第682回:アルピーヌに思わぬ落とし穴!? イタリアの最新自動車プロモーション事情
2020.11.19 マッキナ あらモーダ!笛吹けどユーザーは……?
今回はイタリアのテレビやインターネットで見かける最新の自動車プロモーション事情をお話ししよう。
イタリアでは新型コロナ感染症のいわゆる第2波対策として、2020年11月から州ごとに3段階(イエロー、オレンジ、レッド)に分けた警戒レベルが導入された。
筆者が住む中部トスカーナ州は当初オレンジだったが、15日からは最もレベルが高いレッドになってしまった。通勤通学、それに食料品など生活必需品の購入を目的とした外出以外は罰則付きの禁止である。
そうしたなか、筆者も自宅でテレビを視聴する機会が増えてきた。自動車系スポットCMを観察していて、目下のところメーカーのイチ押し装備といえば、車線逸脱防止装置である。ボルボやシュコダといったブランドがアピールしている。
いっぽう、キミ・ライコネンを起用したアルファ・ロメオのシリーズCMの最新版では「アクティブブラインドスポットアシスト(後側方車両接近警報)」を強調している。
実際にイタリア人ユーザーと会話をしているかぎり、それらを「絶対欲しい」という声はいままで聞いたことはないが、メーカー側としては積極的である。かつての電動格納式ドアミラーのごとく、最初は多くの人が要らないと言っていても、そのうちデフォルト装備になるのだろうか。結果が出るにはもう少し時間が必要だ。
同様に各社がスポットCMで強調しているのがプラグインハイブリッド(PHEV)モデルである。ルノーの新型「キャプチャー」もそのひとつだ。
車内のカップルがEVモードのボタンを押すと、流れていたBGMまで突如止まり、静寂に包まれながら走行する、というストーリーである。そこにたたみかけるように「電気で走りたいときは、君が選べ」というナレーションが流れる。
イタリアでは2020年夏から自動車販売回復を目的とした環境対策車補助金制度が導入されたが、ガソリン車/ディーゼル車については、制度がすでに終了している。いっぽう、ハイブリッド車とPHEVに関しては、2020年11月現在も継続されている。
そのためメーカーとしては補助金によるフィーバーがひと段落した市場――2020年10月のイタリア国内自動車登録台数は15万9678台で前年同月比0.2%減――へのテコ入れを図るべく、今度はPHEVに期待している。
ただし、販売の第一線に立つセールスパーソンは、現時点ではPHEVを懐疑的な視線で見ているようだ。筆者は2つのショールームで調査したが、どちらでも「高額すぎていまだ極めて少数の新しいモノ好きの商品だ」という声を聞いた。参考までに、イタリアで「プジョー3008」のPHEVの新車価格は、一定以上の仕様だと5万ユーロ(約618万円)になる。人々が従来のプジョーに持つ価格帯イメージからは乖離(かいり)している。最大3500ユーロ(約43万円)の補助金対象だが、ガソリン仕様なら「BMW 3シリーズ」が買える値段になってしまうのだ。
ユーザーにとってPHEVがいまだ積極的な検討の対象になっていないことを実感したのは、知人のドメニコ君との会話である。
彼は従来型ルノー・キャプチャーを手放し、念願かなってその新型に乗り換えた。
もしやPHEVか? と思って聞けば、やはり選んだのは1.5リッターディーゼル仕様だった。
念のため、なぜPHEVを買わなかったのだ? と尋ねれば、「家との往復だけで毎日55km走行するし、両親はクルマで3時間のところに住んでいるから」と理由を教えてくれた。補足すればイタリアでは彼のように、たとえ別居していても毎週末に親元を訪ねて一緒に過ごす人が少なくない。
「キャプチャーPHEVの満充電からのEV走行可能距離(65km)は、充電する手間も考えると、あまりメリットがない」というのが結論だったらしい。
ただし、「次に買い換えるとき、もし市場が熟していたらPHEVにしたい」と語ってくれたのも事実だ。
どこで買えばいいんだ
イタリアの自動車広告に話を戻そう。
2020年秋から展開され始めたプロモーションで気になるものといえば、ずばり“新たに市場に参入するブランド”だ。
ひとつはクプラ。フォルクスワーゲン グループのスペイン法人であるセアトの新ブランドである。詳しくは連載の第635回をご参照いただきたい。
そのプロモーションがいよいよイタリアでも始まった。CMに登場するのは、クプラがオフィシャルパートナーを務めているFCバルセロナの選手たちだ。日本企業の楽天がメイングローバルパートナーの役を担っている、あのサッカーチームである。
登場するのは最新SUV「フォルメントール」だ。2020年のジュネーブモーターショーで発表されるはずだったが中止となったため、ショーでのお披露目なしで発売となった。「Formentor」とは、地中海に浮かぶマヨルカ島にある岬の名前である。親ブランドがスペインの地名を車名にしてきた伝統を継承した形だ。
選手の活躍する姿をバックに流れるナレーションは「100万分の1の確率しかないのに、なぜ挑戦するのか?」「夢が大きすぎるのに、なぜ挑戦するのか?」と語りかける。そして最後に「それがわからないから、彼らは(挑戦)するのだろう」と締める。
妙にポエム的な内容は、新興ブランドであるクプラが、自らに言い聞かせているようにも受け取れる。
ふと思い立って、第581回「大矢アキオの自由研究第2弾 スペイン・セアトの隠し玉に迫る!」の取材でお世話になったセアト販売店の責任者シモーネ・マルツォーリ氏に連絡してみる。すると、「まさに数日前に、クプラが来たところだよ!」と教えてくれた。
