本当に“環境のため”だったのか? EUの「エンジン車禁止」撤回騒動にみる矛盾と稚拙
2023.04.12 デイリーコラムEUに翻意をうながしたドイツの思惑
去る2023年3月25日、欧州委員会とドイツ政府が2035年以降も内燃機関車の販売を認めることで合意したという報道がありました。
ご存じのとおり、欧州は2022年の10月に欧州委員会・欧州議会・EU理事会の合意事項として「2035年以降の内燃機関車の販売禁止」を取りまとめ、EUの最高意思決定機関であり、加盟国元首級で構成される欧州理事会の承認決議を待つ段階でした。
その土壇場で風向きを変えたのが合成燃料です。大気中の二酸化炭素(CO2)を再エネ発電のバッファ等から得られる水素と掛け合わせてつくられるe-FUELを内燃機関の代替燃料として利用すればカーボンニュートラルは達成できるとし、ドイツ政府が欧州委員会で環境政策提言を取りまとめるティメルマンス上級副委員長を説き伏せたことで、諮問内容が修正されることとなったわけです。
ドイツが合成燃料を推した背景には、フォルクスワーゲングループのロビイングが奏功している……というのは個人的な読みです。現在はポルシェが主導して開発を進めているe-FUELですが、グループとしてはもっと古くから研究を進めていて、そのイニシアチブを握っていたのはアウディでした。
が、ディーゼルゲートやCASE(Connected、Autonomous/Automated、Shared、Electric)の戦線拡大とともにアウディは軸足を電気自動車(BEV)に移し、自社顧客への供給やモータースポーツの需要等で燃料との親和性の高いポルシェが後を引き継いだというわけです。なんにせよ、各社の成果はもちろん組織の資産として共有されるわけで、ドイツ政府としては国内最大級の企業体であるフォルクスワーゲングループのストラテジーは、推しどころでもあったはずですから。
でも、この決定が欧州理事会で決議されると、「ちょっと待ってよ」というところが出てくるのも自明です。既に欧州では、日用品や流通大手など47社が2035年からの内燃機禁止決定を堅持すべく反対を表明していて、そのなかにはフォードやボルボも含まれています。そりゃあそうでしょう。彼らはパリ協定の批准以降、強烈な目標を打ち立てて欧州委員会の動向をいち早く反映してきたわけですから、ティメルマンスさんをののしるくらいの権利はありそうなものです。
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これは本当に“環境のため”なのか?
もちろん、そりゃあ欧州委員会にしても言い分はあると思います。ともあれすべての歯車を狂わせることになったのがウクライナ侵攻でしょう。カントリーリスクの洗礼を砂かぶりでいただいたフォン・デア・ライエン委員長が、メルケル政権のキーパーソンだった過去を振り払って中国と一線を画する立ち位置にシフトしたのも致し方ありません。
世渡りで、「どこまでの想定外を想定するか」ということは、とても難しい線引きになります。日本だって福島第一原発の電源喪失をどこまで想定できたのかという点については、いまだに裁判沙汰の焦点でもあるわけです。よもやロシアがそんなことを……と欧州が先行きを読めていなかったとしても、そこは誰も責めることはできません。
……にしても、欧州委員会の環境規制にまつわる一連の方策設定は、あまりに近視眼的で一方的だという印象を抱いてる方は多いのではないでしょうか? 今回の内燃機関容認への宗旨替えにしてもそうで、そもそも論としてe-FUELをOKにしたところで、排気の側のエミッションはどうするのかという課題も残ります。ディーゼル車の純減で、かの地の人々の記憶は薄れつつあるのかもしれませんが、パリを筆頭に欧州の大都市部では、数年前までスモッグが選挙結果を左右するほどの課題になっていました。地形や密集度的にも窒素酸化物(NOx)が及ぼす影響が大きかった東京やロサンゼルスで社会問題化したそれを、いち早く解決する術を編み出していた側からしてみると、「そりゃあ走るクルマがディーゼルだらけになればそうなるよ」という話でもあります。e-FUELにしても、あるいはバイオフューエルにしても、エミッション側の問題は切っても切れません。
それが、近年は大気汚染のテーマは完全にコンサンプション側、つまりCO2にすり替わっています。その動きをみるに、政治的なビジョンというよりも、投資環境の変化に伴うシングルイシュー化という印象が否めません。
2015年のパリ協定以降、CO2は人類の敵であるという思想が厳しい目標値とともに明確化されるや、一方でそれは利権であり金であるという勢力が、大手を振って跋扈(ばっこ)できる状況が約束されたわけです。当時、日本の環境相が協定採択を無邪気に喜びまくっていた映像が事あるごとに思い出されます。この愚か者めが! と、心あるご同僚の方がいらっしゃれば、しかってやっていただきたい気分です。
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日本ももっとしたたかになるべし
でもCO2が悪だということは人類的総意なので否定できる術はありません。仕方なくというわけではなく、なんとか前向きに気持ちを切り替え、予算を割いて対応しようとしている当事者たちに対し、可能な限り揺るぎなき指針を示して結果への省力化を示すのが、政治の、特に欧州委員会のような方針諮問組織の重要な役割です。ことの経緯も含め、内燃機関が存続する方針が欧州で示されることにツッコミたくなるところはあれど、そこは目くじら立てずに、大人の機微で受け止めてあげてもいいんじゃないかなとも思います。
一方で、散々推進していたBEVは重いからタイヤやブレーキのダストにも規制を踏み込むという次期自動車環境規制「ユーロ7」の草案をみるに、その定量化しづらい項目の前に、やるべきことはBEVの重量や出力や電費への累進課税なんじゃないの? という思いは拭えません。僕のような域外の通行人に言われたくはないでしょうが、どうも欧州委員会の決定要項をみていると、少なくともクルマに関してはエキスパートのいない、ロビイングをしようにも数値的理解ができない素人だらけなんじゃないかという気がしてならないのですが……。
一方で、わが国日本の現状を見ても、今回の方針をもって「欧州は襟を正した、日本が正しかった」的なお手柄論調がさっそく出てきているのは、かなり不安です。彼らが我田引水のための舌を何枚でも繰り出してくるしたたかさは歴史が表し続けています。なんとあらば正論こそ正義だ万歳という日本の側のマインドを、思い切り逆手に取るような戦術もシナリオには持っていることでしょう。
そこで日本がやることといえば、「ほーらウチらが言ってた全方位戦略が正しかっただろウェーイ」とバカ丸出しで大喜びしているふりをしながら、反対の見えないところで性能とコストで絶対的優位をもつBEVを一刻も早く成立させることだと思います。世界をフラットに鳥瞰(ちょうかん)すれば、そのくらい切羽詰まった戦争状態だということを、恐らく日本の自動車メーカーは認識していることでしょう。
(文=渡辺敏史/写真=アウディ、フォルクスワーゲン/編集=堀田剛資)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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