ケータハム7 ロードスポーツ300(FR/5MT)【試乗記】
征服感を満たすもの 2011.05.15 試乗記 ケータハム7 ロードスポーツ300(FR/5MT)……532万1900円
英国生まれの伝統的スポーツカー「ケータハム7」に試乗。シンプルでユニークな車体がもたらす、その走行フィーリングをリポートする。
いま乗れるよろこび
“スーパー7”との邂逅(かいこう)は、懐かしくもある。
現代の排ガス規制をクリアできても、ボディの安全性などは難しい問題だ。当時の姿のまま、今この時代に生き延びていること自体が奇跡に近い。これも先人が築きあげてきた過去の実績や、あくまで公道で乗ろうとするエンスージアストの情熱が実を結んだ結果だろう。
その昔、『CAR GRAPHIC』誌の編集部にいたころ、いろいろなスーパー7をよくテストしたことを思い出す。
パワーをどんなに上げていっても、一向に伸びない最高速度や縮まらない0-400mのタイム。空気抵抗の大きさは、エンジンの回転数とギア比の計算値から得られる“可能性”を証明させない。軽い重量は、トラクションをも減殺する。だから、平坦路よりもバンク内の縦Gが掛かった状態のほうが速い場合もあった。「軽ければ軽いほど加速がいい」とは言えないのだ。某誌の企画でカリカリのスペシャルバージョンをテストした際、そのチューナーはタイムの計測結果に疑問を持ち、「おかしいな?……」と言って自分で乗り込み、ついに生け垣の中に突っ込んでしまったこともあった。
タンクのガソリンはミニマム、スペアタイヤも外してあったが、それらはマイナス要素でしかない。事情を聞いてガス満タン、スペアタイヤだけでなく2名乗車で計測したら、そこから簡単に1秒、計測タイムは縮まった。また、1速2速など、低いギアで目一杯引っ張ればいいってもんでもない。「早めに3速に入れて、400m通過付近で160km/hを超える」という辺りが一番速かったと記憶する。
“意外”のオンパレード
久しぶりにコクピットに滑り込むと、何もかもがピッタリと体を包んでくれ、フィット感は上々。だが反面、自由もない。「しまった。靴は、もっと細身のレーシングシューズで来るんだった」と後悔する。ヒール・アンド・トウはやりやすいものの、クラッチを切る時でさえ、ブレーキペダルからはみ出た靴先に触れてしまう。
ステアリングの支持に若干のガタがあるのは、不安材料だ。それでもジョイントアングルによる操舵(そうだ)力や角速度の凸凹変化が少なくなったことは進化。ペダルの踏み応え、エンジンや駆動系のマウント、ギアシフトの剛性感など、何となく全体がしっかりした印象に好感をもってスタートする。
ノンアシストのステアリング操舵力は、現代の基準をもってすれば重いが、もともと前輪重量は280kgしかなく、ステアリングホイールそのものも小径ゆえに、動作は少なくて済む。クラッチミートは、それこそダイレクト。微妙なつながり具合が感覚的に伝わってくるから、エンストすることはなさそうだ。それにエンジンの低速トルクも十分で、アイドリングでつないでも問題ない。さらに、回転計の数字を確認するまでもなく、排気音の変化は嫌でも耳に入ってくる。
加速タイムの計測例を持ち出すまでもなく、1速はホイールスピンを抑えるのにひと苦労、2速での加速は瞬時に吹け上がる感覚で、スロットル操作と加速Gの関係からいえば、3 速が一番パワー感が得られる。そうして一旦動き出してしまえば、550kgとボディが軽量なこともあり、1500rpmも回っていれば5速の守備範囲。巡航状態での低燃費を約束する。ちなみに今回の取材で走った合計164.4km(高速道路6:一般道4)の総平均燃費は、12.6km/リッターという良好なものだった。
街乗りもオーケー
スパルタンな乗り心地こそスポーツカーにふさわしいとする説もあるが、このスーパー7こと「ケータハム7 ロードスポーツ300」の乗り心地は、見た目ほど悪くはない。
エイボンの「ZV3」というタイヤは、このクルマの標準銘柄であり、グリップはサーキットユースのレベルにはないが、こうした軽量車の挙動を考えると、ある点から唐突にグリップを失いスピンを誘うハイグリップタイプよりも、徐々に滑り出す性格こそ求められる。少なくともこの新品時の溝があるうちは踏面の当たりも十分ソフトで、目地段差などのハーシュネスの点でも、街乗りを許容できる。
独立したサイクルフェンダーが、タイヤの上下動と同じに動いて路面の凸凹を吸収していく。長めのホイールベースの後方に居ながら、続いて後輪が動くまでの間に、突き上げなどの予測ができる。それもまた楽しい。
このクルマに乗っていて一番気を付けなければならないのは、他車から存在を認識してもらえないということだ。とくに、大きなトラックやダンプカーなどの運転席からは見えにくいようで、交差点で止まっているとギリギリまで詰め寄られ、威嚇される。「見えていないぞ」というアピールなのかもしれない。
だから、並走していても絶えず相手のミラーに映ることを意識していなければならない。法的なリミットは遵守しなければならないけれども、一定速度で走行するよりは、絶えず加速減速を繰り返して活発に動いている方が安全なような気もする。そうすることは絶対的な高速域まで飛ばさなくとも、スポーツ走行の気分もまた満たされる。
一番楽しい廉価版
そうでなくとも、風にさらされていること自体、十分に爽快な気分を味わえる。今回意外に思ったのは、降りる時にシートをみても小砂利などもたまっておらず、顔も頭髪もそれほど汚れた実感がなかったことだ。マスクもしなかったが、排ガスの匂いも思ったほどひどくはない。それだけ道路が奇麗になってきているということだろう。それは、ケータハムに乗る環境が整いつつある、ということにも通じる。
この「ロードスポーツ300」の価格は、493万5000円。120psの1.6リッターエンジンを積むエントリーグレード「ロードスポーツ200」で405万3000円。このほか「CSR300」という、サスペンションのコイル/ダンパーをF1マシンのようにボディ内部に収納したタイプとか、重量を515kgまで軽減した「スーパーライトR300」、さらに「スーパーライトR500」という506kgに263psを組み合わせたものまである。
でも、筆者のお薦めは廉価版だ。これで十二分にケータハムの魅力は味わえる。エンジンの最高出力は、このクルマにとって最後に求めるもの。パワーを抑えて走ることに努力するよりも、全開にして引き出して走る方が数倍楽しいことは言うまでもない。スポーツカーは主観の乗り物。征服感を満たすにはコレ。クルマに乗せられていては、ストレスも生まれる。ただ、世の中には暴れ馬を手なずけるロデオのようなスポーツもあるから、R500ではもっと強烈な面白さが得られるのかもしれない。
(文=笹目二朗/写真=郡大二郎)
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笹目 二朗
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