ブガッティと共に新たなスーパーカーメーカーを設立 クロアチアが生んだリマックの夢
2021.07.16 デイリーコラム 拡大 |
合弁の裏にあったフォルクスワーゲンの苦境
“テスラ”を生んだ国から、新たなEV(電気自動車)の歴史が始まろうとしている。といっても、われわれのよく知るあのテスラではない。イーロン・マスクよりもっとすごい世界の偉人、ニコラ・テスラを生んだクロアチアから、スーパーカーの新たな歴史が始まろうとしているのだ。
去る2021年7月6日、スーパーカー界に衝撃のニュースがもたらされた。ポルシェ、リマック、ブガッティが合弁会社の設立に合意。新たなスーパーカーメーカー、ブガッティ・リマックが誕生したのである。
実は、ポルシェが絡んだこのプロジェクトは早くからうわさされていた。“ディーゼルゲート”事件の発覚以降、欧州メーカーのなかでも特に苦境にたたされ、その後、急進的ともいえる電動化戦略を立てたフォルクスワーゲン(以下、VW)グループにとって、ランボルギーニやブガッティといったスーパーカーブランドの存在が重荷になりつつあったからだ。その売却のうわさは絶えなかった。
そんななか、2018年にポルシェAGがリマックグループの株式の18%を取得(その後24%まで買い進めた)したため、この時点で「VWグループに属するスポーツカー&スーパーカーブランドに劇的な再編が起きる可能性が高い」とされていたのだ。2020年におけるVWグループ監査役会の主要なテーマのひとつが、この案件であったともいわれている。
拡大 |
クロアチアの若者が興したスーパーカーメーカー
今回の発表の骨子は、
- ブガッティ・オートモビルSASの所有者であるVWとリマックが合弁会社を設立し、その後、VWは持ち株をポルシェに譲渡する。
- 新会社の持ち株比率はリマックが55%、ポルシェが45%で、新会社のCEOにはリマックの創業者であるマテ・リマックが就任する。
- リマックはEV関連のテクノロジー開発部門をリマックテクノロジーとして分社化し、引き続きリマックグループ(マテが37%の株式を所有)の100%支配下に置く。
- ブガッティ・リマックの本社はリマックの本拠地であるクロアチア・ザグレブに置かれるが、「ブガッティ・シロン」その他の生産は、引き続きフランスのモルスハイムの“アトリエ”で行われ、リマックの新型ハイパーEV「ネヴェーラ」もザグレブの既存のファクトリーで生産される。
- リマックは自社製品の販売にブガッティのグローバル販売網を活用できる。ポルシェは最先端の高性能EVテクノロジーをリマックと共有する。
- 長期的にはブガッティの新型車の開発も予定。
……といったあたりだろう。
ちなみにポルシェAGの会長であるオリバー・ブルーメと財務およびIT担当副会長のルッツ・メシュケが、ブガッティ・リマックの監査役会メンバーとなることも発表されている。
クロアチアを本拠とするリマックとはいったいどんな会社なのか。創業は2009年。クルマを運転することが好きで好きでたまらない19歳の若者がひとりで立ち上げた。オフィスは彼のガレージ、若者の名がマテ・リマックである。彼の名を一躍有名にし、その後のビジネスを決定づけたのが、マテがこよなく愛するBMWをEVに改造して打ち立てた、数々の世界記録だった。その名声と経験をもとに資金を調達するや、エレクトリックハイパーカーをプランニング。2011年には早くも「コンセプト・ワン」を発表している。
以来、彼らは毎年3月に開催される“スーパーカーサロン”、すなわちジュネーブショーの常連となっていく。彼らが持つ特に重要なテクノロジーは、スーパーカーのインハウス生産のみならず、モーター&バッテリーの動力システムと制御ユニットにこそあった。
拡大 |
EVのテクノロジーカンパニーへと転身
マテの当初の計画では、リマックはスーパーカーブランドとして徐々にその生産台数を増やしていくことになっていた。一台数億円のハイパーカーに始まり、徐々に生産台数を増やし、価格を下げ、最後にはランボルギーニやフェラーリと並び立つ。本来であれば今ごろ、EV専門のスーパーカーブランドに成長しているはずだった。
けれども、コンセプトカーから顧客へ引き渡す生産車両へのワンステップが最も困難に満ちていることは、過去にも多くのブランドがあえなく資金切れとなり、コンセプトカーだけが夢の跡となってきたことからも分かる。
