イスラエルのベンチャーが日本企業とタッグ EVプラットフォームがもたらす革新とは?
2020.08.03 デイリーコラムEVプラットフォームを手がけるイスラエルの新興企業
さる2020年5月21日、イスラエルの電気自動車(EV)用プラットフォームメーカーであるREEオートモーティブが、日本のサスペンションおよび油圧機器メーカーのKYBと戦略的パートナーシップを結ぶことを発表した。
中東のシリコンバレーと呼ばれるイスラエルはスタートアップが多いIT大国で、世界中のイノベーションをもくろむ企業から引く手あまたの状態になっている。自動車業界で有名なのがADAS(先進運転支援システム)関連のモービルアイ。画像処理アルゴリズムの優れた技術は、衝突被害軽減ブレーキやアダプティブクルーズコントロールなどに活用されている。例えば日産やマツダが搭載するシンプルな単眼カメラのシステムが見事な性能を発揮するのは、モービルアイのチップがあってこそ。視差のない単眼カメラで物理的な距離測定はできないが、画像処理でそれを行っているのである。イスラエルは周辺諸国との緊張関係があることから軍事技術に長(た)けていて、モービルアイの技術もそれが由来である。異分野からの技術転用で交通安全に寄与しているわけだ。
さて、今回KYBとの提携を発表したREEオートモーティブは2013年に創業。ダニエル・バレルCEOにリモートインタビューさせていただいたところ、どこもやっていない技術を盛り込み、CASEを視野に入れたEV専用プラットフォームの開発を目的としているという。CASEとは「Connected(コネクテッド)」「Autonomous(自動運転)」「Shared & Services(シェアリングとサービス)」「Electric(電動化)」の頭文字を連ねたもので、彼らはそこにプラットフォームの“PL”を足した“PLACES”の実現を目指している。
ホイール内に駆動・制動・操舵・緩衝の機能を集約
REEオートモーティブのEVプラットフォームは、スマートフォンのようなバッテリーパックの四隅にタイヤが付いている“だけ”のような見た目をしている。フォルクワーゲンの「MEB」など、EVプラットフォームの多くは似たような格好をしているが、REEのそれが大きく異なっている点は、モーターをはじめとするドライブトレインやステアリング機構、サスペンション、ブレーキといったユニットが見あたらないことだ。
実はこれらは、「REE corner」と呼ばれるホイールアーチ内にすべて内包されている。タイヤを外すと現れるREE cornerは、電気モーター、ステアリング機能(バイワイヤ)、ブレーキ機能(バイワイヤ)、サスペンションが一体化されたユニットで、それぞれが完全に独立している。すべてがメンテナンスAIによって監視されていて、故障などの障害を事前に察知することが可能。OTA(オーバー・ジ・エア=携帯電話用電波などによるオンライン)で修理やアップデートを行うので走行不可になる可能性は低く、メンテナンスコストも下げられるという。
また、それぞれのREE cornerにステアリングやモーターがあるということは、4WSも4WDも自由自在。サスペンションもコンベンショナルなものから可変ダンパー、車高も可変のアクティブサスまで選択可能で、供給先となる顧客の要望に応じていかようにもなる。
このREE cornerを、現在のところ5種類用意されているサイズ違いのシャシー兼バッテリーパックと組み合わせればEVプラットフォームが完成する仕組みで、究極のモジュール戦略ともいえる。バレルCEOいわく「レゴブロックのようなもの」だそうだ。既存の自動車技術とはまったく違ったユニットおよびコンポーネントであるところがイノベーティブで、だからこそスタートアップであるREEオートモーティブがやる意味があり、すべてにおいてお手本がなかったのでチャレンジングだったという。このプラットフォームを用いることで、従来のEVより重量は33%削減され、スペースは67%広くとることが可能となり、コストは33%改善されるとしている。
“EVプラットフォーム×自動運転”が生むビジネスチャンス
またREEオートモーティブはKYBのほかにも、多数の日本企業と深い関わりを持ち始めている。例えば2019年の東京モーターショーに出展された日野自動車のコンセプトモデル「FlatFormer(フラットフォーマー)」は彼らの協力によるもので、また三菱商事やNSK(日本精工)、MUSASHI(武蔵精密工業)とも提携している。NSKはベアリングなどの精機部品で、MUSASHIはギアやデファレンシャルなどの歯車系製品で世界有数の技術を誇るトップサプライヤーである。
REEオートモーティブのEVプラットフォームはもちろん乗用車にも活用できるのだが、一般的に乗用車メーカーはオリジナルにこだわる傾向が強いので、すぐに需要があるわけではない。それよりも商用車での実用化のほうが現実的だ。Eコマース(電子商取引)の発展によって物流ニーズが高まっているから、いわゆる“ラストワンマイル”までの配送を含むMaaS(Mobility as a Service)において活用される日は近いだろう。バレルCEOは明言を避けたが、小型の自動配送車やフラットフォーマーの市場投入が、そう遠くないことをにおわせていた。
またREE cornerを含むEVプラットフォームは自動運転にも対応。REEオートモーティブ自身が自動運転そのものの開発をするわけではないが、その機構を見るに、既存の自動車よりマッチングがいいのは間違いない。超高齢化時代に入って久しい日本では、自動運転へのニーズが高まっており、物流の分野でも改革の必要性が叫ばれている。そうした点でもREEオートモーティブのビジネスチャンスはありそうだ。
インタビューの最後、「技術大国でありながら保守的な日本と、イノベーティブなイスラエルでは文化の違いが大きく、戸惑うことはないか?」という問いに対し、バレルCEOは「両国とも長い歴史と伝統があるからか、長い目でものを考える文化が共通している」と回答。むしろ欧米よりやりやすいようなことを述べていた。リップサービスも含まれているかもしれないが、イスラエルと日本のタッグはかなり強力であるように思えてきた。
(文=石井昌道/写真=REEオートモーティブ、日野自動車/編集=堀田剛資)
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