第668回:【Movie】“シエナの狼”大矢アキオが送るイタリア式道路標識講座
2020.08.14 マッキナ あらモーダ!イタリア仮想ドライブをあなたに
本稿が公開されるのは、毎年8月15日にやってくる「被昇天の聖母の祝日」の直前。例年ならイタリアで夏休みシーズンが最も盛り上がりを見せるころである。
ただし、2020年は新型コロナウイルスの影響が影を落とす。イタリア宿泊施設・観光連盟のアンケート調査によると、夏休みを取るとした回答者は全体の46%にとどまり、そのうち96.2%は国内旅行だという。
こうした状況のなか、イタリアに住んで以来、望郷の念が皆無だった筆者も、心境の変化を自覚している。東京・神田神保町の古書店街や新宿「はやしや」の洋食、浅草「神谷バー」のデンキブランといった、いずれもささやかなものが、ふと懐かしくなる。
同様に日本の読者諸氏の中にも、イタリアに来たくても訪れることができない方々がいると察する。そこで今回は、少しでもドライブ旅行気分を味わっていたいただくために、交通標識にまつわる動画を撮影した。
ところで、1990年代を中心に日本の自動車雑誌では「イタリア人は運転がうまい」という説がはびこっていた。
確かに筆者も住み始めて間もないころは、イタリア人が運転するクルマに乗せてもらうたびにそう思えた。
アウトストラーダ(高速道路)では、最速の追い越し車線を低速で走ったり、逆に走行車線から抜いたりするドライバーは少なかった。
市内では、幅が狭くて標識は難解、なおかつくねくねした道を、彼らは極めて機敏に走っていた。
ただし、自分でも中古車を買って路上デビューしてみると、それらの理由がわかってきた。
アウトストラーダで車線のルールを守るのは、速いクルマと遅いクルマとの差が激しいためだ。
ドイツ製高性能車などは制限速度(典型的な主要路線で130km/h)を明らかに超過して走っている。いっぽう、初代「フィアット・パンダ」やキャンピングカーなどは100km/hに達していないクルマも多く見られる。そうしたなか、車線を適切に選択するのは、事故に巻き込まれないための最低限の自己防衛なのだ。
そうした意味では「運転がうまい」というのは正しい。
いっぽう市内で、イタリア人が複雑な街路を機敏に走ることを「運転がうまい」とするのは短絡的であることに気がついた。
彼ら、特に旧市街に住む人々の多くは、幼いころから同じ地域に住み続けていることから、いわばすべてのカーブや十字路、さらに出合い頭などで注意すべきポイントを心得ているのである。とりわけ歴史的旧市街では、一方通行などの規制が時々変わるくらいで、道の構造そのものが劇的に変わることはまれだ。バカンスの際も、親の代からなじみの避暑地に出掛ける人々が多いので、大して迷わない。
ゆえに、たとえ道路標識が複雑難解でも、そんなものを頼りにせず縦横無尽に走ることができるのだ。
実際、同じイタリア人でも、他都市に行くと急に運転が頼りなくなる人が少なくない。
かく言う筆者もしかり。市内を運転するときは、もはや「シエナの狼(おおかみ)」を自称できるレベルと考えている。いっぽう在住23年が経過しても、他の街では羊のごとくビビりながらステアリングを汗だくで握っている。
【イタリア式道路標識講座】
(文と写真と動画=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。