第728回:【Movie】エンジニアを呼んでくれたまえ! 堂々5車種の『カーズ』型パスタを食べてみた
2021.10.21 マッキナ あらモーダ!イタリア人が買わないパスタ
イタリアにおいてパスタは主食であることから、その形状・種類は膨大である。例えば世界最大級のパスタ製造会社であるバリッラは、100種類以上をラインナップしている。
そうしたなかで今回は“自動車型パスタ”の話をしよう。
この国でスーパーマーケットのほとんどは、プライベートブランドを含む数々の銘柄を陳列すべく、パスタのために広いスペースを割いている。通路を挟んだ両側の棚がパスタ、ということも珍しくない。
ただし、形状を見ると、いくつかの太さのスパゲティやペンの形をしたペンネ、チョウの形をしたファルファッレなどが大半を占めていることが分かる。
理由は2つある。ひとつは製造工程が単純でコストが安いことだ。毎日食べるものだから、これは消費者にとって重要である。もうひとつは、そうした伝統的なパスタは、各種ソースとの絡みがいいことだ。
素材も、硬質小麦だけの標準的なものや卵を混ぜ込んだもの、そしてほうれん草入りといったものが中心を占める。こちらも、価格および伝統的なソースとの好相性が背景にある。
いっぽうで、外国人観光客向けの土産物店をのぞくと、ピサの斜塔を模したレモンリキュール瓶などと並んで、「イタリア人が食べないパスタ」を発見することができる。
風味では、唐辛子を練り込んだパスタがその代表である。形状における長年の例は、“セクシーパスタ”などと称して売られている男女の性器を想起させるものだ。
お笑い好きの筆者としては、そうした観光客向けもたまには買ってみたい。だが、いかんせん価格が高いので、つい断念してしまう。毎日のように女房と食べるものだから、そのあたりは慎重になるし、どんなソースが合うのか考えるのも面倒である。
輸出用だった
今回紹介するパスタは、自動車を擬人化したディズニー/ピクサー映画『カーズ』の劇中車を模したものである。先日、ミラノ郊外のディスカウントスーパーマーケットで偶然発見した。
価格は300g入りで1.39ユーロ(約185円)だった。100gあたりで換算すると、約61円ということになる。一般的なスーパーで売られているバリッラ製パスタ(100gあたり約21円)の約2.9倍、スーパーが独自に流通させているプライベートブランドのスパゲティ(100gあたり約13円)と比較すると、なんと4.7倍以上の“高級品”ということになる。
イタリアでパスタの付加価値税率(内税)が、通常の22%でなく4%なのが唯一の救いだ。
このカーズ型パスタはダッラ・コスタというメーカー製である。
同社によるディズニーシリーズのひとつだった。実際に、ミッキーマウスとその仲間たちや、ディズニー映画に登場するお姫さまをかたどったパスタも製造している。
言い忘れたが、このカーズ型パスタは、子ども向けに開発された商品である。その証拠に、「対象年齢3歳以上」とパッケージに記されている。たしかに一つひとつの大きさも一般的なパスタに比べて小さい。
さらに調べてみると、すでに映画の『カーズ』第1作(2006年)の後には存在し、日本にも一部ルートを通じて輸入されている。だが、近年「Bio」にグレードアップされたらしい。現行バージョンのパッケージには、イタリア農業・食品および林野省による「有機農業産品指定」の認証マークが印刷されている。さらに押し出し型は、舌ざわりがよくなるブロンズ製が使用されている。子ども向けにしては、高スペックである。
それにしてもダッラ・コスタという企業名を聞いたことがない。
こちらも調べると、イタリア北部トレヴィーゾ県のパスタ専業メーカーだった。公式サイトによると、創業25年。それはともかく、海外市場比率が7割に達するという。前述の土産物店向けとは別に、かなり輸出に偏重したメーカーだったのだ。イタリア人の目に触れにくいはずだ。
エンジニアに脱帽
袋に入っているパスタは5種類だ。
- 主役で「シボレー・コルベット」「フォードGT40」などをモチーフにしたといわれる「ライトニング・マックィーン」
- ヒロインで「ポルシェ911」を想起させる「サリー・カレラ」
- 1950年代の米国車「ハドソン・ホーネット」をかたどった「ドック・ハドソン」
- 「フィアット500」の「ルイジ」
- ハドソン同様、今日では幻のブランドとなっているインターナショナル・ハーベスター製ピックアップをベースにしたレッカー車「メーター」
それらが3色(通常の生地、ほうれん草味、トマト味)でつくられている。イタリア国旗色というわけだ。ここからも輸出仕様っぽさが漂う。5車種×3風味で、全15種類が入っていることになる。
調理法や原材料などは全7カ国語で記されている。これは近年ヨーロッパで販売されている食品全般と同じなので、特にカーズ型パスタだから、というわけではない。だが、読み慣れた言語を探すのには、ちょっと時間を要する。
言語のついでに言えば、同じ「デュラム小麦のセモリナ粉パスタ」の意味でも、ドイツ語の「タイクヴァーレン・アウス・ハートヴァイツェングリース」よりも、イタリア語の「パスタ・ディ・セーモラ・ディ・グラーノ・ドゥーロ」のほうがうまそうなのが不思議だ。
調理前に筆者は、こうした個性派パスタ特有の2つの欠点があるのではないかと仮定した。
第1は、ゆでると形が変形し、意図したフォルムが崩れてしまうことだ。かつて、1957年の「フィアット500」を模したパスタが存在したが、ゆでるとかなり変形してしまったのを覚えている。
第2は、複雑な形状ゆえに起こるゆでムラ、つまり硬い部分と柔らかい部分とができてしまうことである。筆者はジョルジェット・ジウジアーロ氏がデザインしたパスタ2種類を食べたことがあるが、残念ながらゆでムラを征するのには、かなりコツが必要だった。
袋に記されたゆで時間は7~9分である。実際のところは、7分ではまだ硬かったので、9分までゆで続けた。
イタリア人のなかには、スパゲティを鍋から1本抜いて壁に投げつけ、壁から落ちたらまだまだ、ペタンと貼り付いたらゆで上がりとする人がいる。しかし今回は、クルマがかわいそうなのでやめておいた。
幸いなことに、ゆでても形が崩れにくいパスタだった。そればかりか、各車の形が膨らんでプヨプヨして、アニメ的愛嬌(あいきょう)が増している。子ども用にはもったいない。
味はといえば、ほうれん草味こそ素材の風味を感じさせるいっぽうで、トマト味は特には舌に伝わってこなかった。それでも、オリーブオイルやグラナパダーノチーズでチューニングするだけで十分楽しめた。
それにしても、生地の押し出し型やサイズが限られるパスタ製造において、パッケージにまったく説明がなくとも、どれがどのクルマか一瞬にして判別できることには感心した。このパスタ製造業者のエンジニアは優秀だ。価格が普通のパスタの4倍でというのも、そう考えると納得できる。
ぜひ次回は日本限定の『西部警察』劇中車のパスタをつくってほしい、と今から夢見る筆者である。
【『カーズ』のパスタを食べてみる】
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/動画=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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