第181回:「恋はベンチシート」アゲイン!
2011.02.19 マッキナ あらモーダ!第181回:「恋はベンチシート」アゲイン!
いろんな意味で“使える”ベンチシート
1980年代に人気を博したバンド「ジューシィ・フルーツ」の大ヒット曲といえば「ジェニーはご機嫌ななめ」である。だが彼らは「恋はベンチシート」という曲もリリースしている。
近田春夫氏による歌詞は秀逸だ。「狭すぎる、あなたの自慢のクーペ」で始まり、やがて「だからベンチシートの車に買い換えてよ」という決め台詞がくる。要は、車内で恋人同士でいちゃつくにはベンチシートが最高、というお話である。
ボクもベンチシートや、ベンチシート風のセパレートシート(ベンチシート風でありながら、運転席・助手席が独立して前後スライドやリクライニングできるもの)が大好きである。東京時代、ベンチシート風セパレートシート+コラムATの「ビュイック」を2台乗り継いだのもそのためだ。
残念ながら、前述の歌が目指すシチュエーションに達することはなかった。それどころか、そこそこ見栄えのいいクルマゆえ、のちに義父となる彼女の父親のお出かけ用運転手として使われてしまった。とほほである。
それでもビュイックは快適だった。ボクが当時住んでいた東京郊外から都心に至るのには、ほぼ中央道と首都高だけ。冬のスキーも関越道・中央道沿いからあまり奥地を目指さなかった。だから、自動車雑誌が追求するようなシートホールディングは必要なかったのである。
壁などに邪魔されて運転席側ドアを開けて降りられない場合、スルっと助手席側に移動して降りられる利便性もあった。今日、イタリアで壁の脇に縦列駐車し、助手席側に移って降りるとき、シフトレバーに足をぶつけたり、腰をひねって「イテテテ」となったりするたび、「ビュイックのときは、こんな苦しい目には合わなかったな」と懐かしくなる。
さらにビュイックは6人乗りだったので、3名乗車する場合、前席に並んで座れた。少々窮屈でも、そうすることによって、誰か1名を後席に回す仲間外れ感が避けられた。
答えは歴史にあり
日本車では今日、軽自動車や「日産キューブ」など一部のモデルにしか、ベンチシート風の仕様がないのは、ボクにとって実に残念だ。
そういえば、完全なセパレートシートでも、助手席との足元に遮蔽物がなかった初代&2代目「トヨタ・プリウス」は、ボクが好きなクルマだった。ところが現行の3代目になったら、いきなりセンターコンソールが、それも比較的高めの位置に付いて助手席との間を遮ってしまった。トヨタのことだから綿密なリサーチの結果なのだろうが、ボクとしてはなんとも惜しい。
実は欧州車をみても、センターコンソールがなく、楽に左右移動できる量産モデルはないに等しい。カール・ベンツやゴットリープ・ダイムラーが作った世界初のガソリン自動車だって、ベンチシートだったにもかかわらず、である。なぜにここまでベンチシートの人気がないのかは、センターコンソールに生えるシフトレバーの歴史とたぶんに関係があろう。
戦後、欧州の自動車界では、アメリカ車風のコラムシフトが全盛だった。思い出すだけでも1954年の「メルセデス220 ポントン」、1955年の「シトロエンDS/ID」、1960年の「プジョー404」がコラムシフトを採用している。あのアルファ・ロメオでさえ、1950年の「1900」や1955年の「ジュリエッタ」などはコラムシフトである。
ところが1960年代に入ると、次第にフロアシフトが隆盛してくる。ダイレクトな操作感覚という実際の美点に、当時流行していたモータースポーツによる“フロアシフト=カッコいい”というイメージが後押ししたのだろう。フロアにシフトレバーが生えると、室内レイアウト的にも、雰囲気的にも左右独立したシート(ときにはスポーツカー風バケットシート)が好まれるようになった。
結果として左右シートが独立しているクルマ=高級車というムードが醸し出され、逆にそれ以前のベンチシートは「ダサい」ものとして追いやられてしまった。欧州では、さらにベンチシート+コラムシフトは不利な立場に立たされた。後年もオートマチックの需要が増えることがなかったためだ。
また後輪駆動の高級車においては、ギアボックスが大型化し、かつ車高が低くなっていった。そのため、快適なベンチシートを許してくれる低いフロアトンネルは、さらに実現しにくくなってしまった。
ああ、ボクは絶滅種!?
日本では、モータリゼーションがスタートするきっかけとなった1966年の「トヨタ・カローラ」が、ときの潮流にしたがいフロアシフトを採用したのが大きかっただろう。ついでにいえば、アメリカ車ではなく欧州車をメートル原器とした自動車雑誌が、ベンチシート+コラムシフト=親父仕様というイメージを読者に長年植え付けてしまった。
さらに1990年代以降は、担当デザイナーいうところの「包まれ感」が強調されたインストゥルメントパネルが主流となった。「包まれ感」は日本人の家ごもり「おうち志向」のマインドとどこかで同期して、これからもっとウケてしまうのではないかと思われる。いうまでもなく、ベンチシートの開放感と相反する。狭いニッポンなのだから、せめてクルマの中くらい広々としていたほうがいいのではないか、と思うのだが。
ドライブトレインのレイアウトに自由度が高い電気自動車「日産リーフ」でさえ、シートは完全に分けられ、ちゃんとセンターコンソールが備わっている。
ということで、広々としたベンチシートを備えたクルマは、もはや欧州でも日本でも望めないのか、そしてボクのようなベンチシート愛好家はもはや絶滅危惧種なのか、と悲しくなる筆者なのである。
そんなことを考えていたら、わが女房が何やら袋を抱えて買い物から帰ってきた。よく見たら、小さい毛布が2枚入っている。わが家では結婚以来15年、1枚の大きな毛布で一緒に寝ていた。だが女房が訴えるに、ボクが寝返りをうつたび毛布も巻き込んでしまうので寒くてたまらないと。だから「これからは各自別々の毛布にくるまって寝よう」というのである。
おいおい、わが家の寝室まで「包まれ感」のある“バケットシートタイプ”かよ。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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