それは単なる大風呂敷か? ホンダの“クルマじゃない”開発計画に思うこと
2021.10.04 デイリーコラムエンジンをやめるだけじゃない
さる2021年4月23日、本田技研工業の新社長就任会見の際に発信されたさまざまなビジョンは、内外で驚きをもって受け止められました。とりわけ、「2040年には電気自動車と燃料電池車への完全シフトを目指すと」いう三部敏宏社長の発言は、こちらのみならずさまざまなメディアでご覧になられた方も多いのではないでしょうか。
その衝撃が大きすぎたがゆえ、他の発言が取り上げられる機会がほとんどありませんでしたが、同会見で三部社長は、未来へのビジョンの一環として、空、海、宇宙、そしてロボットなどの研究を進めていると話しています。確かに汎用(はんよう)改めパワープロダクツ部門には船外機がありますし、ご存じホンダジェットは小型ジェット機販売で4年連続の世界一、現在日本でも累計10機以上のオーダーを受けているといいます(正確な数字は非公表とのこと)。が、「ASIMO(アシモ)」が月に? 的な大風呂敷は想像もしていませんでした。
やれやれホンダはいったい何を考えているのやら。次から次へと募る疑問に応えるかたちで、「新領域への取り組みについて」と題した説明会が開かれたのが、同年9月末のことです。こちらで領域ごとのエキスパートとともに現れたのが、本田技術研究所の大津啓司社長でした。質疑の様子をうかがうに、やんわりお茶を濁すような曖昧な場面はなく、ロジカルでマルバツのはっきりした、いかにも技術者集団のトップらしい歯切れの良さが印象的です。
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目指すは「空の新幹線」
2020年、市販車開発部門を本田技研工業の四輪事業本部に統合することで、本田技術研究所は四輪に縛られることなく未来の研究開発に集中できる環境を整えました。今回発表された新領域の技術はもちろんこの新体制以前から研究を進めていたことですが、先の三部社長の発言を受けて、その具体的事例として今回、表に出ることになったそうです。
その詳細は既にリポートされているのでそちらをご覧いただくとして、この新領域の技術をかみ砕いてみると、ホンダが現状持っている空のソリューションを挟み込むように展開されていることがわかります。
このうち、空と陸の間にあるのが「eVTOL」です。俗に空飛ぶ自動車などと呼ばれるもののキーテクノロジーとなるこれは、自動車以上航空機未満の移動距離をカバーする想定で、自動車と飛行機の間の高度を新幹線くらいの速度で飛ぶことで新たな生活利便性を提案しています。そう、日本は主要地域に新幹線が通っているのでその便利さがイメージしにくいかもしれませんが、鉄道のない地域にとっては手軽な高速長距離移動手段として受け入れられる可能性があるだろうと。その市場規模、ホンダの試算では2040年に11兆円余。充分事業化できるという算段です。
ホンダが発表したeVTOLのモックアップは10のモーターと発電用ガスタービンからなるシリーズハイブリッドで、あくまで空を飛ぶのみ。陸上間の移動は従来どおり、マイカーを用いて最寄りのサービス拠点に赴くと待機するeVTOLに乗って遠くに行けるという仕組みです。そのサービス拠点は滑走路を必要としないため、空港と違って利便性の高い場所に設営が可能……と、まさしく新幹線の駅感覚でしょうか。
ホンダはこの移動システムをまずアメリカでの認可を取って2030年くらいには実用化したいという思惑ですが、ハードウエアを販売するというよりは、この予約、運行、整備なども自前で行う移動サービスを提供することでマネタイズする仕組みを考えているようです。その際にはマイカーの使用料なども包括的にパッケージし、スマホのアプリで一元管理しながら月々ナンボといったMaaS(Mobility as a Service)的な話になってくるのでしょう。
やっぱりモビリティーの会社だ
今回発表された他の技術は、高度や速度においてホンダジェットの上をいく話です。が、これらにも共通するのは“モビリティー”であること。アシモで培ったロボティクスに現代的な高速通信、そしてAIテクノロジーが融合した「アバターロボット」は、遠隔を介した人意の瞬間移動を意味しますし、燃料電池技術の応用となる循環型再生エネルギーシステムも、月面での開発行動のサポートを前提としています。若手技術者からの提案で2019年末に開発を開始したという再使用型小型ロケットは言わずもがな、小型通信衛星の運搬というモビリティーを担うことを想定したものです。
今回の説明会は、ファイナンシャル方面の方々に、ホンダが先々どこに行こうとしているのかを知ってもらうという目的もあったようにうかがえます。でも、いずれも10年~20年先の事業化を見据えたロングスパンの話ということもあって、目先の損得しか興味のないだろう一部の向きに、果たしてその真意が伝わったのかどうかはわかりません。
でも、株はなくとも物の側からホンダをみてきたわれわれ好事家筋には、しっかり伝わるものがありました。
それはこの先に何をやろうともモビリティーをアイデンティティーとするという点において、ホンダは変わらないこと。そしてそのモビリティーが水平移動から幾重にもレイヤー化して見たこともない立体を形成する、すなわち陸・海・空を知るホンダでしか実現し得ないものへと変容を遂げようとしていることです。クルマを巡る悲喜こもごもはあれど、総合モビリティーカンパニーとしてのホンダは相変わらず面白い。久々にそんな思いを新たにすることができました。
(文=渡辺敏史/写真=本田技研工業、webCG/編集=関 顕也)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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