第638回:京都で最新EV「ポルシェ・タイカン」と歴代クラシックポルシェに触れる
2021.01.16
エディターから一言
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最新のフルEV「ポルシェ・タイカン」の登場に合わせ、ドイツ・シュトゥットガルトのポルシェミュージアムから貴重な3台のクラシックモデルが日本上陸。幸運にもタイカンとともに、冬の京都を舞台に試乗するチャンスに恵まれた。
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ポルシェの源流
一見、最新のフルEVとクラシックモデルの間にはなんの脈絡もないと感じられるかもしれない。確かに「ラーゴグリーン」に塗られた1956年の「ポルシェ356A 1600クーペ」とタイカンに共通する点は、ノーズのエンブレムと丸みを帯びたルーフラインくらいしかない。
1948年、戦火を逃れてオーストリアのグミュントに疎開していたフェリー・ポルシェらポルシェ設計事務所の面々は、「フォルクスワーゲン・ビートル」の空冷フラット4エンジンを使ったスポーツカーの製作を企画する。
こうして生まれたのが、コンパクトなフラット4を生かした鋼管スペースフレームシャシーのミドシップ2シーターオープンスポーツ「356-001」だ。
かつて2018年に356-001をドライブさせてもらったことがあるのだが、そこで1つ重要な欠点があるのに気がついた。コンパクトにまとめられた素性のいいミドシップスポーツではあるものの、フロントの燃料タンクと2人が十分に乗れるコックピット、そしてスペアタイヤも収納するリアのラゲッジスペースを確保するために車体中央の隔壁の間に押し込まれたフラット4は、涼しいヨーロッパの夏でも簡単にオーバーヒートを起こしてしまうのだ。
そこで彼らは実用的な2+2の室内とフロントのラゲッジスペース、そして生産性を考慮して、ビートルのような強固なフロアパンシャシーのリアオーバーハングにフラット4ユニットを搭載したパッケージングを採用するのである。
剛性の高いコンパクトな車体に最高出力60PSの1.6リッター空冷フラット4を積む356は、今でも十分に実用に耐えうるスポーツカーだ。ノンサーボの4輪ドラムブレーキこそ踏力を必要とし、慣れるまで心もとないかもしれないが、バランスがよくハンドリングも良好でRRゆえの気難しさもまったくない。
戦後からわずか3年余りでこの“解答”を導き出したポルシェの技術力には、あらためて驚きを感じずにはいられなかった。
911は永遠のアイコン
実は今回ミュージアムからやってきた356Aと、「サンドベージュ」に塗られた1967年型の「911」は、日本初上陸ではない。
356Aは2018年のラ フェスタ ミッレミリアにミュージアムのアヒム・ステイスカル館長がドライブして出場した個体。一方の911は2013年に911の50周年を記念して行われたワールドツアーで日本に来た個体そのものである。
911といえば登場以来、世の中のスポーツカーのベンチマーク的存在となっているポルシェのアイコンだが、そもそもは4気筒とRRのパッケージに限界が見えつつあった356の後継車として1950年代後半から開発が始まったものだ。
そのハイライトとなったのが、モアパワーの声に応えて新開発された2リッター空冷フラット6エンジンである。それに合わせてボディーを強靱(きょうじん)なスチール製フルモノコックに変更。ボディー、エンジンともに余裕を持った設計が功を奏し、さまざまな改良を加えながら基本設計を変えることなく964型911の時代までスポーツカーの第一線で生き永らえることになる。
しかしながら、130PSを発生する大きく重いフラット6をリアに積むことでシャシーバランスは大きく変化。フロントバンパーに重りを入れるなどの応急処置が施されたものの、テールハッピーでセンシティブなハンドリングに悩まされることとなった。
この1967年の911は、ナロートレッド&ショートホイールベースが採用されたごく初期のモデルだ。確かにコーナーでリアにトラクションをかけていないと挙動を乱すし、思い通りに曲がってくれない。しかし、一度RRのクセをつかんでしまえば、非常にコントローラブルだし、エンジンのパワー、レスポンス、4輪ディスクブレーキの制動力は当時のライバルと比べるとピカイチだ。
このあと、911はロングホイールベース&ワイドトレッド化され、エンジンの排気量も大きくなって、より乗りやすくなっていくのだが、ライトウェイトスポーツのようなヒリヒリした刺激が強いのは、がぜんオリジナルモデルである。
ターボは高性能の証し
