第807回:87歳スバル店店主、念願の新ショールームと「勇気ある決断」
2023.05.11 マッキナ あらモーダ!あの「名店」が消えていた
筆者が住むイタリア・シエナ県唯一のスバル販売店と、その名物店主ニコロ・マージさんについては、本欄第671回「【Movie】イタリアでスバル一筋40年! 名物店主が今教えてくれること」などでたびたび記してきた。
2022年初頭のことである。彼のショールーム「アウトサローネ・モンテカルロ」が突如閉店してしまった。改装かと思って待っていたが、春になるとネイルスタジオに変わってしまった。最初は女房と「ニコロさんが転業してネイルアーティストになったのか?」などと冗談を言っていた。だが本人は1936年、日本で言えば昭和11年生まれであり、80歳台になって久しい。心配になってきたので、旧ショールームから1.4km離れたサービス工場に赴いてみた。
幸いサービス工場には、スバルのシンボルである「六連星」が引き続き掲げられていて通常営業だった。ニコロ氏の長男でサービスフロントを担当しているリッカルドさんに聞くと、真実が分かった。
「9月にショールームとサービス工場を統合した新しい社屋に全面移転するんです」
ニコロ氏は? と尋ねると「至って元気ですよ」という。実際、屋外の特選中古車コーナーにニコロ氏はいて、クルマの周囲を丁寧に掃除していた。ひとまず安心した。
以来、彼らの新店舗予定地の前を通り過ぎるたび、筆者は経過観察をするようになった。ところが9月になっても新しいショールームは開店しなかった。ようやく店の様相を呈してきたのは、それから半年後の2023年4月。「あの計画は大丈夫だったのか」と不安になってきたころだった。まあ、イタリアではよくあることだ。
イースターのあいさつがてらリッカルドさんに連絡してみると、「もうオープンしていますよ。いつでもお待ちしています」という。そこで2023年5月、彼らの新店舗を表敬訪問してみることにした。
薄れた「名曲喫茶」感
ショールームのドアを開けると、今年で87歳になるニコロさん、リッカルドさん、そして次男で整備担当のフェデリコさんが迎えてくれた。
目下最大の売れ筋は「フォレスター」というが、スバル初のフル電気自動車(EV)「ソルテラ」も展示されている。リッカルドさんによれば、低廉価格のEVを主体とした環境対策車補助金の対象外であるにもかかわらず「もう3台売れました」という。いずれもお客さんは「古くからのスバルファンです」と教えてくれた。
まだ外では、自動開閉ゲートの調子を確かめている。内部には荷ほどきされていない部屋が数々ある。それでも、奥の整備部門は先に稼働していて、入庫したクルマのメンテナンスが行われていた。
旧店舗がいわゆる商店街に紛れるようにあったのに対して、今回はシエナ随一の自動車ディーラー街にある。他ブランドを見にきた人が「おっ、スバルもあるのか」と簡単に寄り道できそうなロケーションだ。以前は来訪者の駐車スペースが事実上皆無だったのに対し、新店舗はクルマも止めやすい。
筆者は本連載の第442回で、彼らの旧ショールームにおける敷居の高さを「名曲喫茶」に例えた。当時からすると、想像できないほどに次々とお客さんが訪れている。路地裏の名曲喫茶が、メニューはそのままに表通りに引っ越し、今風のカフェレストランになった、というのが適切だろう。立地や店構えというのは、これほど大切なものかと思った。
面積は1200平方メートル。以前はショールームが200平方メートル、離れた場所にあったサービス工場が1000平方メートルだったから、ちょうど同じ面積ということになる。ただしショールームは、クルマの間を通り抜けるのがやっとだった旧店舗とは段違いの広さだ。
上屋は、もともとは地元の運送業者が使っていたものである。リッカルドさんは入手した経緯を「以前から運送屋さんの社長とは友達でした。2011年12月のある日、私たち兄弟と彼とでディナーを共にする機会がありました。席上、先方が移転するという話が出て『じゃあ、うちで買うよ』となったのです。本当に偶然でした」と説明する。マージ一家にとっては、創業四十有余年で最大の投資だった。
参考までに、イタリア国内にスバルのショールーム(サービス専用拠点を除く)は約70カ所。2022年の新車登録台数は1716台で、2021年の2404台と比較すると28.62%の大幅減だった(データ出典:UNRAE)。いわゆる半導体不足による納期遅延であることは明らかとはいえ、逆風のなかでの賭けである。
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さらば“会長車”の「レックス」
ところで旧店舗に展示されていた、イタリアに2台輸入されたうちの1台という「XT(日本名:アルシオーネ)」はどうなったのだろう。するとリッカルドさんは「まだここにありますよ」と、社屋裏に集められたクルマの一群を指した。
新型コロナウイルスによる外出規制期間中に彼らが丹念にレストアし、本欄第661回「イタリアでも輝く六連星! スバリストは拡大再生産されていく」に登場した1980年式「レオーネ」も、ちゃんと持ってきたという。四駆ファンのニコロ氏がスバル以前に魅せられた「ウィリス・ジープ」も、すでに運ばれていた。それを見た筆者が「ショールームの片隅にムゼオ(ミュージアム)をつくらなければ」と提案したのは言うまでもない。
長年の通勤車としてニコロ氏に仕えてきた「M80スーパーデラックス(日本名:レックス)」も外に置かれている。ところがニコロ氏は「もう運転しません」と言うではないか。「昨年、免許を返上したのです」。理由は少し前に受けた心臓の大手術だった。「運転中に何かあって、家族に迷惑をかけてはいけないですからね」
皆が知り合いのような街である。たとえささいな事故でも、自らと共に歩んだブランドの名を汚したくないという思いも免許返上につながったに違いない。スバリストとして、なんと潔く、カッコいいピリオドの打ち方だろう。
そしてニコロ氏は、うれしそうにこう付け加えた。「それに息子たちが送迎してくれますからね」
最後にニコロ氏に“会長室”は? と聞くと「いやいや、ありません」と頭をなでながら笑った。前述のようにアクセスしやすい立地になったこともあり、ニコロさんを慕う旧知のお客さんが次々と訪ねてきては、最新のスバルを見ながら彼と会話を楽しんでいる。会長室は当分要らないのだ。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、大矢麻里 <Mari OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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