社長交代でトヨタのクルマづくりはどう変わる? 元チーフエンジニアの多田哲哉氏に聞いた
2023.02.27 デイリーコラム2023年1月に豊田章男氏の社長退任を発表し、4月からは新体制での経営がスタートするトヨタ自動車。それで同社のクルマづくりはどう変わるのか? あるいは変わらないのか? 長年にわたり社内で車両開発にたずさわってきた多田哲哉氏に、率直な感想を聞いた。
(以下、多田哲哉氏談)
ブランドイメージ向上の陰で……
「もっといいクルマをつくろうよ」。今でもしばしば耳にするこのトヨタのスローガンは、豊田章男現社長が、社長就任直前の2009年4月に述べたのが最初といわれています。そしてその指針は、当時は良い効果をもたらしたと思います。折しもトヨタが、初めて世界販売台数1位になった頃でした。
そんな会社を支え、これほどまでに発展させてきた重要な要素は、地道な技術開発や、徹底した品質管理です。仕事としては地味だけれど、それこそが、トヨタの歴代社長が大事にしてきた、この自動車メーカーの宝だったのです。
ただ、そのぶん華やかなところが足りなかったのも事実で、ちまたでは「トヨタのクルマは80点主義だ」なんて揶揄(やゆ)されることも多かった。そこに章男社長が誕生し、「エモーショナルなところをもっと伸ばすんだ」と主張。以後、華やかなモータースポーツにもうんと力を入れて、トヨタのブランドイメージを高めてきたのは、ご存じのとおりです。
しかし、それもいいことばかりだったとはいえません。華やかな部門が過度にもてはやされる一方で、トヨタの屋台骨を支えてきた品質管理や次世代技術開発、生産技術などがおろそかにされてしまったのは、紛れもない事実です。
これらの部門は、たとえ地味ではあっても組織として多大なエネルギーを必要とする。ゆえに、ますます日の当たらない状況へと追い込まれれば、人々の仕事力は削(そ)がれ、弊害が出てきます。
現実に、リコールも増えた。(ホイール脱落の危険性があるという)かつてのトヨタではあり得ないほど重大かつリカバリーにも長い時間を要した「bZ4X」のリコール問題は、その象徴的なものといえるでしょう。電動化の時代になって、クルマに新しい付加価値が求められるようになる状況で研究開発が遅れているのも、否定できないマイナス点だと思います。
「エモーショナルで、かつ品質も高い」のなら、なにも言うことはないのです。でも、なかなかそうはならなかった。また品質管理において、他社のレベルが昔に比べて上がってしまったという面もある。例えば、「エモーショナルだけれど壊れやすい」などといわれることも多かった外国車。近年では確実に品質を向上させ、相対的にトヨタが押されているという現実があるのです。
危機感とやる気を感じる人事
正直に言って、今や会社は非常に危機的な状況になっている。「この先トヨタはどうなるんだ!?」という声が社内でも最高潮に高まってきたところでの、今回の社長交代アナウンスです。
新たな幹部職人事の発表に接して私が社長以上に注目したのは、中嶋裕樹さん、宮崎洋一さんという、新たな2人の副社長です。新社長となる佐藤恒治さんが53歳とあって、表向きは「経営陣は若返った」ということになっているけれど、単純にそうとはいえません。
実は、ここ数年のトヨタには、もうひとつ問題がありました。「人事制度を若返らせる」というトップの大号令により、鍛え抜かれた50代の優秀な人材が大勢職場を去る事態になったのです。その多くは豊富な経験を生かせる人たちで、メジャーな車種のチーフエンジニアも含まれていました。技術者だけではない。むしろ、営業畑の優れた人材がたくさん失われたことこそ、会社組織としては問題かもしれません。
そんななか、辞めずに残っていた実力派の2人――技術畑の中嶋さんと営業畑の宮崎さん――が副社長に就任したわけです。かつて「iQ」のチーフエンジニアを務めた中嶋さんは、ブルドーザー並みにパワフルな人物で、なんでも遮二無二実行するタイプ。営業の宮崎さんも、堅く営業目標を達成する人です。もし新社長の佐藤さんが、私情を挟むことなく豊田章男さんの意思を2人の副社長に伝え、彼らがその実力を存分に発揮できたなら、「かつてのトヨタを取り戻す」ことも十分期待できる。繰り返しますが、今回トヨタは、一番堅いところの実力派トップ2人を副社長にもってきた。これはまさに同社の危機感の表れでもあるのです。
皆さんもご存じのとおり、これからの自動車業界の大きな節目は、多くのメーカーが電動化戦略の重点としている2030年です。その対応も含め、この2、3年で世界の趨勢(すうせい)は決まる。今回の人事は、それに対応するための布陣をガッチリ決めたということでしょう。私は「今のメンバーで挑むなら、トヨタは土俵際で踏みとどまって、復調できるかもしれない」と思います。
章男社長の尽力もあり、トヨタは“エモーショナルなところ”はやれるようになりました。そこは失わないように、優れた品質管理や基礎研究といった、かつてのトヨタのいいところを取り戻せれば……というのがOBとしての切なる願いです。
