BMW i7 xDrive60エクセレンス(4WD)
すごい! スゴイ! スゴ~イ! 2023.01.20 試乗記 どこかの社長も「ワオ!」と声を上げるに違いないが、見た目のすごさは「BMW i7」の魅力のごく一部にすぎない。画期的な新装備群に加えて、圧倒的なまでの走行性能と快適性は、既存のクルマとは別次元というほかない。電気の力は恐ろしい。「7シリーズ」のトップモデル
昨2022年、ドイツ高級車2強=メルセデスとBMWの新型フラッグシップがそろって登場した。メルセデスが「EQS」、BMWがこのi7を含む「7シリーズ」である。
「2030年までに全車を純粋なバッテリー電気自動車(BEV)にする」と宣言しているメルセデスは、欧州でもいちばん急進的なBEV戦略を標榜するメーカーのひとつだ。対するBMWもBEVに積極的ではあるが、将来の見通しは「2030年までに販売車の少なくとも5割を実質ゼロエミッション化」と、欧州の高級車メーカーとしてはソフトランディング派である。しかも、同社のオリバー・ツィプセCEOは非公開の場ながら「内燃機関の早期終了は好ましくないし、おそらく環境にも良くない」と発言したとも伝えられる。
両社のBEVへの対照的な態度が、こうして最新フラッグシップサルーンの姿カタチにも象徴されているわけだ。どちらもほぼ同時期の発売ながら、それを最初からBEV専用車として開発したメルセデスに対して、BMWはあくまで内燃機関モデルを含む7シリーズのひとつとして、BEV=i7を提供する。ちなみに、メルセデスは7シリーズの直接競合車である「Sクラス」も2020年(日本発売は2021年)に刷新したばかりで、現在もEQSと併売される。メルセデスのBEV戦略が予定どおりなら、現行型が最後のSクラスとなる可能性もある。
新型7シリーズではV12が廃止されて、このi7とV8ツインターボのマイルドハイブリッド「760i xDrive」が、ひとまず双璧のトップモデル的な存在になるようである。ただし、後者は日本に導入されず、このi7が新型7シリーズのなかでも日本市場での真のフラッグシップというあつかいだ。つまりBMWも頂点はBEVとなる。
ロールス・ロイスと見間違える?
それにしても、新型7シリーズの存在感は、写真で見るより実車がすごい。先代からすでに驚くほどの大きさになっていたキドニーグリルは、今回は上下方向にさらに巨大化。その上方に細目のヘッドライトを組み合わせる新しいBMWフェイスではキドニーのサイズがさらに強調されるだけでなく、それが白色LEDのイルミネーションのフチ取りで光るのだ。
また、基本プロポーションも今どきめずらしいほどの水平基調で、フロントフード下のエンジンを誇示しているかのようである。もっとも今回のi7のフードを開けて、その下の全面カバーも取り去ったら、そのさらに下は見事なまでにスッカスカだった(笑)。
i7を含む新型7シリーズのホイールベースは3215mm。これがいわば標準サイズだが、Sクラスの「ロング」のそれとピタリと同寸で、EQSより5mm長い。さらに全長は70mm、全幅で20mm、全高が40mm、それぞれSクラス ロングより大きい。あえてキドニーから目を背けると、今回の試乗車だとその特徴的なツートンカラーもあいまって、ロールス・ロイスの新型車と錯覚してしまいそうになる。
この典型的な重厚長大デザインには「中国市場を強く意識したからではないか?」との指摘もあるが、確かにそういう背景もあるかもしれない。ただ、これを宿敵のSクラスやEQSとならべると、7シリーズのほうが格上のクルマに見えるのも否定できない。
特徴的な顔も含めた新型7シリーズのデザインも、新世代のBEV専用車「iX」から取り入れられた新しいモチーフを採用する。4枚すべてに標準装備となる自動ドアを開けて踏み込むインテリアもそれは同様。エアコンアウトレットを隠しデザインとした水平基調のダッシュボードやカーブドディスプレイ、ヘキサゴン型の2スポークステアリングホイール、コンソールのシフトセレクターパネルのレイアウト……などもiXのそれを踏襲している。
別次元にいるようだ
ダッシュボードに内蔵されたクリスタルバーや天井ガラスにはLEDが仕込まれている。クルマ全体の世界観を選ぶ「マイモード」を切り替えると、これらのLEDに加えて、センターディスプレイや31.3インチという後席用のシアターシステム(を展開すると、ご想像のとおり、ルームミラーからの視界は完全になくなる)とともに、キャビン内が鮮やかなカラーの光で満たされる。うーん、昭和オヤジはこれでなにをどうすればいいのか分からないが、とにかくすごい(笑)。
アクセルを踏むと、BMWのBEV特有のアイコニックサウンドが響く。基本的にはiXで初めて出たものと同じ曲調のようで、マイモードによるなまめかしい光に照らされて、エンジン音ともブロワー音ともつかない独特の音を聞いていると、自分がなんだか別次元の世界にいる気分になってくる。なんだかわけが分からないが、やっぱりすごい。
アクセルを大きく踏み込まなければアイコニックサウンドが響くこともなく、そういうときは異様なほどに静かだ。別の機会に乗ったガソリンの「740i」もすさまじく静かだったから、新型7シリーズ自体の静粛性がすこぶる高いのだろう。
クルマ用の表皮としてはちょっとめずらしく、そのあたたかな肌触りが心地よいカシミアシートに座り、自動でも手動でも開閉可能なドアを閉めると、外界から完全に隔絶された気分になる。最近のクルマはどれも車体剛性が高くなったこともあって、そこに感動することはめっきり減ったが、i7の車体剛性感、そしてそれに付随する遮断感はすさまじい。
路面の凹凸に出くわしても、i7の車体はミシリともいわず、すべての衝撃と緩和をバネ下だけで完結させているのが、手に取るように、あるいはお尻を撫でられたように分かる。
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意識が遠のくほどの加速力
