第683回:「ランチア・デルタ」は林家三平だ! イタリアの中古車不人気ランキングを読み解く
2020.11.26 マッキナ あらモーダ!2年半も売れない「あのクルマ」
日本では一部の寺社や行政が、新型コロナ感染症対策として2021年初詣の「分散参拝」を呼びかけている。
イタリアでも2020年のクリスマス時期は密集を避けるため、スキー場の営業が禁止になる見通しだ。
筆者はといえば、年末年始の大騒ぎや買い物ラッシュが苦手ゆえ、以前から“分散”を実践してきた。同じキリスト教でもロシア正教のクリスマスは1月7日じゃないかという大義名分とともに、年を越せばバーゲンが始まるので財布にやさしいのだ。
ただし、12月24日のプレゼントは目録のみという、まるでムードなしの「時差イブ」を定着させたため、女房から愛想を尽かされているのも、これまた事実である。
元旦も中国の春節に移行させようという筆者の構想は頓挫している。今回は、視点を変えるだけで幸せになれるかもしれない、というお話である。
イタリアで中古車販売店を観察するのは面白い。上手な仕入れをしている店は、わずか数日で展示車が消え、違うクルマになっている。いっぽう、ひと目で「これは売りにくいだろう」という車種ばかり並んでいる店は、案の定よどんだ川のごとく何カ月経過しても同じクルマが並んでいる。
それは、インターネットの世界でも同様らしい。ヨーロッパの中古車専門キュレーションサイト『アウトアンクル』は2020年11月、「インターネットで売りにくいクルマ2020」のランキングを発表した。
掲載から成約までの平均日数が長かったモデルを紹介したものだ。
それによると、第3位は「ランチア・ムーザ」(581日)、第2位は「フィアット・ブラーヴォ」(793日)である。そして堂々の第1位は3代目「ランチア・デルタ」(927日)だ。デルタは平均2年半を要していることになる。
同じサイトが1年前の2019年11月に発表したデータもある。こちらを確認すると、3位が「フォルクスワーゲン(VW)・ゴルフトゥーラン」(220日)で2位が「フィアット・プント」(225日)、そして1位が「アルファ・ロメオ・ミト」(259日)だった。
これらのデータに、いくつかの現地メディアが解説を加えている。ひとつはミニバン型モデルの人気衰退だ。前述のランチア・ムーザとVWゴルフトゥーランがそれに該当する。
もうひとつの指摘は、これもボディー形状に関することで「SUVの隆盛」だ。従来フィアット・ブラーヴォやアルファ・ロメオ・ミトを好んでいた顧客層が、まさにSUVに関心を抱く層と合致し、そちらに流れてしまったというものである。
筆者が補足すれば、イタリア経済の低迷が続く中で、従来ミニバンを求めていた層は、より安い「フィアット・パンダ」などで十分と考えるようになった。それを証明するように、別の中古車系サイト『Automobile.it』が2020年1月に発表した「最も検索された車種」のトップは、2年連続でパンダ(2代目)である。
いっぽう、いままでスタイル志向からCセグメントのハッチバックを求めていた層は、若干価格が高くなってもトレンディーなクロスオーバー/SUVに流れた、ということだ。
不人気車に萌える
しかしながら、その「インターネットで売りにくいクルマランキング」をあらためて見返して衝撃を受けたことがあった。「筆者が好きなクルマが何台も入っている」という事実である。
まずはランチア・ムーザ。同車がジュネーブモーターショーでデビューした2004年当時のヨーロッパでは、1997年の初代「メルセデス・ベンツAクラス」が火付け役となった小型ミニバンブームがなお継続していた。
今日の不人気の理由は、前述のとおりミニバンブームの終息であることは確かだ。同時に、同じランチアブランドで圧倒的人気を誇る「イプシロン」が2011年のモデルチェンジで5ドア化されたことにより、ムーザのメリットがかき消されてしまったこともある。
いっぽう筆者個人の目で見るムーザは、当時ライバルであった「アウディA2」のあからさまなハイテク感とは対照的に、ランチアの優雅な世界観が表現されていた。
室内を見渡せば、センターメーター内にオレンジで記された文字色や書体が上品さを放っていた。
それ以上に、今でも感動するのは後期型の縦長LEDテールランプだ。夜にブレーキが踏まれて一段と光が強くなると、後続している筆者などは思わず身震いしてしまう。
実は上述したトップ3以外にも「売りにくい中古車ランキング」には、個人的に好きなモデルがいくつか入っている。
そのひとつは「オペル・インシグニア」である。「ベクトラ」の後継車として2008年に誕生したDセグメントのセダンだ。アウディで言う「A4」、BMWだと「3シリーズ」に相当する。2009年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーにも輝いている。2017年には2代目に進化した。
欧州でこのクラスは伝統的にカンパニーカー需要に支えられてきた。だが、インシグニアのデビュー年である2008年に発生したリーマンショックの影響で、企業の福利厚生費は節減の一途をたどった。その結果、カンパニーカー市場の主力は、より小さなモデルに移行してしまった。まさにインシグニアにとっては出ばなをくじかれた形だった。
