り受け、各種テストを行っている場所なのだそうだ。場内には偽装を施した「DBX」のプロトタイプが文字通りウジャウジャといて、いやがうえにも気分が盛り上がる。
今回試乗するのは『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』で実際に使用した劇中車ばかり。驚いたのは、そんな貴重なモデルを先導車もつけずに単独で思う存分走っていいということだ。しかも何回でも「おかわり」は自由。これを役得と言わずして、なんと言おうか!
実勢価格1億円以上
トップバッターを飾るのは、ボンドカーのアイコンというべき「アストンマーティンDB5」だ。『007 ゴールドフィンガー』ではイジェクトシートや防弾板、マシンガン、オイル散布装置などのガジェットが付いていたが、これは1963年式のフルオリジナル車である。聞けばこのDB5は、映画製作会社イオン・プロダクションの所有車で『007 スカイフォール』にも出演した経歴の持ち主だという。
完璧といっていい素晴らしいレストアが施された個体ということもあり、DB5を動かすこと自体は難しくない。キーをひねれば一発でエンジンがかかるし、低回転からのトルクも厚いのでクラッチミートも難しくない。ダンロップ製のディスクブレーキもサーボ付きで制動力、コントロール性ともに抜群だ。
しかし映画の中のように素早く走らせるとなると話は違ってくる。ハンドリングは終始頑固なアンダーステアなうえにノンアシストのステアリングは岩のように重いのだ。
その解決策はただひとつ。60年代の流儀に倣って「スロットルで曲げる」ことだ。最初のうちは頭の中に「実勢価格1億円以上」という文字がちらついてちゅうちょするが、最高出力284PSを発生する4リッター直6 DOHCのレスポンスもいいので、慣れてしまえばコーナーで軽くリアを滑らせながらのハイスピードドライビングを楽しむことができる。
とはいえ、映画の予告編で流れているような派手なアクションをするのは無理というもの。事実『007 ゴールドフィンガー』ではカーチェイスのシーンを早送りにしているくらいだ。では本作ではどうやって撮影していたのか? その答えは散々走り回った後のピットレーンで待っていた。
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スタントカーの中身は別物
DB5とのつかの間のランデブーを楽しんでピットに戻ると、そこにはもう1台のDB5が止まっていた。カラーリングはもちろんのこと「BMT 216A」というレジスターナンバーまで一緒である。でもよく見ると室内に屈強なロールケージが張り巡らされているのが見えた。
「これは映画のために製作されたスタントカーです。外観はDB5そのものですが中身は現代のテクノロジーで作られています」と教えてくれたのはアストンマーティンのスペシャルプロジェクト部門のエンジニア、ベン・ストロング氏。今回の撮影にあたり車両の手配を担当した張本人だという。
これまで何台ものDB5に触れて、それなりの経験をもっていたつもりだったが、スタントカーと本物を見分けることは、かなり難易度の高い「間違い探し」だ。じっくり見るとスタントカーはリアクオーターウィンドウが奥まって付いている気がしなくもないが、2台を並べても外観上の違いはそれくらいだ。
「ボディーパネルはカーボン製で本物からスキャンしたものです。撮影で傷ついた時でもすぐに交換できるようになっています」。ストロング氏によると前後ダブルウイッシュボーンのサスペンションを備えたスペースフレームシャシーは、プロドライブの協力を仰いで開発されたもので、エンジン&ギアボックスも現代のもの(詳細はシークレット!)が搭載されているという。
サイドシルに貼られたプレートを見ると、シャシーナンバー008と書いてあった。聞けば撮影用に8台が作られ、中には車内で役者が演技をしながら走行シーンを撮影できるように屋根にスタントマン用の運転席を付けたものもあったそうだ。
これが乗ると実に痛快! 自然吸気エンジンはトルクも厚くてパワフル。クロスレシオの4段MTとの相性も抜群で、あっという間に120km/hを超えるほど速い! 唯一ノンサーボのブレーキだけは慣れるまで注意が必要だが、ゴーカートのようにダイレクトなハンドリングのシャシーは、軽くてバランスもよく、ドリフト走行も意のままなのだ。