それにしてもサスペンション設定を「コンフォート」もしくは「ノーマル」にしたときの乗り心地は尋常ならざる快適さだ。フワーリフワーリと穏やかな大海原を航行するような心地よさだが、かといって上屋が大きく上下することもない。無駄な動きはほとんど感じられず、フラットライドが保たれる。
こういう柔らかな調律だと、さすがに高速道では大げさに揺れがちになるケースも少なくない。しかし、i7の場合は速度が上がっても、路面タッチの優しさはそのままに上下動だけが減る。見事というほかない。かつてのエアサスは細かい凹凸の連続では突っ張るように揺すられるのが宿命だったが、i7のそれはそんな素振りすら見せない。電子制御されるバネとダンパーが絶妙に融合した仕事っぷりは、率直に素晴らしい。
「スポーツ」モードにすると、車内のイルミネーションもドライバーをけしかけるような色合い(自分好みに変更も可能)となり、シートのサイドサポートがギュッと引き締まる。さらに乗り心地もズンドコ系の振動が少し出るようになる。
ただ、スポーツモードで驚くのは、一瞬意識が遠のきそうになるほどの強烈な加速レスポンスだ。ペダルを一気に踏み込むと、ギアのバックラッシュによると思われる衝撃も隠さず、心臓に“ドン!”と来るくらいの衝撃で突進する。ちなみにその他の穏やかなモードでも、アクセルペダルを深く踏み込んだときには、ショック上等で一気に蹴り出す。これはBMWの歴代BEVに共通する流儀である。
回生モードは「普通」「強め」、そして周囲の状況によって自動で減速を強めるほか、最終的にブレーキまで作動させる「アダプティブ」があるが、どれでも総じて減速Gが強めなのもBMW流儀。今後BEVが選び放題の時代になったら、とにかく電気らしい俊敏な加減速を楽しみたいならBMWが筆頭候補になると思う。
過去の常識が通じない
i7は前後にモーターを備える4WDだが、リアのそれが出力もトルクも上回ることからも分かるように、走っていると後輪駆動感が濃厚である。山坂道では見事なまでに弱アンダーをキープする。アクセルを踏めば踏むほどに、見えざるレールにピタリとはまっていくような操縦性はピュア電動4WDならではだ。これがすさまじく緻密で電光石火の駆動配分、そして四輪操舵によるものだからか、サスペンションを柔らかい設定にしたところで、操縦性にはあまり変化がないのが面白い……というか、便利である。
車両重量はじつに2.7t強! 乗用車としては目が飛び出そうな重さだが、その重量のヤバさを痛感するのは機械式駐車場や簡便な鉄骨の自走式駐車(どちらも最大荷重をきちんと確認する必要がある)を使うときと、ブレーキングくらい。少なくともアクセルを踏んでいれば意外なほどに重さを感じないのは、モーター駆動、ロングホイールベース、低重心……といったBEVならではの利点と4WDが生きているのだろう。
別の機会に乗ったEQSでも感じたことだが、この種のビッグラグジュアリーサルーンがBEVになると想像以上にすごい。クルマの質量、そしてそれがおよぼす静粛性や走行性能にいたるまで、これまでの常識が通じない部分が一気に増えるのだ。
i7の一充電走行距離はWLTCモードで650km。ただ、100kWh超の電力量をもつバッテリーは、今の日本の充電インフラだと短時間では本当にスズメの涙レベルの補充しかできず、ある意味で小型BEVより購入のハードルは高い。やはりガレージに複数台を所有する向きでないと、安心しては使えないだろう。
ただ、そんな些末なこと(?)は横に置いて、しかもツルシで1670万円なら(自分は買えないけど)安いかも……なんて思ってしまったのは事実。それくらいこのクラスのBEV、とりわけi7のデキは衝撃である。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
BMW i7 xDrive60エクセレンス
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5390×1950×1545mm
ホイールベース:3215mm
車重:2730kg
駆動方式:4WD
フロントモーター:交流同期電動機
リアモーター:交流同期電動機
フロントモーター最高出力:258PS(190kW)/8000rpm
フロントモーター最大トルク:365N・m(37.2kgf・m)/0-5000rpm
リアモーター最高出力:313PS(230kW)/8000rpm
リアモーター最大トルク:380N・m(38.6kgf・m)/0-6000rpm
タイヤ:(前)255/45R20 105Y XL/(後)285/40R20 108Y XL(ピレリPゼロ)
交流電力量消費率:184Wh/km(WLTPモード)
一充電走行距離:650km(WLTCモード)
価格:1670万円/テスト車=2215万4000円
オプション装備:BMWインディビジュアル2トーンペイント<タンザナイトブルー>(164万3000円)/BMWインディビジュアル フルレザーメリノ&カシミアウールコンビネーション(132万1000円)/セレクトパッケージ(75万2000円)/リアコンフォートパッケージ(61万9000円)/BMWインディビジュアル アッシュフローイング・グレーオープンポアードファインウッド(0円)/アラームシステム(6万8000円)/エグゼクティブラウンジシート(30万1000円)/リアシートエンターテインメントエクスペリエンス(75万円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:1250km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:426.5km
参考燃費:4.5km/kWh(車載電費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。