地球滅亡の日まで生き残る 新型「トヨタ・ランドクルーザー」のメカニズムを読み解く
2021.06.16 デイリーコラムランクルの3本柱
今年2021年は「トヨタ・ランドクルーザー」の生誕70周年だそうである。先日「ランドクルーザー プラド」に70周年記念特別仕様車「70thアニバーサリーリミテッド」が設定されたことで、初めてそうと知った人も(筆者を含めて)多いことと思う。
いわゆる“ランクル”のはじまりとされる1951年とは、トヨタ初の小型四輪駆動車が「トヨタ・ジープ」として発売された年だ。しかし、その後にジープが本家の商標であることが発覚して、1954年にランドクルーザーへと改名した。初代ランクル=BJ型はもともと警察予備隊(後の自衛隊)向けに開発されたが、コンペの結果、制式採用となったのは本家のライセンス生産車である「三菱ジープ」だった。
そんなランクルは現在、それぞれ専用設計された3本柱のラインナップ構成となっている。元祖BJから「20」「40」へとつながれてきた“世界で最もタフなお仕事グルマ”という伝統の柱を受け継ぐのは「70」系だ。1984年に発売された70系は2014~15年の限定再販を経て国内販売は終了しているが、海外向けにはいまだ生産中の超ロングセラー商品である。
2本目の柱は1967年に40のロングホイールベース仕様が独立した「55」の系譜である。以降、ランクルのフラッグシップとして「60」「80」「100」「200」と受け継がれてきた。日本では現在、この系統が純粋にランドクルーザーという商品名で販売されている。
そして、3本目となるプラドは、もともと70に用意された乗用ワゴンモデルに端を発する。1990年に「プラド」というワゴン専用サブネームが与えられて、続く1996年にワゴンのみがフルモデルチェンジして「90」となったことで正式に独立した。ちなみに現行型は2009年にデビューした「150」系で、プラドとしては4代目にあたる。
フレームから完全に刷新
数あるトヨタ車のなかでも、ランクルは70年という最長の歴史を持つブランドである。そんな記念すべき70周年のアニバーサリーイヤーにおいて最大のイベントとなるのは、いうまでもなく、先週から話題沸騰中のランクル200のフルモデルチェンジだ。新たに「300」という型式名が与えられた新型=「ランクル300」は、フレームからサスペンション、アッパー車体、パワートレインまで、あらゆる部分がまったく新しいランクルのフラッグシップである。
ランクルファンのみならず、世界のクルマオタク大注目のランクル300については、すでに多くの筋金入りの皆さんがSNSその他で語っておられる。が、ここではトヨタの公式資料や公式動画から判明した情報を、あらためてまとめておきたいと思う。
まず注目すべきは、今回のワールドプレミア=世界初披露の発信地が中東(アラブ首長国連邦)であったことだ。従来のランクル200の主市場には、日本や北米、豪州、ロシア、アフリカ、そして中東などがある。ちなみにEU圏の多くではランクル200は市場投入されておらず、日本でいうプラドがランドクルーザーとして販売されている地域が多い。
中東方面のニュース映像を見てもお分かりのように、中東でのランクルの存在感は圧倒的である。今後は日米豪などでCO2排出規制が強まっていくことを考えると、ランクル300のようなクルマの中東依存度がさらに高まっていく可能性もある……。
ハイブリッド化は必要なし!?