これぞ正真正銘のボンドカー! 映画が公開されたら、どのシーンが本物で、どのシーンがスタントカーなのか? スクリーンでじっくりと確認するのも面白いかもしれない。
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レーシングマシン譲りの心臓
誤解を恐れずに言えば、2台のDB5の後に控えていた「V8」については、正直なところ何も期待していなかった。なぜならV8(デビュー当初は「DBS V8」という名称だった)は、経営状況、プロダクトのクオリティーともにアストンマーティンの暗黒期というべき1970~80年代の作品であるからだ。実際、過去に触れたV8はいずれも完調には程遠かった記憶しかない。
「B549 WUU」のレジスターナンバーをもつV8は、ティモシー・ダルトン主演で1987年に公開された『007 リビング・デイライツ』でも使用した「シリーズ4」だ。映画の中ではレーザーカッターやミサイル、スキーにロケットブースターなど、DB5顔負けのさまざまなガジェットを装備していたが、これは通常のシーンで使われたということで基本的にノーマルの状態だった。
ノンレストアということでDB5のようにピカピカではないものの、内外装ともに素晴らしいコンディションに保たれていたV8。よく見るとセンターコンソールに劇中で警察無線を傍受したフィリップス製のカーオーディオが残されていたのには、ちょっと感動した。
さらに感動したのは、その走りっぷりだ。ノーズに収まるのは、1967年のルマン24時間レースに出場した「ローラT70アストンマーティン」に搭載された5リッターV8をルーツにもつ5.3リッターV8 DOHCなのだが、繊細なレスポンス、湧き上がるパワーとトルク、乾いたエキゾーストノートともに絶品なのだ!
加えてしなやかに粘るド・ディオンアクスルのリアサスペンションをもつシャシーの出来がまた素晴らしい。決してクイックではないのだが、思いっきり振り回せる豪快なハンドリングは病みつきになる。これなら国境警備隊の追跡を逃れ、雪中で大立ち回りを見せたシーンにも納得がいくというものだ。
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ボンドは一流を好む
『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』には、DB5、V8のほかに現行アストンマーティンのフラッグシップである「DBSスーパーレッジェーラ」も登場する。まだ公開前なので、どういう役回りをするのかは定かではないが、ジェームズ・ボンドに変わって新しい「ダブルオー」のコードネームを得たラシャーナ・リンチの愛車という設定らしい。
驚くべきは、内外装ともに黒一色でまとめられたDBSスーパーレッジェーラが、ゲイドンの生産ラインから出てきたままの、まったくのスタンダード仕様であるということだった。手を加えたのは、撮影の時だけ派手なアクションシーンを撮るためにトルクベクタリングをカットしたことだけ(もちろん試乗時には元に戻っていた)だという。
これまで何度か公道で試乗して十分そのすごさは理解していたつもりだったが、あらためてサーキットで試すDBSスーパーレッジェーラは圧倒的だった。725PSを絞り出す5.2リッターV12ツインターボはアクセルを踏む限りどこまででも加速していきそうなほど、とめどなくパワーがあふれ出してくる。わずか1.7kmのストウサーキットでは持て余すくらいだ。
それでいてコーナーではスッとノーズが入り、ピターっと安定した姿勢のままクリアする。その動きはまるでライトウェイトスポーツのようで、とても全長4.7m、車重1.8tの巨体を運転しているとは思えない。
広報のソフィー氏によるとダニエル・クレイグがいたく気に入り、彼のアドバイスによってDBSスーパーレッジェーラの出演シーンが増えたという。個人的にも今回、歴代モデルに一気乗りしたことで何事にも「一流」を求めるボンドが、歴代ボンドカーにアストンマーティンを最も多く選んでいる理由がわかった気がした。
(文=藤原よしお/写真=アストンマーティン・ジャパン)
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藤原 よしお
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