シトロエンC5 Xシャイン パック(FF/8AT)
理想より現実 2022.09.23 試乗記 「シトロエンC5 X」が独特なのは、宇宙船のような見た目ばかりではない。ひとたび走らせてみれば、現代のクルマとはひと味もふた味も異なる乗り味に誰もが驚くことだろう。シトロエンの旗艦にふさわしく、なんとも面妖(←褒めている)な仕上がりだ。平取向けのショーファードリブン
C5 Xはシトロエンの新しいフラッグシップなのだそうだ。プジョーでいうと「508」にあたるDセグメントという位置づけは、前身となった「C5」(日本では2015年まで販売)と共通する。ちなみに2012年までのシトロエンには、さらにその上級にあたる、堂々たるフラッグシップの「C6」もあった。
公式プレスリリースによると、C5 Xは「セダン、ステーションワゴン、SUVそれぞれの強みを組み合わせた」ものだそうだ。かつてのC5やC6は3ボックスセダンが基本で、C5には別にステーションワゴンが用意されていた。しかし、今回はワゴン的にも使える5ドアハッチバックセダン形態で、そこにちょっと高めた地上高や前後バンパー、ホイールアーチにSUV風味を付け加えた……いわゆるひとつのクロスオーバーである。
当時のフランス大統領も公用車として使ったC6の役割は、今はDSが担う。DSのフラッグシップとなる「DS 9」はC5 Xよりホイールベースが110mmも長いEセグメントに相当する。
とはいえ、C5 Xの後席も身長178cmの筆者が足を組めるほどである。さらに高めに確保された全高と地上高のおかげで、きょうだい車ともいえるプジョー508より後席は広々としており、乗降性も明らかに良好である。ちなみに寸法的には508のほうがホイールベースは15mm長いが、地上高は25mm小さく、全高は70mm低い。
大統領公用車といわずとも、企業の会長車や社長車にはDS 9がよいだろうが、平取締役ならC5 Xがちょうどいいのではないか……とか勝手に書いてしまったが、すみません。筆者の会社員経験は中小出版社でのわずか数年、しかも完全なる平社員経験しかないので、実態はよく分からない。ただし、C5 Xでもショーファードリブンサルーン用途に十分以上の適性があることは確かだ。
外はしっとり中はしっかりのシート
歴代シトロエンと同様に、思わず二度見させる独特のアンバランス感があるスタイリングは、デザイナーの高度な計算の産物だろう。対するインテリアは、造形としてはプジョーやDSよりオーソドックスで、分かりやすい高級感がある。
今回はシトロエンの新しいフラッグシップとして、インテリア素材がゼロから見直されている。ダッシュボードの大半は当然のごとく手ざわりのいいソフトパッドに覆われているが、その一部は表面に小さな“シェブロン=山形モチーフ”のシボが刻まれているのが、その一例だ。その元ネタがシトロエンのエンブレムである「ダブルシェブロン」であることはいうまでもない。先日のインタビュー記事でもご紹介したが、このシボはそもそもC5 X用に開発されたものだそうだ。ほかにも、ウッド調パネル表面、レザーシート表面の穴あけパターン、そしてその周辺のステッチ……とインテリアにはさまざまな“隠れシェブロン”が仕込まれている。
また、最近は競うような大画面化がトレンドの液晶メーターパネルを、あえて小さめの7インチとしたのはデザイン上のねらいだろう。そこに表示しきれない情報は、それとは対照的に大きな12インチのセンターディスプレイが補う。
試乗車となった上級の「シャイン パック」のシート表皮は、ベンチレーション用の穴が開けられたレザーとなるが、自慢の「アドバンストコンフォートシート」の特徴である低反発ウレタンの効果を邪魔しない柔らかさである。パンの食レポでよくいわれる“外カリ、中フワ”ならぬ“外しっとり、中しっかり”のシートは、20世紀のフランス車を彷彿とさせる座り心地である。現代の衝突安全性をクリアしつつ、特別に高価な素材も使わないシートとしては、素直に素晴らしい。
笑っちゃうほどハイドロライク
C5 Xの直接的な前身となった2代目C5は、シトロエン独自の窒素ガスと油圧による「ハイドロニューマチック」および「ハイドラクティブサスペンション」を採用した最後のクルマだった。対してC5 Xのサスペンションはコイルスプリングによる一般的な形式だが、今回試乗したC5 Xはダンパーに「プログレッシブハイドローリッククッション(PHC)」が使われている。PHCとはいうまでもなく、「C5エアクロスSUV」ですっかりおなじみとなったシトロエン独自の“ハイドロ風アナログ固定減衰サスペンション”である。
日本に導入されるC5 Xのパワートレインには今回の1.6リッターターボの純エンジン車のほかに、同エンジンベースのプラグインハイブリッドがあるが、そのプラグインハイブリッド車には、シトロエンとしては久々の電子制御ダンパーが装備されるようだ。
PHCがゆったりとした上下動を許容するハイドロ的な味わいをもつことは、C5エアクロスで証明済み。より重心が低いC5 Xなら、もっとシトロエンらしくすることも可能だろうとは予想していた。しかし、まさかここまでとは、個人的には想定外だった。C5 Xの乗り心地は思わず笑ってしまうほど、ハイドロライクに仕上がっている。
PHCを備えるC5 Xは、市街地でも高速でも、ふわーりふわーり……と上下しながら走る。高速で大きめの目地段差を乗り越えたときなども、突き上げを一発でしとめるのではなく、2~3回ゆっくりと上下させながらショックを吸収する。このように上下方向には徹底して鷹揚にして悠然、かつ柔軟なわりに、左右方向には意外なほど高剛性でロールが小さいのもハイドロっぽい。デフォルトとなるノーマルモードではパワーステアリングが軽く、さらにブレーキペダルも軽め。このあたりの調律もなんともシトロエンだ。