ボディーは全長4830mm(初代のセダン)と大柄だが、ガソリンエンジンは1.4リッター、ディーゼルエンジンは1.6リッターから用意されている。決して維持費的にイタリア人が持て余すクルマではない。
それでも中古インシグニアに人気がないのは、イタリアではオペル=シティーカー、あるいはコンパクトカーというイメージが強いからである。このセグメントを買う人は、今日でもプレステージ性が高いドイツ系ブランドの優先度が高い。
それは東欧の新興国からやってきてイタリアで働く人々も同じである。彼らがこの国で買う人気中古車といえば、W210型の「メルセデス・ベンツEクラス」やその後継であるW211型だ。
そのようなインシグニアだが、ライドシェア大手のウーバーが、開業するドライバーへの推奨車とした時期がある。
大型スーツケース2つとトロリー2つを載せてもまだ余裕のある荷室や広い後席に加え、当時の親会社ゼネラルモーターズの香りがする、どこかアメリカ車的な、ふわりとした乗り心地もライドシェアにぴったりだった。筆者などは異国の地でドライバーがインシグニアで現れると、「またか」と思うどころか、ホッとしたものだった。
初代が偉大すぎた
同じランチアで堂々の1位に輝いてしまった3代目デルタも、個人的には近年のFCA車の中ではベストともいえる秀逸なデザインだった。
2006年のパリモーターショーでデビューしたこのクルマは、4520mmという実用的な全長の中で、視覚的には極めてのびのびとしたプロポーションを実現していた。
かといって、そう見せるための常とう手段である、リアのサイドウィンドウの天地を極端に狭めるという方法をとっていない。「シトロエン2CV」の生みの親であるピエール・ブーランジェがシルクハットをかぶって居住性をチェックしたかのごとく、筆者は「自分のデカ頭が後席窓から出るか」を、閉所感を測る一基準としてきた。初代「CLS」以降のメルセデス・ベンツはそれで落第してしまうモデルが多いが、デルタは見事にパスしたのである。
それはともかく、ショルダーラインを隔てて上にはモダンさを漂わせながら、下はリアフェンダーに向かって1950年代のランチアを思わせる古典的なムードを匂わせた絶妙なシルエットだった。
エンジンのラインナップも、ガソリンが1.4/1.8リッター、ディーゼルが1.6/1.9/2リッターと申し分なかった。
それなのに、新車当時から期待ほどの人気を集めなかったのはなぜか?
答えは簡単である。イタリアの人々にとっては、ランチア・デルタといえば初代の印象があまりに強いからだ。
彼らにデルタの話題を振れば、「『インテグラーレ』は怪物だった」というように、即座に初代の思い出話が始まる。「ボディーは重かったが、いいクルマだった」とノーマル仕様を回想する人も少なくない。
デルタといえば何を言わなくても初代なのである。それは、林家三平といえば今なお多くの人が初代を思い浮かべるのと似ている。
ちなみに、デルタの2代目は7年という短いライフスパンで、今回話題にした3代目と同じくらいイタリア人の記憶から消えつつある。
偉大な初代をもったがゆえのジレンマが、そこにある。
筆者が知るイタリア人で、初代と3代目、双方のデルタの所有経験があるランチスタ(ランチア愛好家)は、「3代目は、優雅かつ室内が広く、良質なクルマだった」と回想するが、その不運も分析する。
「長年ランチアは、自分が一般大衆とは異なるということを示したい人々に愛されてきた。しかしメーカーはそうした価値を低く見積もり、ラインナップ拡充を怠った。そうするうちにミドルクラス以上の自動車ユーザーは、他ブランドを選ぶようになってしまった。ランチア自体が近い将来消滅するのではないか? という空気が漂ったのも悪かった」
自らを信じれば楽になれる
こう記していると、不人気車ランキングなどに惑わされず、自らのセンスを信じるだけで、自動車生活が楽しくなるかもしれないという気がしてくる。
財布にもやさしい。別の著名中古車検索サイト『オートスカウト24』を確認してみると、本稿執筆時点でオペル・インシグニアは937台が見つかる。最も安いものは走行16万kmの2010年モデルで、車両価格が3500ユーロ(約43万円)からだ。
3代目ランチア・デルタは557台が見つかる。走行20万km超でよければ、2000ユーロ(約25万円)からある。
704台がリストアップされているランチア・ムーザに至っては、走行17万kmのクルマが800ユーロ(約9万8000円)から見つかる。
ただし筆者自身が、それらを「買ってくれ」と言われたら、いくら親しい知人からの申し出であっても「ひと晩考えさせてくれ」と答えるであろう。そのあたりに、自らの人間としての器の小ささを恥じるのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、フィアット・クライスラー・オートモービルズ、オペル、フォルクスワーゲン/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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