第788回:【Movie】20世紀の終わりに描かれた未来 「シトロエンXM」ファンが熱く語る
2022.12.22 マッキナ あらモーダ!ドイツ勢に挑んだフレンチリュクス
1990年代、シトロエンのトップモデルにしてイメージリーダーでもあった「XM」。そのファンがローカルミーティングを開催するという。場所はイタリア中部キウージである。ペルージャを州都とするウンブリア州の端に位置しており、標高390mの丘の上にある人口8000人余りの町だ。筆者が住むシエナからは約80km。イベントオーガナイザーにシトロエンへの愛情を込めたメッセージを送ると、「取材大歓迎」の返事がもらえた。
まずはXMについておさらいしておこう。シトロエンXMは1989年5月にデビューした。エクステリアデザインはコンペ形式で実施され、社内のほか、マルチェロ・ガンディーニなどからも案が提示された。最終的には、イタリア・トリノを本拠とするベルトーネ社のマルク・ドゥシャンによるものが採用された。
XMは同じグループPSAの「プジョー605」と同じプラットフォームを用いながら、従来のハイドロニューマチックの進化版「ハイドラクティブ」を採用していた。
当初のエンジンはガソリンが2リッター4気筒とPRV製3リッターV型6気筒(12バルブ)、ディーゼルは2.1リッター4気筒の自然吸気およびターボという設定だった。後年、パワー不足を補うため、V6に24バルブ仕様(1990年)が、2リッターにターボ仕様(1992年)が追加されるなど、各ユニットにはさまざまなかたちでパワーアップが施された。
デビュー翌年の1990年には3代目「フォード・フィエスタ」や「メルセデス・ベンツSL(R129)」などを抑えて、欧州カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。
1994年(1995年モデルイヤー)には大規模な改良が実施され、後期型となる。フロントグリルは、妹分にして、同じくベルトーネ/ドゥシャンの手になる「エグザンティア」に近いものが新たに与えられた。ダッシュボードも一新され、「DS」以来のシングルスポークステアリングは、エアバッグ内蔵の4本スポークに置き換えられた。
1996年には、前年に就任していたジャック・シラク大統領の公用車に採用された。1997年には3リッターV6エンジンが従来のPRVに代わり、その新世代型であるES/Lに置き換えられた。
しかしシトロエン渾身(こんしん)のフレンチリュクスであったものの、ドイツのプレミアムカーの壁はあまりにも厚かった。そのためXMの生産は、デビュー翌年(1990年)に記録した10万台を超えることは二度となかった。そればかりか、年々下降線をたどり続け、ついに1995年には2万台を切った。そして「C6」にその座を譲るかたちで、2000年に生産を終了した。総生産台数は、「CX」の約100万台に対して、約33万3000台にとどまった。
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逆境下でも
生産終了から早くも22年が経過した今日、フランスでもイタリアでも、XMを見かける機会はまれといってよい。背景の第1には、前述のように市場に出回った数が限られていたことがある。第2は、PRV製エンジンの燃費が1リッターあたり10kmを切り、燃料価格が年々上昇する欧州では決して現代的ではなかったことがある。第3に、年々厳しくなる排ガス規制だ。例えば、パリの規制では、もはや平日の昼間にXMで走行することは原則として不可能である。特に人気があったディーゼル仕様も欧州の排ガス規制においては旧式に分類されるため、イタリアでは最新のディーゼルよりも重い税が課せられる。
だが、今日でもXMの根強いファンが存在する。フランスにXMの愛好会は、少なくとも4つが確認できる。イタリアでも、今回の催しを企画した「シトロエンXMクラブ・イタリア」が活動している。
彼らがXMを愛する背景にあるものとはなんだろうか。C6が雲上のプレステージカーになってしまったのに対し、XMは一般人が購入を検討できる範囲の価格で、かつ日常使用が可能な最後のシトロエン製高級車だった。ゆえにDSの最後の後継車であるという考えだ。この見解は、今回のイベントに来場したオーナーからも聞かれた。動画では彼らに、XMに対する熱い思いを語ってもらったので、ご覧いただきたい。
参考までに、欧州各国を網羅した中古車検索ウェブサイト『オートスカウト24』によると、2022年12月現在では46台がリストアップされている。最安は500ユーロ(約7万2000円)、最高は7万ユーロ(1000万円)と、かなりの幅がある。
会期2日目の朝、筆者がキウージの広場で待っていると5台のXMがやってきた。DSが2台と「SM」が1台、そしてオーガナイザーが運転するミニバン「エヴァジオン」なども加わっている。
当日オーガナイザーを務めたフェデリコ・ゴヴェルナトーリさんは、イタリアにおけるシトロエンを統括する団体でも役員を務める。「一台持っている人でも、何十台持っている人でも、みんな友だち。これがシトロエンなのです」と、このブランドのよさを語る。同時に「XMはベルトーネの傑作。素晴らしい仏伊の合作なのです」と話す。筆者が補足すれば、当時のベルトーネの社主ヌッチオ・ベルトーネ(1914年~1997年)は個人的にもXMがお気に入りだったようで、晩年にはプライベートカーとしても使用していた。その車両は今日でもミラノ・マルペンサの博物館に保管されている。
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いつまでもとどまっていたい
催し当日のキウージ旧市街は、ひどく寒い日だった。州境にある湖から吹き上げてくる風のためだろうか。オーナーたちとはXMの車内で話すことにした。視覚的にも感触的にも心地よい内装材、穏やかで柔らかさを伴った座り心地のシートは、まるでサロン(応接間)のようである。
もちろんそれらは祖先であるDSやCXとも共通のものだ。しかし、ピラーの鋭い角度が醸し出す未来感という点では、より筆者の嗜好(しこう)に合致している。特に、初期型におけるインテリアの意匠は、先に市場に送り出された「BX」に通じる。その巧みなプラスチック使いは――当然、クラッシュセーフティーという観点からは後期型のほうが優れているが――、デザイナーのアイデアスケッチを忠実に再現しようとした努力がうかがえる。明るすぎず、かつ暗すぎない落ち着きは、フランスの高速列車「TGV」の車内に似たものがある。
もちろん、もっとゴージャスなロールス・ロイスやベントレーのインテリアに収まるほうが落ち着くという人もいるだろう。しかし筆者にとっては、XMのほうが安堵(あんど)感に満たされるのである。ここまで室内にとどまりたくなるクルマはまれだ。同時に感激するのは、その未来感が三十数年前に創造されたものだということである。ゆえにXMは、20世紀の終わりを飾るマイ名車の一台だ。
ちなみにその晩、家に帰って気づいたのは、XMの内装の匂いが服に移っていたことだ。あまりに長く車内にいたためだろう。それは1980年代から1990年代のシトロエン特有のもので、当時の内装材や接着剤などが混ざったものに違いない。他の欧州車はもちろん、同じフランスのルノーやプジョーとも異なる。東京時代、ドイツ車一辺倒の家で育った筆者が、BXやXMに初めて接して感激した日を思い出す。思いがけぬ“土産”に、脱いだセーターにしばし顔を埋めてしまった。
【XMクラブ・イタリアのミーティング PART1】
【XMクラブ・イタリアのミーティング PART2】
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真と動画=Akio Lorenzo OYA、大矢麻里<Mari OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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