911の空冷フラット6は設計当初、2.7リッター程度までの排気量拡大を念頭においていたという。しかしながらフェラーリやランボルギーニといったイタリア製スーパーカーの勢力拡大、レースにおける激烈なパワーウオーズを前に、フラット6の余力に限界が見えつつあった。
そこでポルシェが手をつけたのがターボチャージャーだ。すでに60年代後半から開発が進められていたが、70年代初頭に北米Can-Amシリーズで大排気量アメリカンV8に対抗するために180度V12にツインターボを装着した「917/10K」や「917/30」を投入。圧倒的強さでシリーズを制したのを受け、市販モデルにもターボを投入する計画が本格化することとなった。
こうして1974年のパリモーターショーで正式にデビューしたのが「930(911)ターボ」である。
3リッターに拡大された空冷フラット6にKKK製シングルターボを装着したエンジンは最高出力260PSを発生。その大パワーに耐えるべくシャシーは大幅に強化され、タイヤ幅も拡大。全幅は1775mmとなり、大きなフロントスポイラーやリアウイングも装着され、その最高速度は250km/h、0-100km/h加速は5.2秒とアナウンスされていた。
今回ミュージアムからやってきたのは、1989年の「911ターボ カブリオレ」。エンジンは285PSを発生する3.3リッターフラット6ターボとなる。クーペに比べ車重が重く、ボディー剛性も劣るターボ カブリオレは、あまり高い評価を受けてこなかったように思う。実際自分自身もプロムナードカー的なナンパな存在と捉えていたのだが、それは完全に間違いだった。
まず驚いたのが、トルクフルで扱いやすいターボエンジンだ。中回転以上においてエンジンのパワーをしっかりと上乗せしてくれる印象のターボチャージャーは、ターボラグも少なくマイルド。そこに輪をかけて素晴らしいのが、89年モデルにのみ採用されたボルグワーナー製5段MT「G50」のシフトフィールだ。
またシャシーの安定ぶりと剛性感はすさまじく、多少ラフな運転をしても動じる気配はまったくなかった。ここに空冷6気筒エンジンを積んだハイパフォーマンスグランドツアラーとして、911はひとつの完成をみたと言ってもいいかもしれない。
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EVで実現された新世代スポーツカーの理想像
まだタイカンを名乗る前の「ミッションE」の頃から、ポルシェブランドとしては初となるフルEVモデルが4ドアでデザインされていることに、ずっと違和感を抱いていた。
もちろん、ポルシェ自身のラインナップの問題やマーケティングの都合などがあるのかもしれないが“新しいスポーツカー”をうたうのであれば、2ドアであるべきではないか? と思っていたからだ。
しかし、今回ポルシェの歴史の節目節目を彩ってきたエポックメイキングな3台のクラシックモデルに触れているうちに、その考えを改めることとなった。
1948年に最初の356をつくった時に、いち早くミドシップレイアウトを採用し理想のスポーツカーをつくり上げた彼らが、RRレイアウトに宗旨替えをしたのは、最大4人が乗れ、荷物も積める実用性がありながら、スポーツカー並みの運動性能も持ち合わせた、高性能、高効率のグランドツアラーをフェリー・ポルシェが所望したからだ。
以降その理想を求め、ポルシェはさまざまな試行錯誤を重ねてきた。911や911ターボはもちろん、トランスアクスルFRを採用した「924」、V8エンジンとトランスアクスルFR、バイザッハアクスルなどの新機軸を投入した「928」、電子制御AWDを実用化した「959」などもその一例だ。
今回、さまざまなシチュエーションでタイカンをドライブして思ったのは、内燃機関ではなかなか実現できなかったフル4シータースポーツカーの理想像が、EVという新たな動力源を得たこのクルマで初めてかなったのでは? ということだった。
それほどまでに全長約5m、車重2.1t以上というスペックを感じさせず、ひらりひらりとワインディングロードを駆け抜けるタイカンのハンドリングと、ジェット機のような加速感は強烈だった。もしフェリー・ポルシェが今も生きていたら「これこそが私が求めていたクルマだ!」と手放しで絶賛していたかもしれない。
(文=藤原よしお/写真=ポルシェジャパン、藤原よしお/編集=櫻井健一)
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藤原 よしお
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