リマックも当初はそれに近い状況にあったのだろう。事実、2011年の段階で1088PSを標榜(ひょうぼう)して注目を集め、およそ1.5億円のプライスタグを付けて販売されたコンセプト・ワンも、結局は8台のみの生産で終わっている。それでもマテは世界中から投資を受けつつ、いばらの道ともいうべき生産車両の開発と、さらなる技術開発に信念を持って突き進んだ。
結果、折からのEVブームにも乗って、車両よりも先に彼らの技術力が高く評価され、世界中のメーカーやサプライヤーから技術供与の依頼が殺到したのだ。彼らはスーパーカーメーカーとなる代わりに、一躍EV界における最先端テクノロジーカンパニーへと成長した、というわけである。そのことは、例えばポルシェのほかに韓国のヒュンダイも、リマックグループの株式を12%所有している事実からもうかがえる。
今やリマックグループは1000人の従業員を抱えており、そのうち300人程度がブガッティ・リマックの所属となるようだ。ちなみにブガッティのモルスハイムでは、現在130人が働いている。
拡大 |
リマックに課せられた2つの使命
マテの使命は大きく分けて2つある。ひとつ目は、ブガッティの未来に対する責任を負い、スーパーカー界における事業を拡張することだ。事実、ブガッティにとってはシロンから後のモデル……うわさの4シーターグランツーリズモ以降のモデルではパワートレインの電動化が必須であったが、リマックとの提携により、技術開発資金を新たに捻出する必要がなくなった。折しもEU委員会がエキセントリックな内燃機関包囲網を策定しようとしているが、これでブガッティの未来はひとまず安泰となった。
もちろんリマックの側にも恩恵はある。彼らはつい最近、4つのモーターで全輪トルクベクタリングを可能とした2作目のモデル、ネヴェーラを発表したばかりだが、この世界限定150台のハイパーカーの価格は200万ユーロ(約2億6000万円)である。そのセールスにおいて、台当たりの販売単価が3億円以上となるブガッティのグローバルネットワークが有効であることは言うまでもない。
そしてVWグループは、ピエヒの遺産を精算できると同時に、その“もったいない技術力”をポルシェが継承することも可能となった。高性能車両における電動化技術の最先端リソースを得たことは、ポルシェの未来……例えば単独での株式上場など……にも好影響を与えるに違いない。
もうひとつのマテの計画は、さらにVWグループにも好影響を与えるだろう。なぜならマテは、リマックが培った、そして今後モノにするだろう最先端のEV技術を量産モデルにも応用していくことを明言しているのだ。これについてはリマックテクノロジーを介して、VWのみならず世界中のブランドにその恩恵がもたらされると思われる。
歴史ある社名が消えるのは惜しいけれど
2011年からジュネーブショーで観察し続けてきたリマックが、いよいよ世界の最先端へと躍り出た。数年前、スウェーデンの雄ケーニグセグにおいて、当時はまだ計画中であったPHV「レゲーラ」の概要をクリスチャン・ケーニグセグから聞いたとき、彼はひとつだけ大いに悔しがっていた。タイヤ以外、すべてのコンポーネンツを自分のアイデアで開発し、ひとつのクルマに統合してきた彼でさえ、手も足も出ない領域がモーターとバッテリーの制御であり、その部分はクロアチアのリマックから技術供与を受けるのだと。
3年前にはペブルビーチでコンセプト・ワンにも試乗した。それはまさにコンセプトカーの領域を出ない仕上がりであったが、それでもすさまじい加減速フィールに大感動した記憶がある。彼らならブガッティの、いや、フェラーリやマクラーレンなどもひしめくスーパーカーの世界を、豊かに盛り上げてくれるに違いない。
今回の歴史的事件には大いに賛同するものではあるけれど、ひとつだけ、昔ながらの自動車好きとして“文句”をつけさせてもらえるとしたら、こう言いたい。「ブガッティ・オートモビル」という社名は残してほしかったと。もっとも、マテにはこう言い返されることだろう。「110年のブガッティの歴史を、わずか10年そこそこのわれわれが担う覚悟を社名に込めたのだ」と。
(文=西川 淳/写真=リマックアウトモビリ、ブガッティ・オートモビル/編集=堀田剛資)

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
-
