第258回: ニコラス・ケイジ完全復活! 極上の自虐パロディー
『マッシブ・タレント』
2023.03.23
読んでますカー、観てますカー
アカデミー賞とラズベリー賞
ニコラス・ケイジが演じるのはニコラス・ケイジ。『マッシブ・タレント』は、自分を主人公にしたセルフパロディー映画である。2008年の『その男ヴァン・ダム』を思い出す。全盛期を過ぎたジャン=クロード・ヴァン・ダムが故国ベルギーで感傷旅行するモキュメンタリーだ。同じ年に公開された『レスラー』も、ミッキー・ロークが自らの半生を振り返るようなストーリーだった。猫パンチの謝罪の意味もあったかもしれない。
ニコケイはフランシス・コッポラ監督のおいというサラブレッドで、イケメン青春俳優としてデビュー。1995年の『リービング・ラスベガス』ではアカデミー主演男優賞を受賞した。演技派俳優としての地位を確立するかに見えたが、『ザ・ロック』や『コン・エアー』で肉体派アクションスターへと方向転換する。その後も『フェイス/オフ』『60セカンズ』などのヒット作に主演して順調なキャリアを築いていった。
21世紀に入ると、次第に暗雲が立ち込める。作品選びが雑になり、インパクト重視の単調な演技が目立つように。2006年から『ウィッカーマン』『ゴーストライダー』『NEXT-ネクスト-』と3年連続でラズベリー賞最低男優賞にノミネートされる。すっかりB級映画の常連になっていった。
2021年には『プリズナーズ・オブ・ワンダーランド』で主演。学生映画以下のひどい出来で、劇場に観に行ったら客がほかに誰もいなかった。監督の園子温はまだセクハラ報道前だったが、悪い評判が広がっていたのだろう。それにしても、天下のニコラス・ケイジ主演映画が閑古鳥というのは悲しくなった。
不人気フェラーリに乗る落ちぶれた俳優
今作で、起死回生の大逆転が実現した。自分を客観的に分析してパブリックイメージを再現するという方法がうまくいき、観客からも評論家からも高く評価されたのだ。
冒頭でニコケイは「フェラーリ400i」に乗って登場する。的確なチョイスである。12気筒エンジンを搭載しながらもフェラーリのなかでは不人気なモデルで、見えを張りたいが金がない俳優が乗りそうなクルマだ。フェラーリコレクターとして知られるニコケイだから、実際に所有している可能性もある。
プロデューサーと新作映画について打ち合わせをした帰り道、助手席を見ると若い頃の自分が乗っている。自信をなくしている現ニコケイを叱咤(しった)激励するのが若ニコケイだ。かつて絶頂を極めていた頃のイケイケ俳優だから、ダメになってしまった彼に手厳しい言葉を投げかける。
もちろん、ヤル気はあるのだ。「新作に出ればオレは復活する!」と意気込んでいる。ただ、「落ちぶれていたわけではない」と言い添えるところが中途半端なところだ。
娘に優れた映画を知ってほしいと思い、無理やり『カリガリ博士』を観せて嫌われている。元妻からもあきれられており、私生活はボロボロだ。彼女は『コレリ大尉のマンドリン』のメイクだった女性ということになっているが、これはフィクション。実際にはパトリシア・アークエット、リサ・マリー・プレスリーとの結婚歴があり、2021年に日本人女性との5度目の結婚が話題となった。
ハイになって「356」でドライブ
新作映画出演は白紙になり、破産の危機に陥る。借金を返済するには、誕生パーティーに出席すると1億円もらえるというオファーを受けるしかない。闇営業っぽいが、おいしい話である。スペインのマヨルカ島を訪れると、オリーブ農園を経営しているというハビ(ペドロ・パスカル)が待っていた。ニコケイの熱烈なファンで、脚本を書いたから一緒に映画を作ろうという。気乗りのしないニコケイだが、1億円のためにはいい顔を見せるしかない。話しているうちに映画の趣味が合うことがわかり、次第に打ち解けていく。
島での生活を楽しんでいたが、街で突然クルマの後席に押し込められる。CIAのエージェントだった。ハビはカタルーニャ州首相候補の娘を誘拐したギャングの親玉で、捜査に協力してほしいというのだ。ニコケイは友情と国家の間で選択を迫られることになった。ハビはいいヤツだが、犯罪者を許すわけにはいかない。彼にさとられないように、一緒にLSDでハイになって「ポルシェ356」でドライブしたりもする。
CIAの指示で屋敷内を探りながらも、脚本が出来上がっていく。つまり、この映画はハビとニコケイが構想したものという構造になっているのだ。展開が雑で素人レベルなのだが、ただのニコケイファンが書いたシナリオだとすれば筋が通っていて、腹も立たない。終盤はいつものB級アクション映画風味全開である。新旧「ランドローバー」のカーチェイスシーンもあって、サービス満点だ。
実は、前作の『PIG/ピッグ』ですでにニコケイ再評価の機運が高まっていた。森の中でトリュフを採集している男が豚を盗まれ、街へ取り返しに行くというストーリーだ。いつもなら悪態をつきながら大暴れするところだが、この作品ではボソボソと小声で話す静かな男。アート映画のようなつくりなのだが、ラストはまさかの『美味しんぼ』展開という怪作である。
2作続けて良質な映画に出演したのだから、ニコケイ復活は本物だ。心から喜びたい。もちろん、落ちぶれていたわけではないのだけど。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。