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細身のタイヤが効いている
前記のようにロール剛性が高いので、C5 Xのステアリングレスポンスは意外なほどに俊敏だ。軽いパワステも相まって、雑踏での取り回しはとても軽快である。ただし、そのままワインディングロードに踏み入れると、市街地では重宝したパワステがさすがにちょっと軽すぎて、油断するとステアリングを必要以上に大きく切ってしまいがちになる。そういう場合はドライブモードを「スポーツ」にすると、パワートレインが活発になると同時に、ステアリングが適度にしっとり重くなる。
ワインディングでのC5 Xは、ステアリングの初期反応こそ俊敏なのだが、基本的な旋回特性はロングホイールベースと粘り強いリアサスペンションの相乗効果で、アンダーステアが強めの安定志向である。ふわーりふわーりと上下しながらも、4本のタイヤはしっかりと接地して、安定したライントレース性を披露する。こうした味わいもまたなんともシトロエンだ。
一般的なコイルスプリングでここまで伝統のハイドロ味を再現できている背景には、205幅で19インチという独特のタイヤサイズの恩恵もあるかもしれない。同じエンジンを積む508のタイヤ幅は235だから、C5 Xのそれは明らかに細い。C5 Xはそのうえで、55偏平の19インチという大径サイズとして、クロスオーバーらしさと必要な接地面積を確保している。細めのタイヤ幅のおかげで路面感覚は軽快。同じ全幅ならトレッドも広くなるので、自然に踏ん張りがきく。
このようなC5 Xの乗り心地や操縦性は個人的にはたまらない。しかし、冷静かつ客観的に、これが現代のクルマとして優秀な乗り心地、文句なしのダイナミクス性能と評価すべきかというと、そうではない。
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マニア向けばかりで大丈夫か?
世界の自動車メーカーが理想とする快適なフラットライドとは、上屋がピタリと安定して上下せず、路上を滑るかのようにショックを伝えない乗り心地だ。ハイドロニューマチック時代からシトロエンがずっと追い求めていた理想もそうだろう。その意味では、路面からの衝撃を大げさなほどの上下動で吸収するC5 Xの乗り心地は、理想的なそれとはいいがたい。しかし、そんな理屈は横に置いても、現実のC5 Xはじつに心地よく、個人的にはいとおしい……というほかない。
1.6リッター4気筒直噴ガソリンターボとアイシンの8ATという試乗車のパワートレインは、すっかりおなじみである。車重1.5t強のC5 Xでも必要十分+αの動力性能をもつのはいうまでもなく、このクラスとしては静粛性も十二分だ。ただ、ここまで伝統的なシトロエンの乗り心地を再現してくれると、パワートレインでも「スピードはエンジンではなくアシで稼ぐ」というフランス車の伝統を味わいたい気分にかられてしまう。かつてエンジン出力に応じて課税されていたフランスでは、伝統的に車格に似合わぬ小排気量エンジン車が多かった。
このセグメントで1.6リッターなら、ダウンサイジングエンジンといえなくもない。しかし、どうせなら「C4」に搭載される1.5リッターディーゼルか、1.2リッター3気筒ガソリンターボで、C5 Xを走らせてみたい。最大トルク300N・mの1.5リッターディーゼルなら問題なしだろうし、1.2リッターガソリンターボでも最大トルクは230N・mまで達しているから、数値的にはいけるんじゃ……と、妄想は膨らむばかりだ。まあ、素人が考えるほど話は簡単でないだろうけれど。
最近のシトロエンは「ベルランゴ」や「C3エアクロスSUV」などでしっかりと稼ぎつつ、先ごろのC4といい、このC5 Xといい、なんとも旧来のマニアの琴線をくすぐるモデルを繰り出してくれるのがうれしい。ただ、こんな極東のクルマオタクを喜ばせるクルマが、欧州でも商売になるのかは人ごとながら少し心配である。なんとか成功してください。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
シトロエンC5 Xシャイン パック
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4805×1865×1490mm
ホイールベース:2785mm
車重:1520kg
駆動方式:FF
エンジン:1.6リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:180PS(133kW)/6000rpm
最大トルク:250N・m(25.5kgf・m)/1650rpm
(前)205/55R19 97V/(後)205/55R19 97V(グッドイヤー・エフィシェントグリップ パフォーマンス)
燃費:--km/リッター
価格:530万円/テスト車=538万7890円
オプション装備:ボディーカラー<グリアマゾニトゥ>(7万1500円)/ETC+取り付けブラケット(1万6390円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:3282km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:409.0km
使用燃料:41.3リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:9.9km/リッター(満タン法)/10.5km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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