注目すべきはバイクだけにあらず パワフルに突き進むカワサキ&川崎重工業の今と未来
2021.10.22 デイリーコラム![]() |
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絶妙なタイミングで行われた二輪事業の分社化
二輪メーカー「カワサキ」の実態は、川崎重工業に属する「モーターサイクル&エンジンカンパニー」という一部門であり、この巨大企業のなかで唯一、個人消費者と対面する「B to C」(Business to Consumer)事業を担っていた。それ以外の部署はというと、船舶/車両/航空宇宙/ジェットエンジン/環境プラント/精密機器といった「B to B」(Business to Business)を主体として、深海から宇宙までを網羅。川崎重工業は、三菱重工業、IHIと並んで日本三大重工業の一角を成し、2020年度の売上高は1兆4884億円にのぼる。
そんななか、モーターサイクル&エンジンカンパニーの分社化構想が発表されたのが2020年11月のことだ。2019年度の同部門の売上高は3377億円を報告するも、営業損益は19億円の赤字に転落。それゆえ「カワサキが危ない」「二輪部門は見限りか?」という空気感が一部に漂っていた。
しかしながら、現実はそうでもない。B to C事業では刻々と変わる消費者ニーズへのスピーディーな対応が求められるが、巨大企業のなかではそれが難しい。分社化は即断即決を促し、他社との連携もスムーズに行うための策だったのだ。
構想の発表後、2020年度の営業損益は117億円の黒字化に成功するなど、カワサキの業績は大きく回復。その追い風のなか、2021年10月に新生「カワサキモータース」が正式に発足し、今度は一転してカワサキの勢いを感じさせるニュースとなった。とはいえ、2020年度のグループ全体の営業損益は53億円の赤字であり、航空宇宙部門(△316億円)や車両部門(△45億円)、船舶海洋部門(△30億円)の損失が足枷(あしかせ)になっている。それを思えば、ふさわしいタイミングでふさわしい判断が下されたと言っていいだろう。
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二輪車の電動化にも前のめり
今回の分社化に際し、2021年10月6日に川崎重工業およびカワサキモータースは事業方針説明会を開催した。そこでは2030年までのビジョンが描かれ、「売上高1兆円」という極めてキャッチーな目標が掲げられた。直近3年のそれが、3568億円(2018年)、3377億円(2019年)、3366億円(2020年)という実績を踏まえるといささか夢見がちな数字に思えるが、経営陣は日本ではほとんどなじみのないオフロード四輪がそのけん引役になると説明。北米で急成長をみせるマーケットへの対応が、今後のカギを握ることになる。
また、それと並行してカワサキの未来を大きく左右しそうな案件が電動化への取り組みだ。説明会の場では、「2035年までに先進国向け主要機種の電動化(BEV/HEV)を完了すること」と、その助走として「2025年までに10機種以上の電動バイクを導入予定であること」を発表。研究段階のハイブリッドモデルが公開されるサプライズもあり、単なるポーズではないことをうかがわせた。
私(筆者:伊丹孝裕)はwebCGのコラムにおいて、「二輪の電動化はハイブリッドEV(HEV)ではなく、バッテリーEV(BEV)が現実的であり、主流になる」(参照「バイク電動化の起爆剤となるか? 交換式バッテリーの“世界連合”が描く未来」)と書いた。それは確信にも近かったが、カワサキがハイブリッドEVを前面に押し出してきたのはその数日後のことである。プロトタイプとはいえ、自身の読みの甘さを恥じ入らずにはおられない出来事でもあった。
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進化するカワサキのバイク事業
それにしても、このところのカワサキの自由闊達(かったつ)な動きには目を見張るものがある。かつてのブランドイメージは、女子供を寄せつけないような荒々しさの上に成り立っており、いつの頃からか「漢(おとこ)カワサキ」という言い回しが定着。快適性や先進性よりも、パワーありきの直線番長を気取ることがひとつのスタイルになっていた。欧米では不吉とされるライムグリーンをコーポレートカラーに採用していることも手伝って、ユーザーにおもねらない孤高の存在感が持ち味だったといえる。
現在もそうした姿勢は健在で、スーパーチャージドエンジンを搭載する「ニンジャH2R」は、ラムエア加圧時に326PSもの最高出力をマーク。クローズドコース専用とはいえ、常軌を逸したスペックを持つマシンをごく普通にラインナップしているあたりは、いかにもカワサキというよりほかない。
しかしその一方で、他の多くのモデルは実に戦略的だ。「Z900RS」や「メグロK3」といったネオクラシックモデルは、バイク界全体のセールスに貢献し、「ニンジャ250/400」は若者の購買欲を刺激。また「ニンジャZX-25R」のために開発された249cc 4気筒エンジンの超高回転サウンドは、世代を問わず多くのライダーの心を奪った。さらにはイタリアの名門コンストラクター、BIMOTA(ビモータ)と協業して少量生産のプレミアムモデルを手がけるなど、スキのないブランディングには狡猾(こうかつ)ささえ覚える。
ユーザーが欲するモデルを絶妙なタイミングで投下し、ときに時代を巻き戻し、ときに先取りしながらシェアを拡大。バイクのデザインは洗練され、ジャケットやシャツといったアパレルも充実するなど、ふた昔前なら考えられなかったような変貌を遂げているのだ。ハードもソフトもことごとく当たり、カワサキは絶好調と呼べる状況にある。
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“水素バイク”の登場だってあり得る
その意味では、当初の一部報道とは逆に、現状はカワサキが川崎重工業を見限ったかのようにもみえるが、もちろんそんなことはない。カワサキは依然として川崎重工業の100%子会社だし、親会社のほうも時代に即したさまざまな施策に取り組んでいる。例えばエネルギー分野では、新たに水素戦略本部を設け、再生可能エネルギーから水素を製造・液化して日本へ輸入するプロジェクトを本格化。水素を作り・運んで・ためて・使うという商用化のサイクルを、2030年までに実現するとしている。
このプロジェクトには、オーストラリアの大手鉄鋼企業フォーテスキューメタルズグループや、日本の岩谷産業、ヤンマーパワーテクノロジー、ジャパンエンジンコーポレーション、大林組、そしてトヨタ自動車などが参画。川崎重工業のもとで育まれた船舶用の水素ガスエンジンや水素航空機の技術が、カワサキモータースへ還元される日もそう遠くはなさそうだ。
こうしたグループビジョンには、医療・ヘルスケア分野への進出、配送ロボットや無人機による物流なども含まれ、全方位的に張り巡らされたコングロマリット経営にしたたかな成長戦略がうかがえる。
川崎重工業が近年掲げているキャッチコピーのひとつに、「カワる、サキへ。 Changing forward」というものがある。現在の挑戦的な施策の数々はそれを地でいくもので、偽りはない。その実現に強烈な推進力が必要なことを思えば、パワーありきのカワサキらしさは今も昔も変わっていない。
(文=伊丹孝裕/写真=カワサキモータースジャパン、川崎重工業/編集=堀田剛資)

伊丹 孝裕
モーターサイクルジャーナリスト。二輪専門誌の編集長を務めた後、フリーランスとして独立。マン島TTレースや鈴鹿8時間耐久レース、パイクスピークヒルクライムなど、世界各地の名だたるレースやモータスポーツに参戦。その経験を生かしたバイクの批評を得意とする。
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