第254回:“半地下の娘”が見せる華麗なカーアクション
『パーフェクト・ドライバー/成功確率100%の女』
2023.01.19
読んでますカー、観てますカー
『トランスポーター』的運び屋映画
金さえもらえば、ヤバい荷物をどこへでも送り届ける。『パーフェクト・ドライバー/成功確率100%の女』は、スゴ腕ドライバーが主人公の映画だ。通常の配送業者が扱わないモノを、目的地まで確実にデリバリー。プロの運び屋の映画というと、誰もがリュック・ベッソンが手がけた『トランスポーター』を思い出すだろう。さらに前をたどれば、『TAXi』に行き着く。
カーアクション映画では定番の設定だから、違いを見せるのが難しい。この映画の新味としては、ドライバーが女性ということになる。ヒロインのウナを演じるのは、『パラサイト 半地下の家族』で失業一家の娘役が強い印象を残したパク・ソダム。勝ち気で言葉遣いが荒いキャラクターを好演していた。今回も、鼻っ柱が強く、ズケズケと物を言う。みんな同じ顔の恋愛映画ヒロインとは一線を画する演技派の若手注目株だ。
冒頭のシーンでは、役所から事故車を引き取る。ボディー後部がひどく壊れている「ボルボ940」だ。なんとかエンジンを始動させて向かった先は、釜山の海辺にあるペッカン産業という廃車処理場。ボログルマを修理して販売しているが、それは表向きの顔。裏では訳アリの依頼人からの危険なミッション“特送”を請け負う特殊配送会社をやっている。
ボルボを引き取ってきたウナに、ペク社長(キム・ウィソン)が新しい仕事を指示するが、彼女は面倒がって断ろうとする。上司と部下の関係だが、力関係は対等だ。ウナのテクニックのおかげで“特送”が可能になっている。悪態をつきながらも、信頼関係を築いているようだ。
『ドライヴ』のサイレント運転を継承
指定された場所に行くと、ヤバそうな2人の男が近づいてくる。女だとわかると不安がって文句を言うが、追っ手が迫ってきたので渋々乗り込む。いきなりバックで急発進すると、彼らはあわててシートベルトを装着。華麗なスピンターンを決め、追っ手を翻弄(ほんろう)する。スピードで振り切るだけではなく、スピンパーキングで路駐してやり過ごし、エンジンを止めてニュートラルでバックするという技も使った。このあたり、『ドライヴ』でライアン・ゴズリングが使ったサイレント運転の手法を意識しているのだろう。
工事現場をすり抜けながら足場を倒して妨害し、踏切ではドリフトで列車の前を通過して追っ手を振り切る。冒頭でド派手なカーチェイスシーンを披露するのは、観客の心をつかむ意図があるからだ。ウナが乗っていたのはE34型の「BMW5 シリーズ」で、マニュアルトランスミッション仕様。超絶テクを見せるには最適な選択だ。そういえば、『トランスポーター』でも主人公がBMWに乗っていた。FRで速いクルマの代表格ということで選ばれているのだろう。
その後もクルマで追いつ追われつするわけだが、これ以上のカーアクションは登場しない。ウナが盗んだり買ったりして運転するクルマは「キア・プライド」や「キア・レイ」など。低パワーのFF車で、キレのいい走りを見せるには不向きだ。
後半は、幼い子供とのロードムービーの様相を呈する。ウナがオファーされた仕事は、野球賭博を仲介したことがバレて国外逃亡を図る元プロ野球選手からだった。子供を連れて港に向かおうとするが、賭博の元締めに先回りされて捕まってしまう。ウナは子供だけを乗せて運ぶしかない。
アクションで使うのはドライバー
この子供ソウォンを演じるチョン・ヒョンジュンは、パク・ソダムとは2度目の共演になる。『パラサイト 半地下の家族』で金持ち一家の息子役だった。あの時はインチキ美術家庭教師と奇行が目立つワガママ坊やという関係だったが、今回はバディを組むまでに成長した。
ソウォンは父から大金を隠した貸金庫の鍵を受け取っていて、金を取り戻そうとする悪人たちが追ってくる。“配達”が不可能になったのだからウナはソウォンを“返品”したいところだが、身寄りのない彼を見捨てるわけにはいかない。警察がポンコツでアテにできないのは韓国映画の常である。それどころか、彼らこそが敵であることがわかるのだ。国家情報院までが登場し、逃走劇は混乱を極める。
ウナはクルマを巧みに操るだけでなく、格闘のスキルも高い。武器となるのは、常に携帯している工具のドライバーだ。感心したのは、アクションシーンのリアルさである。ウナは武道の達人ではないし、フィジカルのポテンシャルが高いわけでもない。力ではゴツい男たちにはかなわないのだ。だから、頼りになるのは素早い動きと知恵だけ。殴られ、壁にたたきつけられても、根性で反撃する。
『ワンダーウーマン』のような超人ではなく、『アトミック・ブロンド』でシャーリーズ・セロンが見せた生身の女性の弱さと強さを受け継いでいる。小柄ながら胸のすく立ち回りを見せた。今後、アクション女優として活躍することが期待される。この映画は、彼女のキャリアのなかで重要な転機となる作品になったに違いない。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。