シモーネさんが働くショールームはいわゆる併売ディーラーで、1階が日産車、2階がセアト車の展示スペースである。クプラは2階の一角にコーナーを確保して、まずは1台、例のフォルメントールをディスプレイしたという。
こうした販売店の頑張りに対して、惜しいのは上述のCMである。クプラがどこで見られるか、つまりセアト販売店で見られるということに一切触れていないのである。
これはレクサスがトヨタと混同されることを避けているのと同じストラテジーであることは明らかだ。
ただしイタリアで、そのレクサスは一般ユーザーにいまだ十分認知されているとはいえない。そうした状況を考えると、クプラをセアトと切り離して認知度を向上させようというストラテジーは、かなりハードルが高いといえよう。
旧ダイムラー・クライスラーがスマートを投入した1990年代末とは異なり、CASEへの投資や新型コロナ対策に追われる自動車メーカーに、新しいブランドを周知するだけの資金的余裕はない。
もともとセアトのスポーツ仕様から発展したクプラゆえ、マイバッハをメルセデス・ベンツの高級バージョンとしたように、「いざとなれば再びセアトのスポーツ仕様に戻すことができる」と考えているのかもしれない。
30秒のCMながら、さまざまな思いをめぐらせてしまうのである。
伝説のブランドがいきなり
もうひとつ、この秋からイタリアでプロモーション展開が開始されたブランドといえばアルピーヌである。こちらはテレビではなく、“イタリア版日経新聞”とでもいうべき、『イル・ソーレ24オーレ』の電子版に広告として現れるようになった。
「A110」と「A110S」用が別々に制作されていて、「敏捷(びんしょう)さ・軽量性・コンパクト」といった文字に加えて「新しい操縦性の世界に生きよう」というキャッチが走る。
参考までに、イタリア国内価格はベースモデルである「ピュア」が5万8400ユーロ(約724万円)、5タイプの「カラーエディション2020」が7万2800ユーロ(約901万円。いずれも付加価値税を含む)となっている。
なお欧州9カ国(フランス、ドイツ、オーストリア、ルクセンブルク、スイス、イタリア、スペイン、ポルトガル、イギリス)におけるアルピーヌの販売は、2017年のブランド復活当初からルノー・リテール・グループ(RRG)が担当している。
RRGはルノー本社が100%出資する法人で、欧州13カ国でルノーとダチアおよび日産を扱ってきた販社である。アルピーヌの販売・アフターサービスのほか、イベント開催など、さまざまなプレミアムオファーを展開するとしている。
ただし、目下イタリアにはミラノとローマに1店ずつアルピーヌセンターがあるのみだ。拠点数で言えば日本よりも圧倒的に少ない。クプラとは違い、ルノーとの併売も行われていない。そうした意味では、前述の広告は復活の“のろし”といったところである。
実は、アルピーヌブランドの強化を打ち出したのは、2020年7月にセアトCEOからルノーCEOに転身したルカ・デメオ氏である。2021年からルノーF1チームをアルピーヌF1チームに名称変更することも発表している。
フィアット時代にアバルトを復活させたあとフォルクスワーゲンに移籍し、前述のクプラを企画しながら軌道に乗せる前にセアトを去ってしまった彼だが、アルピーヌをどこまで育てるのか、これからが腕の見せどころだ。
それはともかく、イタリアではマセラティやポルシェといった、かつて自動車専門誌でしかお目にかかれなかったブランドの広告が、近年はマスを対象にしたメディアで頻繁に見られるようになった。
そこにアルピーヌも加わったというわけで、長年自動車を追ってきた身としては、どこか不思議な感覚に襲われるのである。
ネット検索のワナ
話は変わるが、筆者は過去に「お前はビール会社で働いているのか?」と何度か聞かれたことがある。不思議に思って、ある日相手に尋ねたら理由が判明した。筆者が『朝日新聞デジタル』に寄稿していることを知った相手がインターネット検索エンジンに「asahi」と入力すると、イタリアではかなりの確率でビールの写真がヒットするのである。
自動車雑誌『NAVI』に寄稿していたころは、イタリアにあるヨットのブランドから丁寧な招待状が届いたことがあった。不思議に思いつつも会場に行ってわかった。イタリア語の「navi(ナーヴィ)」は「nave(船)」の複数形なので、先方はてっきり船舶の雑誌かと勘違いしていたのだ。
実は、それがアルピーヌでも起こりつつある。イタリアで「Alpine」と検索エンジンにアルファベット入力すると、日本のオーディオ/カーナビブランドのアルパインが上位にヒットしてしまうのだ。アルファベットを用いる他国でも起こっているに違いない。
ちなみに自動車のAlpineはその創立前年である1954年、創業者ジャン・レデレが「ルノー4CV」でクリテリウム・デ・アルプに勝ったとき、将来の顧客がステアリングを握って同じ喜びを経験することを願って命名したものだ。
日本のアルパインとしては名誉なことであろうが、アルピーヌとしては悩むところであろう。
いっぽう、そのアルピーヌは欧州のウェブサイトでオーナーのことを「アルピニスト」と記している。一般に「Alpinist」とは「登山家」のことである。常識を覆せるかどうかは、アルピーヌの知名度向上にかかっている。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=アルピーヌ、クプラ、FCA、Luigi Casagli、Domenico Luciano、Simone Marzuoli、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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