そして人材の空洞化問題。果たして、新しいイノベーションを起こせるユニークな社員は今のトヨタにいるのか? あるいは、社内育成の時間がないなか、どうやって社外から引っ張り込むか……。課題は少なくないけれど、新体制でのクルマづくりには期待が持てると思っています。
(語り=多田哲哉/写真=トヨタ自動車/まとめ・編集=関 顕也)

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。
-
空冷の「スポーツスター」が復活!? ハーレーダビッドソンの定番商品はどんなバイクとなるのかNEW 2026.6.5 ハーレーダビッドソンが、一度は廃止した空冷の「スポーツスター」の復活を発表! 伝統の一台はなぜ絶版の憂き目にあい、そしてよみがえることとなったのか? ファンに愛される定番車種を刷新する難しさと、新型に課せられた使命、そして課題を考察した。
-
気づけばすでに4モデル スバルのBEV戦略と水平対向エンジンの未来を考える 2026.6.4 「ソルテラ」に続き、「トレイルシーカー」「アンチャーテッド」「ゲッタウェイ」と、いつの間にか4モデルが顔をそろえたスバルのBEV。伝統的な水平対向エンジンやシンメトリカルAWDはこの先どうなるのか? スバルの未来戦略を探る。
-
ミドシップ化で運動性能はどう変わる? 「GRヤリスMコンセプト」の現時点での完成度を体感 2026.6.3 「GRヤリス」をベースとしたミドシップ4WDとして市販化を目指す「GRヤリスMコンセプト」。現在もスーパー耐久に投入されるなどして鍛えられているが、その開発車両をドライブできた。普通のGRヤリスとの運動性能の違いや、新開発エンジンの印象などをリポートする。
-
新生アルピナは成功するか? その将来とBMWとの関係について考える 2026.6.1 具体的なデザインスタディーも公開され、いよいよ市場展開が見えてきた新生アルピナ。将来的な成功の“確度”やいかに? BMWによる新たなアルピナ像について、両ブランドに詳しい西川 淳が詳しく解説する。
-
つまずきを糧に成功をつかみ取れ! 新型「CX-5」に宿るマツダの変革と覚悟 2026.5.29 既存のマツダ車とは一線を画す乗り味で、メディアをおどろかせた新型「マツダCX-5」。マツダの最量販車種は、なぜ3代目で大転換を迫られたのか? 賛否両論を巻き起こした“あのクルマ”との関係は? 新しくなったCX-5に宿る、マツダの覚悟と変革に迫る。
-
NEW
第290回:商用バンで砂漠を行く親子が向かうのは天国か地獄か 『シラート』
2026.6.4読んでますカー、観てますカー失踪した娘を探して親子はモロッコの砂漠へ。砂漠で開催されていたレイブパーティーが最高潮に達した頃、軍隊がやってきて中止させられる。親子が乗るFFの商用バンは次のパーティー会場にたどり着けるのか……。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション(前編)
2026.6.4あの多田哲哉の自動車放談ひさびさに日本市場に戻ってきた、ホンダを代表するSUV「CR-V」。最新世代の仕上がりを、トヨタの車両開発者だった多田哲哉さんはどう評価する? まずは、ワインディングロードを走らせた第一印象から。 -
NEW
第964回:フィアットグッズのコレクターから学ぶ人生訓
2026.6.4マッキナ あらモーダ!イタリア在住の大矢アキオが、トリノで著名なフィアットグッズのコレクターを取材。若き日の苦労を経て大成した人物が語る、人生で大切なものとは? フィアットやイタリアの歴史を物語る、貴重なコレクションの数々とともに紹介する。 -
NEW
気づけばすでに4モデル スバルのBEV戦略と水平対向エンジンの未来を考える
2026.6.4デイリーコラム「ソルテラ」に続き、「トレイルシーカー」「アンチャーテッド」「ゲッタウェイ」と、いつの間にか4モデルが顔をそろえたスバルのBEV。伝統的な水平対向エンジンやシンメトリカルAWDはこの先どうなるのか? スバルの未来戦略を探る。 -
レクサスES350h(FF/CVT)/ES350e(FWD)/ES500e(4WD)【海外試乗記】
2026.6.3試乗記「レクサスES」がフルモデルチェンジ。シャシーがFFベースというのは歴代モデルと同じだが、新型ではボディーサイズがググッと拡大。「LS」の6輪ミニバンコンセプトが登場したこともあり、今後のレクサスセダンの総代を担うことになる。北米で乗った印象をリポートする。 -
ミドシップ化で運動性能はどう変わる? 「GRヤリスMコンセプト」の現時点での完成度を体感
2026.6.3デイリーコラム「GRヤリス」をベースとしたミドシップ4WDとして市販化を目指す「GRヤリスMコンセプト」。現在もスーパー耐久に投入されるなどして鍛えられているが、その開発車両をドライブできた。普通のGRヤリスとの運動性能の違いや、新開発エンジンの印象などをリポートする。



































