日本のビッグネーム2社がタッグ ソニー・ホンダモビリティは果たして成功するのか?
2022.10.28 デイリーコラム記者会見で発せられた「付加価値で勝負する」という宣言
ソニーとホンダがEV事業での提携を発表し、世間をにぎわせたのが2022年3月(参照)。それから7カ月が過ぎた2022年10月17日、両社の合弁によって誕生した新会社ソニー・ホンダモビリティが、事業内容を説明する記者会見を開いた。
本年3月の協業発表時に語られたのは、「合弁会社設立、高付加価値EVの共同開発・販売、モビリティー向けサービスの提供の3点で合意」し、「2022年中に新会社を設立して、2025年に最初のモデルのリリースを目指す」ことまでだった。両社の役割分担や車両のイメージなど、具体的な事業内容には踏み込んでいなかったので、次の発表を楽しみにしていた人も多かったことだろう。筆者も楽しみにしていた一人だ。しかし、10月17日の会見では期待するほどの情報はなかったように思うし、メディアでもそういった論調の記事が多い。
そこでここでは、あえて「ソニー・ホンダモビリティは思ったよりも、ちゃんとビジネスしようとしている!」と、希望的観測を交えた話をしてみたい。
その前に、今回の記者会見の内容を整理しておこう。詳しくはソニー・ホンダモビリティの公式サイトを見ていただきたいが、およそ以下の5点に集約される。
- ソフトウエア技術を中心とした「Mobility Tech Company」を目指す。
- パーパス(存在意義)は「多様な知で革新を追求し、人を動かす。」
- 第1弾商品は2025年前半に受注開始、2026 年春に北米でデリバリーを開始。日本では2026年後半を予定。
- 「3A」(Autonomy:進化する自律性、Augmentation:身体・ 時空間の拡張、Affinity:人との協調、社会との共生)をコンセプトにした、高付加価値EVを提供する。
- 車載ソフトウエアからクラウド上のソフトウエアまで、一貫した統合的フレームワークを構築する。
ソニー・ホンダモビリティの発表で実感したのは、同社はハードウエアではなくソフトウエアを売る会社なのだということ。彼らが動かしたいのはクルマやモノではなく「人」であり、そのための手段は「多様な知」だ。商品分類上はEVだが、資料には航続距離や走行性能など、車体の技術につながる言葉はなかった。商品の実態は「3A」「一貫した統合的フレームワーク」を備えた「高付加価値EV」。今回の会見は「付加価値で勝負していく」という宣言だったわけだ。
プロジェクトに共感する人や企業を集められるか?
昨今におけるモビリティーの進化の方向性は、ざっくりと言えば2つに大別できる。ひとつは安全のための先進運転支援システム(ADAS)の高度化だ。これは交通参加者の命に直結する領域だけに、技術のみならず法整備や社会受容性の観点も含めて、堅実に進めていかなければならない。もうひとつは、豊かさのための付加価値の探求だ。背景にあるのはコネクティビティーに象徴されるITの進展で、こちらも法律や社会とのかかわりは欠かせないが、多様性や柔軟さや喜びといった要素が尊重される点で異なる。
このうち、前者についてはホンダはすでに「レベル3」自動運転の商品化を実現しており、ソニー・ホンダモビリティも2026年発売のモデルにレベル3の自動運転システムを搭載するとしている。カスタマーは特定条件下とはいえ、すべての運転操作をクルマがこなすさまを体験できることだろう。
一方で、依然として具体的な情報が明らかにされないのが、後者の「付加価値」だ。これについては、ソニー・ホンダモビリティがどれほど事業参画者……記者会見での言葉を借りると「共感・共鳴していただけるカスタマー、パートナー、クリエイター」の協力を得られるかにかかっている。
ソニーもホンダも、プレゼンテーションがうまい企業だ。技術オリエンテッドのスタートながら、半歩から一歩先くらいの未来のライフスタイルを提案し、夢のあるストーリーで人々をワクワクさせながら成長してきた。元号は昭和、平成、令和と移り変わり、古きよき時代を知らない世代も増えてきた。とはいえ、いまでも多くの人が「ホンダらしさ」「ソニーらしさ」をイメージすることができる。両社はそんな数少ない企業だ。ソニー・ホンダモビリティがこれほど注目されていることからも分かるとおり、彼らに魅力的なプラットフォームを用意できれば、多くの人や企業がプロジェクトに集うことだろう。
一方で、クルマの側については、そろそろ“実体”が必要だ。脱炭素社会の実現に向けて各国が打ち出すエンジン搭載車の販売制限は、着実に実施時期が近づいている。世界規模で市場を見れば、中国を筆頭に独自のEVが走り始めている。どんなに素晴らしいビジョンやコンセプトも、実車がなければ絵に描いたモチだ。
2023年のCESでどこまで見せるかに期待
またヒューマン・マシン・インターフェイスについても、そろそろなにがしかの提案が見たい。どんなに斬新なサービスやコンテンツも、モニターとスピーカーがなければ搭乗者には伝わらない。
ソニー・ホンダモビリティは、車両そのものを高性能化するのではなく、その他の付加価値で勝負すると宣言している。おそらく彼らが手がけるEVは、ホンダがいま持っている技術の延長線上にあるモデルとなるはずだ。ただし、ソフトウエアやインターフェイスには、今までにない新しい提案が盛り込まれなければならない。ホンダには長年クルマをつくり続けてきたからこその経験値と提案力があるし、ソニーはIT産業やエンターテインメント産業で磨いてきた発想力がある。具体的な中身はおそらく、2023年1月のCESを皮切りに、徐々に明らかになっていくはずだ。
最後に、あらためてサービスの側に話を戻すと、ソニー・ホンダモビリティの開発するソフトウエアや関連サービスは、ほかのメーカーとも共有し得るものかもしれない。コネクティビティー領域のサービスは、プラットフォーム化してパートナーを増やすほうがレバレッジを効かせられる。充電などの周辺サービス事業者はもちろんのこと、斬新なアイデアを持つ新興メーカーに基盤技術として売り出す方法もあり得る。そうなれば事業の評価は受注・出荷台数ではなく、システム搭載率やカバー率が指標になるだろう。
筆者が願うのは、3A(進化する自律性、身体・時空間の拡張、人との協調、社会との共生)のコンセプトに基づく高付加価値なるものが、インクルーシブなシステムであってほしいということ。年齢や国籍、心身の特徴、収入の多寡に関係なく、ソニー・ホンダモビリティのEVに価値があると認める人たちにしっかりと還元がある仕組みにしてほしい。コネクティビティーを備えたことでEVはオーナーと車両周辺にいる人たちだけのモノではなくなった。コネクトした先は世界中とつながり、誰もがなにかしらのかたちでソニー・ホンダモビリティとつながる可能性があるのだ。
具体的な発表がなくとも、こうした妄想を広げられるのはやはりホンダとソニーというビッグネームだからこそだろう。ソニー・ホンダモビリティはコネクティビティー領域の覇者となれるのか、ぜひとも大きな絵を描き、私たちをワクワクさせてほしい。
(文=林 愛子/写真=webCG、ソニー/編集=堀田剛資)

林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。