あと13年でエンジンと決別!? 「レクサス100%BEV化」はアリなのか?
2022.01.10 デイリーコラム全くもって正攻法
2030年、トヨタは全世界で350万台もの電気自動車(BEV)をつくると発表した。うちラグジュアリーブランドのレクサスが占めるのは100万台。それはすなわちレクサス新車販売の全量がBEVとなることを意味する(2020年のレクサスの販売台数は約72万台)。2021年12月14日に開催された記者会見でも、ブランドトップの佐藤恒治CBO(Chief Branding Officer)は「レクサスがBEVをリードし、先進技術のフロントランナーとなる」と明言した。
この戦略、メルセデス・ベンツやアウディ、ジャガーといった欧州系の「原則BEVオンリー宣言」をみるまでもなく、高級ブランドにおいては全くもって正攻法だ。
第一にラグジュアリーマーケットほど環境意識の高い場所はない。高価な物品は実は最も“反環境的”(合理的に考えて世界中の人が皆、軽自動車に乗ればかなりマシになるのではないか!?)で、だからこそその愛好家たちは自らバランスをとりたがる。高所得者にはグローバルな情報を積極的に入手する層も多いから、環境に対する意識も常に高めだ。一方、ブランド側としてもマネー=CO2ということはよく理解しているので、できるだけカーボンニュートラルな製品を売っておきたい(たとえその場しのぎとなるにせよ)。売る側と買う側の利害が一致しており、しかも販売の場所と台数も限られているのだから、電動化を避けて通る必要などそもそもない。
しかも自動車の場合は、「常に最新のテクノロジーを注入することで価値の維持と増加を心がけなければならない商品」という特性がある。出始めの新技術はとかく高コスト。バッテリー価格が思うように下がらない今、基本性能をバッテリーに依存するBEVは、高性能にすればするほどどうしても高くなってしまう。逆に言うと、お金の取れる大型のモデルであるからこそ、高性能を維持したままBEVにしやすい。高く売れるのであれば運転支援や自動化、コネクテッドといったBEVとの相性がよい技術もどんどん試すことができる。
それに公道上でそのパフォーマンスを試すことが日に日に難しくなる昨今、高性能で高級なモデルの価値は、従来のエンジンスペックやハンドリングといった項目から、もっとシンプルに、街なかでもちょっとしたチャンスで味わえる加速性能などへシフトしつつある。それが無音ともなれば新鮮味もさらに増して、多くの高級車ユーザーを満足させている、というわけだ。なにしろ音自慢でダイナミック性能自慢のフェラーリやランボルギーニでさえ、2025年以降にはBEVをデビューさせるのだから!
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このブランドにはチャンス
「レクサスならでは」といった事情もあると思う。それはヘリテージの薄さだ。欧米のラグジュアリーブランドと違ってレクサスには誇るべき伝統というものがまだ乏しい。わずか三十余年の歴史しかないのだから仕方ない。ならば守るべきエンジンやデザインといった伝統のないことを逆手にとればいい。100年に一度の変革期に気にしなければならない過去などないということは、むしろチャンスと捉えるべきだろう。たとえ全量がBEVになったとしても、「シルキー6がないなんて」とか言われずに済むのだから。
比較的新しいブランドゆえ、「良いものであれば認めるマーケット」=「BEVに対する意欲も高い市場」で高評価を得ていることもレクサスの強みだ。2020年で言えば、72万台のうち52万台、実に72%のレクサスが北米と中国というBEVニーズの高い2大マーケットで販売されている。これに欧州分の台数を加えれば全体の実に8割にも達する。2035年にレクサスが100%BEVになっても、これら3大BEVマーケットにおいて現在のブランド力が維持され(欧州では上がるだろう)、登場する新型EVの商品力さえ認められれば、他の地域での台数も合わせて、レクサスBEV100万台は十分に成就可能な目標というべきだろう。
そもそもBEVのようなクルマは、カーボンニュートラルへの取り組みという早急の課題さえなければ、極小と超大型の両極からじわじわと市場に浸透させていくべきだというのが筆者の持論だ。マイクロカーとロールス・ロイスほどBEVにぴったりなクルマはない。その両極からバッテリー技術の進化と環境の整備、人々の意識や職住環境のあり方、エネルギー事情の変化に合わせて、国や地域ごとに違った時間軸で電動化を進めるのが理想だと今でも思っている。そういう意味でもラグジュアリーブランドであるレクサスからBEVにするという、今回発表された戦略は正攻法だと思う。
もっとも、心配な点を挙げるとすれば、それは日本のユーザーへの配慮だ。おそらくトヨタ&レクサスのことだから、エネルギー事情の特殊な日本のユーザー向けにさらにスペシャルな戦術を用意することだろう。レクサスにしても年間5万台程度の日本における販売台数をさらに引き上げるチャンスとみなければならない。なにしろ、日本におけるBEVの販売台数は今のところわずかに年間1万5000台ほど。いくら“BEV嫌い”がまん延し、急速なBEV導入には懐疑的な情勢であったとしても、社会(=市場)にはまだしも受け入れる余裕ありと言ってよさそうだ。
個人的には、頓挫したGRハイパーカー計画に代わるレクサスのハイパーEV(記者会見にも登場したアレがそうなのか?)を早く見てみたいと思っている。いちスーパーカーファンとしてもレクサスブランドの新時代はそこから始まってほしいとも願っている。
(文=西川 淳/写真=トヨタ自動車、webCG/編集=関 顕也)
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西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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