カッコインサイト! スタイリッシュになった新型「ホンダ・インサイト」は買いなのか?NEW 2026.3.23 2026年3月19日、通算4代目となる新型「ホンダ・インサイト」の受注が始まった。トピックはフルEVになったことと、その見た目のカッコよさ。多くの人が乗りたくなる、本命EVの登場か? 買いか否か、清水草一はこう考える。
-
軽商用BEVの切り札「ダイハツe-アトレー」に試乗! 街の小さな働き者のBEVシフトを考える 2026.3.20 軽商用車界の大御所ダイハツから、いよいよ電気自動車(BEV)の「e-ハイゼット カーゴ/e-アトレー」が登場! スズキやトヨタにも供給される軽商用BEVの切り札は、どれほどの実力を秘めているのか? “働く軽”に慣れ親しんだ編集部員が、その可能性に触れた。
-
ホンダがまさかの巨額赤字に転落 米国生産車の日本導入への影響は? 2026.3.19 本田技研工業の「Honda 0サルーン」を含む、電気自動車3車種の開発・販売中止に関連する巨額赤字転落という衝撃的なトピックに埋もれてしまった感のある米国生産車2モデルの日本導入計画。その導入予定車両の特徴と、同計画の今後を分析する。
-
ホンダの「スーパーONE」はどんなカスタマーに向けたBEVなのか? 2026.3.18 ホンダが2026年に発売を予定している「スーパーONE」は「N-ONE e:」をベースとした小型電気自動車だ。ブリスターフェンダーなどの専用装備でいかにも走りがよさそうな雰囲気が演出されているが、果たしてどんなカスタマーに向けた商品なのだろうか。
-
いまこそ、かき回したい! 新車で買えるおすすめMT車はこれだ! 2026.3.16 改良型「トヨタ・ヤリス」に、新たに6段MTモデルが設定された。現実的にMT車はレアであり、消滅する可能性もある時代だが……。これを機に、いま新車で買えるMT車のなかで、特におすすめできるモデルをピックアップしてみよう。
-
NEW
カッコインサイト! スタイリッシュになった新型「ホンダ・インサイト」は買いなのか?
2026.3.23デイリーコラム2026年3月19日、通算4代目となる新型「ホンダ・インサイト」の受注が始まった。トピックはフルEVになったことと、その見た目のカッコよさ。多くの人が乗りたくなる、本命EVの登場か? 買いか否か、清水草一はこう考える。 -
NEW
BMW iX M70 xDrive(4WD)【試乗記】
2026.3.23試乗記BMWが擁するSUVタイプの電気自動車「iX」。そのハイパフォーマンスモデルが「iX M70 xDrive」へと進化を遂げた。かつて、BMWの志向する次世代モビリティーの体現者として登場した一台は、今どのようなクルマとなっているのか? その実力に触れた。 -
トヨタGRヤリスRZ“ハイパフォーマンス” +エアロパフォーマンスパッケージ(前編)
2026.3.22ミスター・スバル 辰己英治の目利きスバル/STIでクルマの走りを鍛えてきた辰己英治氏が今回試乗するのは、トヨタの手になる4WDスポーツ「GRヤリス」だ。モータースポーツへの投入を目的に開発され、今も進化を続けるホットな一台を、ミスター・スバルがチェックする! -
BMW i5 eDrive35LエクスクルーシブMスポーツ(RWD)【試乗記】
2026.3.21試乗記BMWの「5シリーズ ロング」は知る人ぞ知る(地味な)モデルだが、実はエンジン車のほかに電気自動車(BEV)版の「i5 eDrive35L」も用意されている。まさに隙間産業的にラインナップを補完する、なんともニッチな大型セダンの仕上がりをリポートする。 -
軽商用BEVの切り札「ダイハツe-アトレー」に試乗! 街の小さな働き者のBEVシフトを考える
2026.3.20デイリーコラム軽商用車界の大御所ダイハツから、いよいよ電気自動車(BEV)の「e-ハイゼット カーゴ/e-アトレー」が登場! スズキやトヨタにも供給される軽商用BEVの切り札は、どれほどの実力を秘めているのか? “働く軽”に慣れ親しんだ編集部員が、その可能性に触れた。 -
アルファ・ロメオ・ジュニア イブリダ プレミアム(FF/6AT)
2026.3.20JAIA輸入車試乗会2026アルファ・ロメオのエントリーモデルと位置づけられる、コンパクトSUV「ジュニア」。ステランティスには、主要メカニズムを共有する兄弟車がいくつも存在するが、このクルマならではの持ち味とは? 試乗したwebCGスタッフのリポート。

