ところで、ランクル300の、200以上に直線&水平基調となったスタイリングは、口うるさいファンの皆さんの間でもおおむね好評のようだ。バンパー形状やランプの位置などは「オフロード走行時のダメージを受けにくい~機能美を追求」したとされており、ダッシュボードの意匠も「悪路状況でもクルマの姿勢を捉えやすい水平基調」なのだと、いちいちウンチクがあるのがランクルらしい。また、写真を見るかぎり、サイドミラーから直接視認できるテールランプ形状も受け継がれているようで、従来は左右跳ね上げ式だったサードシートは床下収納式にあらためられている。
全長や全幅、ホイールベース、ディパーチャーアングルやアプローチアングルといった基本ディメンションは、ほぼすべて先代から踏襲されるという。とくに2850mmというホイールベースは先代どころか80からずっと継承されている、ランクルにおける“黄金律”だ。
エンジンはV6ツインターボが基本で、3.5リッターガソリンと3.3リッターディーゼルの2機種が用意されるといい、ともに日本でも発売予定(さらに一部地域にV6ガソリン自然吸気も用意)。従来の200でも4.6リッターV8ガソリンを中心に、一部地域でV8ディーゼルやV6ガソリンがあったが、日本でディーゼルがラインナップされるのは100以来、ガソリンが6気筒になるのは80以来となる。
変速機は新開発の10段AT(V6自然吸気は6段AT)で、CO2排出はグローバル合計で約10%の低減を見込んでいるというが、ハイブリッドなどの“電動化”は見送られた。トヨタ全体のメーカー平均燃費(≒CO2排出)は超優秀なので、ランクルの販売台数などを考えれば、日本や北米などのCO2規制もしくは燃費規制が厳格化される市場でも、ひとまず問題なしという判断なのだろう。それに、このクルマの大量消費市場である中東にはガソリンは売るほどある(笑)。
200kgもの軽量化を実現
注目の車体構造は完全新開発ながら、独立ラダーフレーム方式が守られた。フロントがダブルウイッシュボーン独立懸架、リアがトレーリング式のコイル・リジッドというサスペンション方式も踏襲された。これは全車がアルミモノコック車体+4輪独立サスペンションとなった英ランドローバーとは対照的だが、世界中から「どこへでも行き、生きて帰ってこられるクルマ」と評されるランクルだけに、このタフで修復性が高い車体やサスペンションの構造は捨てられなかったようだ。
ランクル300は、そんな古典的な構造を最新「TNGA」思想をもとに完全新開発したクルマである。今回の新型フレーム構造は「GA-F」と名づけられた。GA-Fでは新しい溶接技術を使うことで、フレームやアッパー車体に使われる鉄板の厚みを細かく適正化して、トータルで200kgの大幅軽量化に成功したという。また、エンジンと変速機の搭載位置を従来比で下方に28mm、後方に70mm移動することで、低重心化とともに前後重量配分の改善も果たしている。とくに前後重量配分については、エンジンのダウンサイジング効果もあり、53.5:46.5という理想的なバランスを実現したそうだ。
ランクル300の大きな開発目標は「ランドクルーザーの本質である“信頼性・耐久性・悪路走破性”は、進化させつつ継承する」、そして「世界中のどんな道でも運転しやすく、疲れにくい走りを実現する」というものだ。具体的にいうと、限界的な悪路走破性は、歴代最強のほまれ高い80をあらためてターゲットとしつつ、同時に荒れた舗装路や砂漠を延々と疾走するような場面での疲れにくさも目指した。
ランクルだけが生き残る
そんな「疲れにくい走り」を達成した背景には、GA-Fによる軽量・低重心、最適な重量配分はもちろん、ダンパー取り付け角度を直立に近づけることで追従性を向上させた新しいリアサスペンション効果も大きいという。また、極限の走破性では電子制御デバイスの効果も大きく、ランクル300では、前後スタビライザーを路面状況に応じてキャンセルしたり前後連関したりする「KDSS(キネティック・ダイナミック・サスペンション・システム)」は新たに電子制御化された「E-KDSS」へと進化し、前方路面を視認できる「マルチテレインモニター」ではランドローバーが先べんをつけた“透明ボンネット目線”を取り入れた。また、路面に応じてドライブモードを選ぶ「マルチテレインセレクト」にはオートモードも追加されている。そんなランクル300はもちろん世界中を走り回って開発されたが、なかでも「世界の80%の道がある」とされる豪州でのテスト走行は入念におこなわれたようだ。
以前、あるランクルの開発担当氏に3種あるランクルのちがいをたずねたことがある。すると氏は「かりに世界滅亡の日が来たとして、地球上で最後まで生き残るクルマが70と200、その前日まで残っているのがプラド」と冗談めかして答えてくれた。というわけで、今回の300も現代のフラッグシップらしい高級感や快適性を実現しつつ、地球滅亡のその日まで生き残る(と想定した!?)信頼性と耐久性も与えられているのだろう。ここでお断りしておきたいが、開発担当氏のたとえは、プラドが最期を迎える前日にはランクル以外のクルマがすべて息絶えている前提である(笑)。
それにしても、先週の初公開以来、話題沸騰のランクル300である。発売は「夏以降」とされており、写真や映像で豪快なドリフト走行をかましている「GR」バージョンの詳細はもちろん、今後も新情報が明らかになるたびに、クルマオタク界隈をざわつかせるのだろう。
(文=佐野弘宗/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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