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目的は環境保護だけにあらず? 新たな環境規制「ユーロ7」に見る欧州の本音

2023.05.19 デイリーコラム 鈴木 ケンイチ

規制対象に見る欧州委員会の新しい試み

欧州における排出ガス規制、その最新版となる「EURO(ユーロ)7」が2022年11月10日に欧州委員会から発表され、以来、方々でかんかんがくがくの議論が続いている。

ユーロ7の内容をざっくりまとめると、以下のようになる。

  • これまで乗用車・バンの「ユーロ6」と貨物車・バスの「ユーロVI」に分かれていた規制を、ユーロ7に一本化する。
  • 路上排出ガス試験の運転条件の範囲を拡大する。
  • 汚染物質排出規制の更新と強化(大型車に新たな規制を追加)。
  • ブレーキとタイヤから出る微粒子とマイクロプラスチックも規制の対象にする(世界初)。
  • 適合期間を従来の2倍となる走行20万km、車齢10年に延長。
  • 電気自動車(EV)のバッテリーの耐久性も規制の対象にする。
  • 車両の寿命が尽きるまでセンサーで排出ガスを管理する。
  • 適用開始は、乗用車・バンが2025年7月、貨物車・バスが2027年7月から。

このユーロ7が実施されれば、2035年には現在のユーロ6/ユーロVIに対し、窒素酸化物(NOx)の排出が乗用車・バンで35%、貨物車・バスで39%、自動車のブレーキからの粒子は27%減少すると欧州委員会は説明している。

全体として規制が強化される方向だが、なかでも注目すべきなのは、ブレーキダストやタイヤの摩耗カスがその対象となっている点で、これは世界初の試みとなる。

「ユーロ7」では排出ガスだけでなく、走行によってブレーキやタイヤから発生する微粒子なども規制の対象となる。(写真:郡大二郎)
「ユーロ7」では排出ガスだけでなく、走行によってブレーキやタイヤから発生する微粒子なども規制の対象となる。(写真:郡大二郎)拡大

新規制に課せられた環境保護“以外”の使命

ユーロ7策定の背景には、欧州におけるゼロエミッション規制が存在している。欧州では2022年10月に、EU理事会と欧州会議が「2035年までにすべての新車をゼロエミッション車にする」という二酸化炭素基準規制に合意しているのだ。ただし、合成燃料などカーボンニュートラルな燃料を使う車両の扱いは微妙なところだ。欧州委員会がドイツなどに配慮して「合成燃料の使用を認める」としたところ、反発する声が噴出しているのだ(参照)。この点については、今後の話し合い次第となるだろう。いずれにせよ、2035年には新車すべてが排ガスを出さない(もしくは出していないとみなされる)ゼロエミッション車になるのが前提だ。

ユーロ7では、そうした2035年よりも先を見据えて、ブレーキとタイヤの規制が追加されたのだろう。これであればゼロエミッション車も規制の対象となる。それに、排出ガス規制は大気汚染を防止するのが本来の目的だ。ブレーキダストとタイヤの摩耗カスとなるマイクロプラスチックも大気汚染の原因と考えれば、それが規制に追加されるのも、まったくの的外れとはいえない。

ただし、タイヤ&ブレーキカスと並んで新たに規制対象となるバッテリーの耐久性は、さすがに大気汚染とは関係がない。ユーロ7に見る、既存の枠を超えた新たな規制の策定からは、ポスト内燃機関時代を意識した別な面が見えてくるだろう。端的に言えば、欧州の産業保護という側面だ。

新車販売の条件となる規制のハードルを高くするほどに、市場参入は難しくなる。ズバリ言えば、中国のEVが欧州市場に参入するときにユーロ7がハードルとなるのだ。価格競争力の高い中国製EVが欧州市場で猛威を振るうと、現地欧州の自動車メーカーは困ってしまう。そこで、ブレーキとタイヤのカス、バッテリーの寿命というルールを用意するのだ。加えて、走行距離20万km・車齢10年まで規制をクリアし続ける、それをセンサーなどで監視し続けるというのも、技術的なハードルとなるはずだ。

「ユーロ7」には環境保護だけでなく、欧州の産業保護という役割が課せられている。新たな規制を設けることで、市場参入の障壁とするのだ。写真は伸長する中国BYDのEV製品群。
「ユーロ7」には環境保護だけでなく、欧州の産業保護という役割が課せられている。新たな規制を設けることで、市場参入の障壁とするのだ。写真は伸長する中国BYDのEV製品群。拡大

表向きは「賛成!」と言いつつ……

とはいえ、ハードルを高くしすぎてはEU内の自動車メーカーも苦労する。実際、ユーロ7の発表に対して、欧州自動車工業会(ACEA)は2023年2月に「政策提言」というかたちで意見を表明している。

その内容はといえば、「欧州の自動車メーカーは、本プログラム(ユーロ7)に全面的に賛同している」と断りつつも、具体的にはいくつもの不満が示されていたのだ。いわく、「2035年のEV転換に向けて努力しているのに、コスト増になる新センサーなどのシステム追加は勘弁してほしい」「導入までの準備期間が短い。非現実的なスケジュールだ」「タイヤの規制は、自動車業界ではなくタイヤ業界に向けて実施しろ」「ユーロ7を導入しても、2035年までの劇的な変化はない。効果に疑問」というようもの。総論賛成とは言いつつ、各論では不満たらたらだ。規制のハードルが高すぎるということだろう。

しかし、中国メーカーなどの新規参入を防ぎたいのは、欧州の自動車メーカーも同じのはず。新たな規制は、そのハードルの高さのあんばいがキモなのだ。これからも、欧州委員会と欧州自動車工業会によるすり合わせは、まだまだ続くことだろう。ユーロ7の規制は、ゼロエミッション車の規制とあわせて目を離すことができない、現在進行形の最注目事項なのだ。

(文=鈴木ケンイチ/写真=郡大二郎、webCG、欧州自動車工業会/編集=堀田剛資)

欧州自動車工業会(ACEA)にはフォルクスワーゲンやBMW、メルセデス・ベンツ、ルノー、ボルボなどといった地元のメーカーだけでなく、実はトヨタやホンダ、ヒョンデなども加盟している。
欧州自動車工業会(ACEA)にはフォルクスワーゲンやBMW、メルセデス・ベンツ、ルノー、ボルボなどといった地元のメーカーだけでなく、実はトヨタやホンダ、ヒョンデなども加盟している。拡大
鈴木 ケンイチ

鈴木 ケンイチ

1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。

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